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友と少女と旅日記

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 L.E.1012年 9月14日

 懐かしい空気、懐かしい景色、懐かしい静寂、……何もかもが懐かしい故郷に私は戻ってきました。――と言っても、幼い頃に亡くした両親のお墓参りのために、二人の命日には毎年来ているのですが、今日は命日ではありません。私が今日、ノーナ村に戻ってきたのには別の理由がありました。
 でも、せっかくですからね。やっぱりお母さんとお父さんには挨拶をしておきましょう。私はそう思い、二人のお墓がある丘の上まで行こうと思いました。
 そこまでの道すがら、今度は懐かしい匂いを感じました。子供の頃、よくお母さんに買ってもらった懐かしのパンの匂いでした。お母さんが亡くなったあとも孤児院からこのパン屋さんまで一人で買い物に来たこともよくありました。孤児院から貰えるわずかなお小遣いで買ったパンを食べるたびに、私はお母さんの面影を思い出していました。
 そんな懐かしのパンの匂いを感じて、私は一切の迷いなくパン屋の扉を開けました。ただ、最初からパン屋に寄って行こうと思っていたわけではありません。気が付いたら、私の足は導かれるままに自然と歩みを進めていたのです。
「いらっしゃい。どうぞご自由に見ていってください」
 白いコック帽を被った中年のおじさん店員がカウンターの向こう側で言いました。少し筋肉質な体付きで、パン屋には似つかわしくないのではないかと思いましたが、人が良さそうにニカッと笑った顔には見覚えがあり、懐かしい気分になりました。
 私が子供の頃からずっとここで働いているので、ひょっとしたら店長さんなのかもしれません。生憎向こうは私の顔を覚えていなかったようですが、そこまで頻繁に来ていたわけでもありませんし、お店に入ったのは3年ぶりだったので気付かなくても無理はないかと思いました。
 このときは私以外にはお客さんはいないようでしたが、お昼頃には行列ができるほどの人気店であるせいもあるでしょう。たまに来るだけの子供の顔など覚えてなくても仕方ないことです。
 私はカウンターのガラスケースの中にずらりと並ぶパンたちを眺めて、ふと気が付きました。
「あれ? 今日はバナナチョコパンはもう売り切れですか?」
「ん、ひょっとして昔の常連さんかい? 悪いね、バナナチョコパンは2年前に販売中止になったんだ。一部のお客さんには人気だったんだけど、どうにも売れ行きが悪くなってね」
「ああ、そうだったんですか。まあ、商品には流行り廃りがありますしね。一時期人気だったからといって、その人気がずっと続くとは限らないわけです」
「それが面白いところでもあるんだけどね。ただ、もし復活させて欲しいと言うなら考えてみないことはないよ」
「あはは、それはいいです。私は今、この村から出て旅商人をやってるんです。今日はたまたま里帰りに来ただけですから」
「そうかい。そいつは残念だねぃ」
 店員さんはがっかりした表情を見せながらも、別のパンをおすすめしてくれました。私はおすすめされたアンパンとクリームパン、それにジャムパンとクロワッサンを一つずつ買って店をあとにしました。
 両親のお墓はパン屋のある商業地区からは少し離れたところにあります。歩きながら、パンを頬張りたいという気持ちもありましたが、ぐっと堪えてお墓へ向かいました。
「お母さん、お父さん、久しぶり。――って言っても、4月に来たばかりだっけ」
 二人のお墓の前で、私は前に来た日のことを思い出しました。余談ですが、二人のお墓はちゃんと隣同士にあります。あの事件の頃には二人が不仲だったことを知る人の中には離れたところにしてやった方がいいんじゃないかと言う人もいましたが、私が反対したんです。
 たまたま運命の歯車が狂ってしまっただけで、本当は仲良し夫婦だったと信じていたから、――そして今でも信じているからです。今はきっと二人とも天国で幸せに暮らしていると思います。
「そうだ。今日はね、パンを買ってきたんだよ。お母さんとよく一緒に買いに行ったパン屋さんのだよ。お父さんも私たちが買ってきたパンを美味しいって言って食べてくれたよね。
 それにね、私ちゃんと二人が好きなパンのことも覚えてたんだから。お母さんはジャムパン、お父さんはクロワッサンが一番好きなパンだったよね。
 ――えへへ、覚えてて偉いぞって褒めて欲しいな。昔から記憶力には自信がある子供だったな、私……」
 幸せだった頃のことを思い出して、少しだけ悲しくなってしまいました。だけど、二人のお墓の前では絶対に泣かないって決めてました。私が幸せそうな顔を見せれば、きっと二人も安心してくれると思ってますから。
 私は気を取り直して、二人のお墓の前にパンをお供えしました。そして、さっき買ったアンパンとクリームパンを取り出して、私もそこで座り込んで食事をすることにしました。
「私が好きだったバナナチョコパンは2年前に販売中止になっちゃったんだって。でも、このアンパンも結構美味しいよ。時代の流れによって廃れてしまうものもあれば、変わらずにそこにあるものもあるんだよね……」
 私の両親はあの事件によって、この世からはいなくなってしまった。だけど、私は今ここにいる。亡くなってしまった二人のためにも私は毎日一生懸命に生きなきゃいけません。食事を終えた私は立ち上がって、お墓に向かって言いました。
「さてと、ごめんね。他にも用事があるから、そろそろ行くね。来年の命日、――ううん、これからは命日じゃなくっても、時々来ようかな。とにかく必ずまた来るからね。
 私はこれから先もいっぱいいっぱい成長するんだから。だから、ずっとそれを見守ってて欲しいな。――私は大丈夫だから。一人でもちゃんと生きていけるってところを見せてあげるから。でも、その前に――」
 その前に、一つだけけじめをつけなきゃいけないことがありました。私がかつて犯した過去の罪、それを清算しなきゃ前には進めないんだって、今更ながら気付いたんです。だから、謝りに行かなきゃいけない。彼女に許しを請わなきゃいけない。
 ……そう思ったのに、私は今どうしてこんなところにいて日記を書いているんだろう。こんなことしてる場合じゃないのに。なのに、私は彼女から目を逸らしてしまった。
 最低だ。私はやっぱり卑怯者なのかもしれない。こんなことを書いて自虐して、それで罪を償ったつもりなのか。ふざけるな、この偽善者め。
 死ね。死んで償え。私なんか生きてる価値のない最低な人間だ。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……。
 ――少し落ち着こう。また明日でもいいじゃないか。私は死ぬわけにはいかない。二人のためにも、私を育ててくれた孤児院の先生のためにも死んじゃ駄目なんです。私の罪はちゃんと生きて償わなきゃいけないのです。
 落ち着くために続きを書こう。私はいつだって、日記を書くことで気持ちの整理をつけてきました。ある種の現実逃避、自己陶酔、――だけど、それで間違った結論を出したことは一度もないと思っています。
作品名:友と少女と旅日記 作家名:タチバナ