友と少女と旅日記
それに、この日記は美少女旅商人である私、ネル・パースの成長記録なんだから、間違ったことでもちゃんと書き残さなきゃいけません。過去の反省を活かして、未来へ進んでいくために、嘘偽りなく事実を書き残す必要があるんです。
話を戻しましょう。お墓参りを終えた私は、セントシャインという名の孤児院へ行きました。目的の彼女がそこにいないのは分かってました。そんなことは当然、よく分かっていました。分かっているに決まっていました。
でも、そもそも私は彼女がどこへ行ったのかすら知らなかったのです。だから、孤児院の先生に会って訊く必要がありました。彼女は一体今どこにいるのかと。
孤児院セントシャインの庭と言える部分は、9時から18時までなら部外者でも出入り可能です。庭には綺麗な花たちが並んでいるので、園芸庭園と呼ばれています。
また、孤児院の子供たちも授業時間、食事時間、就寝時間を守るならば、自由に外へと遊びに行くことができます。ちなみに入浴時間も時間が決められていますが、強制ではなかったのでお風呂に入らず遊び回ることも可能でした。
それはともかく先生です。私は昔の記憶を辿って、この時間ならば先生は園芸庭園にいて、花の手入れをしているはずだと思って探してみました。
時刻は17時。ちょうど孤児たちへの授業が終わった頃合いでした。そして、私は薔薇の花の前で蹲る懐かしき背中を見つけたのです。
「先生」
私は小さめの声で話しかけました。剪定用の鋏を持っているようでしたから、大声で話しかけて驚かせてしまったら怪我をしてしまうかもしれないと思ったのです。
「はいはい、どうかしましたか」
孤児院にいる子供たちの誰かだと思ったのか、小さい子供に話しかけるような優しい声で応え、先生は振り返りました。そして、先生は私の顔を見ると驚いて立ち上がり、鋏を置いて私の方に駆け寄ってきました。
「あら! あなたネルちゃんね? 久しぶりに来て、あらあら、どうしたの。随分美人になったわね」
「あはは、先生も相変わらずお元気そうで何よりです。もうお年ですから、もしかしたら孤児院やめちゃってるかもしれないと思ってました」
「あらやだ、私はまだまだ現役ですよ。それよりやっぱり綺麗になったわね。それになんだか明るくなったみたい」
「まあ、いろいろありまして。先生と会うのは3年ぶりですね。その間、本当にいろいろなことがありました……。
いろんな出会いがあって、いろんな別れがあって、私はもうすぐ18歳になるという頃になって、ようやく大人になれそうな気がしてきました。だけど、その前に、やり残したことがあるんです。今日は私の過去にけじめをつけるためにきました」
そう、今の私なら、先生に対しても素直に感謝できます。私が今でもこうして生きているのは先生のおかげです。私はちょっと前までの私が思っていた以上に、いろんな人たちのおかげで生きているのだと痛感したのです。
それが成長をするということ。過去の誤りに気付いたからこそ成長できる。だけど、今回のこれだけは気付いただけでは駄目なんです。私はまだ罪という名の十字架を背負ったままで、それを清算するためには彼女に謝る必要があるんです。
――別に許されようと思っているわけではないです。許してもらえるようなことではないと思っています。だけど、それでも私は彼女に謝らなきゃいけないんです。けじめを付けられなければ、私はいつまで経っても少女のままで、大人になんてなれっこないです。
私は先生に執務室に通され、お茶を出されました。部屋は冷房が効いているようで、とても涼しかったです。お茶を一口飲んで、私は意を決して話を始めました。
私が謝るべき相手は先生ではありませんが、これは先生にとっても無関係な話ではありませんでした。いえ、先生もきっと選択を誤ってしまったのではないかと後悔をしたはずです。だから全てを話しました。話は10年前、――私が7歳で両親を失い、孤児院に入った頃まで遡ります。
孤児院に入った直後の私は、毎日暗い顔をして俯いているだけでした。どうしてあんな事件が起きてしまったのか、どうして私は止められなかったのか、ただただ苦悩するだけでなんの意味もない日々を過ごしていたのです。
そんな陰気臭い顔が鼻に付いたのでしょうか。私は園芸庭園の掃除をしているときに、2歳年上で、孤児院の先輩にあたる少女ラファエラにちょっかいをかけられたのです。
「ねー、ちょっと、ネルさーん。今日の掃除当番、あんたでしょー? 向こうの裏手の方、全然掃除できてなかったわよー? あんた、やる気あんの?」
「えっと、そっちはまだ掃除してないから、……です。今からやろうと思ってました……」
「何、年上に口答えする気? あんたって、ホント生意気よね。ねえ、イルマ、こいつのことどう思うー?」
「くすくす。最低のゴミ人間で、とっとと死んで欲しいと思いまーす」
ラファエラの背中で意地悪そうに笑うイルマという少女は、私よりも一つ年下です。なのに、虎の威を借る狐のようにラファエラと一緒になって偉ぶっていたのです。一人じゃ何もできないゴミクズはそっちの方だろうと思いつつも、私はそれを表に出さずに言いました。
「そうですよね……。私なんて、生きている価値のないゴキブリみたいな人間ですよね。なのに、自分じゃ死ぬ勇気もなくて、ただただ無為なときを過ごしているだけの害虫です。
……ねえ、お願いします。どうか私を殺してくれませんか? 私みたいなゴミ虫なんて、殺したって罪には問われませんから。ねえ、ほら、早くしてください」
自嘲気味に吐き捨てましたが、私の本心ではありませんでした。これが私の処世術だったのです。奇人、変人、狂人のように振舞うことで、こんな奴とは関わりたくないと思わせるための演技です。年下相手でも敬語で接するようになったのも、できるだけ他人と距離を取るためでした。
「……うわ。ねえ、お姉さま、やっぱりこいつ気味悪いよー。こんな奴放っておこうよ。別に代わりはいくらでもいるんだし」
「そ、そうね……。あんたはちゃんと掃除しておきなさい。人間以下の存在なら、おとなしく人間の言うことだけ聞いときゃいいのよ。話はそれだけよ。行くわよ、イルマ!」
「あーん、お姉さま、待ってー!」
ラファエラは威勢のいいことを言って去っていきましたが、その震え声は逃げ出すと表現して差し支えのないものでした。私はラファエラとイルマの姿が見えなくなってから、にやりと笑いました。私の思い通りになった、と。
私はこの処世術のおかげで、幸いにもいじめの対象になることはありませんでした。気に掛かったのはイルマの『代わりはいくらでもいる』という発言でした。
彼女たちは、その発言の通り他にいじめの対象を見つけてはいびり倒していたようです。――いじめられていた子のことは正直言ってよく覚えていません。私はただ見て見ぬ振りをするだけでしたし、時期によっては別の子がいじめられていましたから。