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ぶち猫錬金術師

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 落ちかけたシホの腕をつかんだ人物の姿があったからである。
「心配でついてきてみたら、やっぱりな」
「あ、あれ、トマス、さん。なんで」
 シホを引き上げ、いつもと同じく無表情で語り始めた。
「なんで、じゃねえよ。そのう、つまりだな。お前たちが心配で、さあ」
「ついてきたのか。お人よしはお前のほうじゃにゃいのか、トマス」
「うるせえ」
 後日マーブルの話したことだが、トマスにしては珍しく、少し微笑んでいたようだった。
「ところでどこまで行く気なの、マーブル」
 シホが尋ねるとマーブルは山頂を肉球のついた手で指し示す。
「あそこにゃ」
「げえっ。どこまで登りつめる気だッ」
「山頂までいってその後降りる。降りた先には港があるから」
「国外脱出ってわけね」
 とシホよりも先に答えるトマス。
「なるほど。のろまのお前にしちゃ、冴えてるなぁ」
「ほっとけにゃん。ともかくそこで船を拾う。そのくらいの船賃はもってるにゃ」
 小さな手のひらに金貨を数枚乗っけるマーブル。今にも零れ落ちそうだったが。
「落としたらもったいないでしょ」
 シホはマーブルのリュックへと財布を乱暴に押し込んでやる。
「にゃん」
 マーブルは不服そうに長い尻尾を振り続け先頭を歩いた。
「何か文句あるの」
「い、いえ。べつになにも」
「そう、それならいいけど」
 この会話からトマスは、ルチアも気が強い娘だったな、などと思うのだった。  
「俺は女の尻に敷かれるなんて、ごめんだね」
 ぼそりと言ったのだが、シホはトマスを凝視していた。 
 
 
 山頂までの道のりはとてつもなく長かった。
 何しろ崖っぷちを登るしかないのだから。
「まだつかないの」
「もう少し」
 この掛け合いを繰り返すばかりで、いっこうにたどり着く気配などない、おまけに日差しも弱くなる。
「今夜はここで野宿しかないな」
「いやだぁ。服が汚れちゃう」
「虫とかたくさん出るかもよ。嬢ちゃんの全身を這いずり回るんだ」
 トマスの口調だけは面白そうに、無表情のままでシホをからかう。
「やめて、蕁麻疹でてきちゃうじゃない」 
 からかうのにも飽きたのか、トマスは自分のケープを地面に敷くと、シホにこの上で休むよう言いつける。
「あ、ありがとう。トマスさん」
「トマスでいいよ」
「意外とやさしいね」
 シホの精一杯のお世辞だったが、トマスは少々むくれ気味で、
「意外とは余計だろ。さっさと寝ろ」
 とだけ言うと、マーブルのほうへ歩いていく。
「トマス。シホは寝たか」
 焚き火に当たっているマーブルの隣へ腰掛け、枝を折り、炎へ放り込む。
「ああ。とっくに高いびきだ」
「よほど疲れていたんだろう」  
「なあ、アルベルト」
 トマスはポケットからタバコを出すと、美味そうにふかした。
「俺は嬢ちゃんのつけた『マーブル』なんて名前では呼ばないぜ。お前はお前、アルベルト=マグナスなんだからよ」
「トマス」
「いや。そうウルウルされてもだなぁ」
 トマスは他人から感謝されるという場面に弱い男のようである。照れ隠しなのかこういうときのトマスは乱暴な口調になるのだった。
「国を出て、元に戻る方法を探すって言うんだろう。もちろん俺は止めないが、ルチアにせめて別れを言わなくてよかったのか」
「会うと辛くなるからにゃ。もしかしたら生きて帰れないかも知れん。あいつは強すぎる。だけど勝つしかないんにゃもん」
 うなだれて弱気に本音を打ち明けるマーブルだった。
 本当のことを言えるのは、やはり、友であり、同じ師を持つトマス以外いなかったのだろう。
 しばらくの沈黙の後、その沈黙を破ったのはトマスだった。
「アルベルト。わかった、俺も行く。じつはな、俺、破門されてあの修道院にいられなくなっちまった」
 苦笑いを浮かべるトマス。マーブルはあんぐりと大口を開いたまま、微動だにしなかった。
 


 山を越えたり降りたりで、ようやくスイスの小さな港町へたどり着いたのは、二週間後のことだった。
 服はボロボロ、靴は泥だらけの状態で、シホにとって過酷な旅は生まれて初めての所為か、半狂乱になりかけてもいた。
「もういやだ。ウチ帰りたいッ。お風呂もシャワーも浴びたい、テレビも見たいッ」
 と、がに股で地団太を踏み、町の真ん中というのに人目を憚らず暴れ始めた。
「落ち着けシホ。それじゃあね、お兄さんが新しいの買ってあげるから」
 トマスは洋品店へ入ると上等ではないが、見た目はシンプルで飾り気のない、地味で、しかしきれいになめしたスエードブーツを一足、買い求めた。
「ほら」  
 仏頂面のトマスは、割物を扱うかのように渡す。  
「ありがとう。大切にする」
 シホは小刻みに震える両手で、大事そうにブーツを受け取る。
「ずるいにゃん。シホちゃんには僕が買ってあげたかったのにッ。トマスは裏切り者だにゃあ」
「な、何怒ってんだ、アルベルト。早い者勝ちだろ、こういうのは」
 トマスはマーブルの狭い額を小突いた。
「ああ、じゃあね、マーブルには服買ってもらうかな」
 案外子供っぽいところのある男だと、シホはマーブルの性格がわかってきたおかげなのか、あやしかたまでマスターしていたようだ。
「上等の絹の服がいいかにゃ。それともエジプトの王女が着るようなヤツかにゃん」
「一番安い服でいい、先は長いんだし節約しないとね」
 堅実なシホに面目が立たないと思ったのか、マーブルはうなだれ、言われるとおり安い服を購入した。
「馬子にも衣装って言うが」
 シホの凝視にトマスは言いかけた言葉を咳払いでごまかし、飲み込んだ。
「似合うよ」
 柄にもないことを言った所為か、トマスは頬を紅潮させる。
 安い服と前述はしたが、トマスの言うとおり似合っていた。
 薄いブルーのコットンベストに腰ベルトを巻いて、白いシャツ、スパッツのような軽くて分厚い、それでいて暖かい素材のものを履き、その服装が先ほどのスエードブーツによく合っていた。
「ありがと」
 シホはトマスをちらりと横目で盗み見る。
 対してマーブルはといえば、どうしたわけかむくれた様子で店の入り口に座していた。
「どうしたの、マーブル。機嫌悪いみたいだね」
「そうかにゃ。そんなことないけどにゃ」
 言葉とは裏腹で、言動に棘があった。
「いや、怒ってる。絶対怒ってる」
 トマスがからかい半分でそういうと、マーブルはムキになって言った。
「怒ってにゃい」
「もしかして、ルチアさんのこと思い出したんじゃ」
 シホは思い当たることがあった。が、マーブルの答えは異なっており、
「ちがう。ルチアのことは、もういい」
 マーブルの返答に小首を傾げるシホ。
「どうして。諦めちゃうの」
「そうじゃない。もういいだろう。僕のことは放っておいてくれ」
 財布をトマスに預けると、マーブルは店の外へと飛び出した。
「どうしたんだ、アルベルト」
 トマスとシホはマーブルの豹変振りに戸惑い、顔を見合わせていた。
 

 店の近くには大きな噴水広場があり、マーブルは水面へ自分の姿を映してみた。
 不細工な化け猫風情の錬金術師。
 もはや人間の姿には戻れないのだろうか。
作品名:ぶち猫錬金術師 作家名:earl gray