小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ぶち猫錬金術師

INDEX|9ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

 それだけ言い放ち、アクセルは甲板へ戻っていった。
 トマスは凝った肩を手で揉み解しながらタバコをかじった。
 ふと足元を見ると、マーブルが涙で腫らした瞼をこすり、トマスを見上げているではないか。
「今の話、本当か、シホと寝たのか」
「ア、アルベルト」
 トマスは、その場から一目散に逃げ出したい気分に駆られていた。 
         
 

 その日の夕食時。
 船長が作った手料理を振舞ってくれたというのに、トマスの姿だけがなく、皆しんみりしていた。
「どうしちゃったの、みんな、元気ないね。トマスさんはいないの、じゃあ食べちゃえ」
「こらっ。ユーリ、意地汚い子ですねぇ」
「怒られちゃった」
 李とユーリのミニコントでも反応は薄かった。
 アクセルだけが不気味にくぐもった笑いをしているだけ。
「もう、やめてよ、アクセル。気持ち悪い」
 アクセルも、そしてマーブルも、沈黙を守ったまま食堂の席を離れてしまう。
「あ、ねえ。ほんっとにどうしちゃったのかなぁ」
「シホさんの話題になった途端、ああなった気がしますよ。といってユーリにはあまり、関係ない話ですけどね」
 李は横目でユーリを見てから、杯を傾けた。
「それどういう意味だよ」
「おしえなぁい。というか、大人にならないとわからない問題ですからね」
 ユーリを馬鹿にした態度を取る李。ユーリは頬を膨らませ、椅子を乱暴に蹴り上げた。
「いじわるだなあ。じゃあいいよ、トマスさんかマーブルに聞いてくる」
「やめておきなさい、どうせ相手になどされな、って。おいっ」
 李が言うより早くユーリは、あっという間に部屋から飛び出していった。


 大きく伸びをして船室の扉が開き、現れたのはトマスだった。
 ユーリと視線をぶつけるトマスは表情を悟られたくないのかそっぽを向いた。
「あれ。トマスさん、目が赤いよ」
「眠れなかったんだ、悪いか」
「そうじゃないけどさぁ。ねえトマスさん、なんですぐ怒るのさ。シホにはあんまり怒らないのに」
 トマスは窓枠に顔をくっつけ、外を眺めた。
「どこまで行っても海ばかりか」
「そりゃそうさ、ここ船だよ。変なこというね」
 ユーリはけたたましく大笑いする。 
「そういや、俺、気になってたことあるんだが」
「なあに」
 後ろ手に組み、ユーリは白い歯を見せ、満面の笑顔で聞き返した。
「李先生の話してた神話のこと。地上に降りた双子の子供は、その後どうなった」
「それなんだけど、じつは」
 真顔で語りかけた瞬間、突如船体が傾いて、ユーリは舌をかんでしまった。
 悲鳴を上げつつユーリはトマスの胸板につかまり、転倒したが、事なきを得た。
「だいじょうぶ、トマスさん」
 無事でなかったのはユーリを庇ったトマスだけ。
「なんとか無事だな。腰打っちまったけど」
「なにがあったんだろう。ぼく見てくる」
 表へ駆け出そうとするユーリを制するかのように、『アキュアール』が輝き始めた。
「この光、まさか」
 ユーリは窓を覗くと、声を上げた。
「やっぱり。でたよ、天空城だ」    
 トマスは、ユーリの見せる凛々しい、だが鬼神のような笑みに息を飲んでいた。
「こちらから探す手間が省けた。これで、これでようやく戦える」
「ユーリ、なにを言って」
 トマスの表情は憔悴しきっており、ユーリは肩を小さく揺さぶられ我に返ると、いつもの笑顔を取り戻した。
「どうしたの。ぼくの顔、どこか変」
「い、いや、なんでもない」
 表へと走り出すユーリの背中に、トマスは小声で呟くのだ。
「ユーリが悪魔の娘と呼ばれるのは、あの子の中に何かが潜んでいるから、なのか」
 


 マーブルたちの乗ってきた船は、暗礁に乗り上げ、お陀仏となった。
 幸いなことに死傷者はなく、船長や水夫らは燃えるものを集め、救援を求めるのろしを炊き始めた。
「いやはや、大変なことになりましたねえ。おや、どうしたんです、ユーリ。怖い顔してますね」
「天空城が現れたんだ。あそこにテトラグラマトンがいる」
「なるほど、あれが天空城ですか。立派ですねえ」
 地上と空中をこの世のものと思えぬ大きな鎖でつなぎ、歴代の王たちが何年かかっても築けないような巨大な天空城は、地上に住む住民たちを見下すようにして宙に浮いていた。
「バカにして。神といったって所詮、人間と同じじゃないか。槍や剣で突けば血が出るし、殺せば死ぬ。寿命だって尽きてしまうのに、どうしようもない嘘ばかりついて」
「ユーリ」
 李はユーリの肩をたたいて落ち着かせた。
「だって李さん、許せないよ、そうでしょう。もしかしたら」
 その次の言葉を聴くことは出来ずにいた、しかし、ユーリと李のみ知りえる何かがある、と仲間たちは思ったに違いない。
 マーブルは咽を鳴らしてユーリからの指示を待つ。
「李さんよ、そろそろ本当のところ聞きたいね」
 先ほどの事故で腰をしこたま打ちつけたトマスが李に近づき、
「何のことでしょう」
 と嘯く李を少々責めるように言った。
「とぼけるな。さっき俺は認識したね、ユーリは人間じゃないんだろう、鬼神の類じゃないのか」
「だとすれば、いかがなさるおつもりで。ユーリを殺しますか」
 李からの問いは、いささか冷ややかなものであった。
 すべての真理をつかさどり、見抜くといわれる仙人。
 李は、道教でもっともすぐれた僧侶の頂点に立つ男だったのだ。
 トマスはそのことをいやというほど知らされたのに相違ない。
「ユーリが鬼神ならば、殺す必要があるのですか。あるいは天使かもしれません。悪魔だと殺して、天使ならば生かす。人間というのは、善か悪かでしか、比較しませんから。その言葉を吐くということは、あなたもそうなんでしょ」
「い、いや、それは」
 トマスの言動は李の言葉の実証をあきらかにするものだった。
「今の状況を考えてみるがいい。あなたの友人であるアルベルトさんを、神が殺そうとしているのですよ。この世で一番正しいとされる神がですよ。人一人の命を奪って、それが正論だと主張できますか。悪魔が人間を救っても、それは正義になりえませんか。さあ、どうなんです」
 トマスは返事に困ったのか、李の顔を二度三度盗み見して、終わってしまった。
 たしかに李の言うとおり、それも一理ある。
「あんたの理屈は、オレの追い求めていた真理だぜ」
 アクセルは李の両手を握り締め、大きく振るった。
「それはどうも。賛同者がいてくれるとは、光栄ですね」
 李は鼻を鳴らしてこういった。
「そうだよなあ、善でも悪でもない。それがこの世の理だったんだよなあ。オレ、完全にめざめちゃったよ」
「そうですか、よかったですねえ」
 トマスは李の言葉に衝撃を受けてしまったのか、しばらくの間、硬直したまま動かなかった。
 アクセルは興奮し、あまり強く腕を振るったので、ペンダントを落としてしまい、それを拾ったユーリは、あっ、と声を上げそうになって、ペンダントをまじまじと見つめていた。
「どうしたんだ、ユーリ」
「これと同じもの、ぼくも持ってるんだ。ほら」
 どういうことだろう、とでもいうかのように、アクセルとユーリは顔を見合わせた。      


  



    第二話   天空城潜入





作品名:ぶち猫錬金術師 作家名:earl gray