ぶち猫錬金術師
一行はユーリを先頭にし天空城への潜入を試みた。
長きに渡り誰も足を踏み入れたことがない所為か、ところどころ手入れが滞っており、薄汚れていた。
それにもかかわらず、朽ちている箇所は意外なほど少なかった。
「さすが、神の城」
アクセルが皮肉のつもりで呟いた。
トマスとマーブルは列の最後尾を歩いていたが、シホの件以来、気まずかったようだ。
無論アクセルとトマスも気まずくはあったが、アクセルはトマスほどの執着心はなかったとみえる。
シホへの想いも忘却の彼方になりつつあるのだろうか。
「それにしても広すぎるよ。いったいどこにシホはいるんだろうなあ」
ユーリは聖剣を胸に抱きながら長い長い廊下を歩いた。
周囲の扉や床からの襲撃に備え警戒して。
ところが、何も起きはしなかった。
「人の声」
立ち止まり、ユーリは耳を研ぎ澄ました。
「みんな、こっち」
突然走り出す。
声の主はここにいる、とユーリは言った。
目前に立ちふさがる分厚い鉄の扉、この向こうから声が聞こえてくるのだと、ユーリは主張する。
「もしかして、シホがここにいるのかな」
ユーリは『アキュアール』を扉に近づけた。
重苦しい、こすれる音が鳴り響いて、鉄の扉はゆっくりと開いていく。
扉の奥から現れたのは、ぼろぼろに擦り切れたチュニカを身にまとった若い夫婦が、怯えるようなまなざしでユーリと仲間を見据えていている姿だった。
「あなたがたは、誰ですか」
ユーリは物怖じもせず尋ねていた。
男のほうが、
「私はルシエル。この城を治めていた神でした」
と、答えた。
つづいて女のほうも、
「わたしはエル。ルシエルの妻です」
ユーリは愕然とした様子で、素早く立ちあがると、
「偽者の神を倒し、必ず助けます。待っていてください」
と、誓うのだった。
「あなたがたは、どうやってこの城に入ったのでしょう。城のセキュリティは万全で、しかも今はユルのやつがのさばっています。彼にしかこの城の警備体制は解除できないはずですが」
ユーリは無言で『アキュアール』を差し出した。
ルシエルは聖剣を指先でたしかめると、堰を切ったように涙を流し続けた。
「おお、これは私がアールヴ(妖精)たちに作らせた、魔法の剣。そうですか、これをあなたがお持ちなら、きっとユルを倒せるでしょう」
「ユルって、だれのことです」
小首をかしげながらユーリが問うと、エルが答えてくれた。
「わたしの弟、つまり、今は『テトラグラマトン』などと名乗っている、愚かな男の名前です。きっともはや、その名でさえ忘れていますわ。両親から授かった名前なのに」
エルもまた、両手で顔を覆って嘆きだす。
「失礼ですが、あなたのお名前を教えてください」
ルシエルは穏やかだが、しっかりとした口調で、ユーリに尋ねた。
彼の凛々しげな雰囲気は心なしか、ユーリと酷似していることに、仲間たちの誰しも思ったことだろう。
「ぼくはユーリです。ユーリ=ケストナー。本当の両親を捜して仲間たちと旅をしています。ですが、もうその必要はなくなりました」
ユーリの表情には、迷いがまったくなく、晴れ渡った青空を連想させるのだった。
「それはどういう意味です」
ルシエルの問いには答えず、ユーリは、ユル、つまりテトラグラマトンのいる大広間まで一直線に駆け出した。
「俺はシホを捜すよ。きっと、寂しがってるだろうから」
トマスは苦笑を浮かべると、のんびり城の中を探索するかのようにのっそり歩き出す。
「それじゃあ、僕たちは先にテトラグラマトンのもとに急ぐんだにゃん」
第三話 神とユーリの関係
トマスが城の中をぶらついていると、粗末な木の扉から、すすり泣く声が聞こえてきた。
鍵穴から覗くと、泣いている声の主は、ほかでもないシホであった。
「シホ、だいじょうぶか」
たまらずトマスは扉を蹴破った。
「トマス。会いたかったよぅ」
シホは待っていた最愛の人に出会えた悦びで勢いよくトマスに抱きついた。
そばにいたメタトロンは、目のやり場に困ったのか、頭をかいていたのだが。
「貴様、シホに何かしたんじゃなかろうな」
「滅相もない。その逆なら充分あったんだけど」
よくみればメタトロンの顔には痣が数個はついていた。
「なにがあったんだ」
「かくかくしかじかで、シホさん怖いですよ」
トマスは泣き出すメタトロンと抱き合い、
「かわいそうになあ、わかるぞ、気持ちがよくわかる」
「どういう意味かな、それ。ムカつくんですけど」
「おっと、それよりもだな、みんなが神様ンとこ向かったぞ。お前たちはどうするんだ」
「といって、おれ様神側だし」
メタトロンは腰を上げようともせず、ぐずぐず。
「私はいってもいいけど、戦えないし」
シホはお手上げのポーズをした。
「そうだよなぁ。俺も錬金術師っていっても、アルベルトほど魔術知らないしなぁ」
三人は目配せをして、それから、ある結論に達した。
「ばっくれちゃおうか」
「きたか。愚かな傀儡めらが」
ユーリは重苦しい紫色のカーテンを『アキュアール』で押しのけて、テトラグラマトンと対峙した。
「傀儡とはどういう意味だ」
「ワシが貴様ら人間を土から作り出した、いわば傀儡だからだ」
「テトラグラマトン、いいや、ユル。ぼくはお前を許さない」
「なぜそれを。ええい、雑魚の分際で生意気なッ」
ユルはあくまでもその名を否定する。
だが、すべてを知ったユーリは強かった。
そしてなにより、ルシエルとエルの夫婦に出会えたことがユーリを強くしたのに相違なかった。
「覚悟」
「死ね、人間」
ユルは華奢な容姿をしていたが、おそらく魔法で肉体を強化したのだろう。
ユーリの一撃を受けてもびくともしなかった。
「はははは。どうした、人間。この光の鎧はミノタウロスの力を借りただけだぞ、倒せぬか」
「どいてろ、ユーリ」
アクセルが自慢のクレイモアを振るって、光の鎧をひっぺがそうとつとめるが、逆に跳ね飛ばされてしまった。
「アクセル、これを使え」
なにごとか閃いたユーリは『アキュアール』を投げ渡した。
神をも貫く剣。それを受け取ったアクセルに、もはや向かうところ敵なしと文言をうたっても、過言ではなかっただろう。
「お遊びはおしまいだ。小ざかしい、真の姿を見せてやるッ」
ユルは、人間型から恐ろしい魔獣の姿に変貌を遂げる。
ユーリはさすがに青ざめていた様子だが、アクセルは顔色ひとつ変えず、突進していく。
百獣の王のような頭部、どれだけ鍛えればこれだけになるのか、強靭な胸板。
肌の色は緑の混じった褐色をして、神話のキマイラ以上に醜く、汚らしかった。
怪獣の皮膚は強靭すぎて、さしもの『アキュアール』であっても、はじき返されてしまう。
「どうすりゃいいんだ」
アクセルは顎にしたたる汗を拭い、マーブルに助けを求めた。
「マーブルは錬金術師だったよな。何かいい案はないのかよ」
「ある」
即答するマーブルに、アクセルは呆気に取られたのと、期待が半分の視線を注いでいた。
「頼むぜ、マーブル」