ぶち猫錬金術師
ポケットから小瓶を取り出し、キマイラもどきに振りかけた。
「ぐああっ、よせ、やめろぉ」
「なんだい、あの液体は」
ユーリの問いに、
「不老不死の液体だにゃ。ただし」
とマーブルは付け加えた。
「失敗作だがにゃ」
なおも悶えるキマイラもどき。
「おっ、おのれえ。なめた真似をすると、どうなるか、みせつけてやるぞぉ」
アクセルもユーリも、エリクシールの失敗作で焼け爛れたヒドイ臭いに耐えられなくなり、鼻をつまんだ。
しかし、怪物の力は侮れず、とにかく力押しでくる。
アクセルがどうにか食い止めようとつとめるが、相手は偉大なる神である以前に魔法使い、一般人がかなう相手ではなかった。
「ぐわあッ」
「アクセル」
聖剣は宙を舞い、ユーリの手元に戻ってきた。
「どいつから殺して欲しい。立候補しろ」
勝算が見えるとでも言いたげに、魔獣は豪快な笑い声を轟かせた。
「冗談じゃない、殺されてたまるものか」
ユーリは剣を強く握り、目を閉じた。
「頼むぞ、『アキュアール』。お前はみんなの希望なんだ」
威張ってはいたが、どうやらマーブルの薬のおかげで幾分か弱体化が進んでいたようだった。
聖剣は、魔獣の弱点をユーリの脳裏に伝達した。
「負けはしないっ」
「ほざけえ」
肩ひざをついたユーリは、構えた剣で魔獣の心臓に一撃を加えた。
魔獣は魔術を解除し、もとの美しい美青年の姿に戻り、ユーリたちを見据え、そして、吐血する。
「なぜだ、なぜワシは貴様らに勝てぬ」
「そりゃ負けますよ。あなたには団結する『仲間』がいないでしょ」
李がもっともらしいことを言う。
「なか、ま。そうか、仲間がいないと勝てぬのか。敗因だったな」
「ぼくたちを殺そうとしたのは、どうしてなんだい」
ユーリはユルを抱き起こすと、悲しそうに尋ねていた。
「さあ、なぜかな。人間が邪魔なだけだったと思う。そして英雄とか言う存在も、ワシにとっては面白くない存在だったのだろう、だが、今となってはどうでもいい」
「叔父さん」
ユーリはユルを抱きしめ、叫んでいた。
「ユーリ、叔父とはどういうことだ」
「ユルさんは、ぼくの叔父さんなんだよ。ぼくはルシエルさまとエルさまの、子供なんだもの」
ユルは驚きのあまり口を動かすことさえ忘れ、ユーリの頬をなでていた。
「道理で似ている。ルシエルの穏やかな顔つき。エル姉さんの美しい瞳。そうか、だから憎らしかったのだ。あのルシエルの子だからこそ」
「叔父さん、死なないで、死んじゃいやだ」
ユルは、姪の願いに背くかのようにして、息を引き取った。
最終話 紳士の正体
こうして、神と不思議な力を持つ人間たちとの戦いは終結を迎えたが、ユーリは亡き叔父のことを思うと、胸を痛めてしまうのだ。
そして、今度は喜びの再会が待っている。
大昔生き別れになってしまった、ルシエル夫妻との。
ルシエルは再び玉座に座ることができ、その御礼としてユーリたちを歓待した。
マーブル、もとい、アルベルトにかけられた呪いもようやく解け、アルベルトはいまだ城のどこかで休んでいて、いっこうに現れる気配のないトマス、シホ、メタトロンを迎えに行くことにした。
トマスとシホは心地よさそうな寝顔を浮かべ、夢の世界へ誘われていた。
メタトロンはというと、アルベルトが人間の姿に戻ったことを知り、腰を抜かしていたが、アルベルトから静かに、のポーズをとられ、両手で口を押さえた。
シホの肩を小さく揺さぶるアルベルト。
ゆっくり重い瞼を持ち上げ、こすりあげると、見たこともない紳士がにこやかに、
「おはよう」
と挨拶をしてきた。
「あ、おはよう。だれだっけ」
半分寝ぼけているシホの声でトマスも目を覚ます。
「アルベルト」
トマスが叫んだ。
それでようやくシホにも、この男の正体を理解できた。
「うそ。トマスよりかっこいいじゃん」
「惚れ直した」
このやりとりに多大なショックを受けたのは、トマスである。
「シ、シホは俺よりアルベルトを選ぶというのか」
「そんなわけないでしょ。言ってみただけ。トマスが世界で一番かっこいいもん」
「はいはい。のろけご馳走様」
アルベルトは苦笑してごまかしはしたが、シホに対し淡い感情を抱いていたのは確かかもしれない。
その証拠に、トマスと戯れるシホの笑顔が、眩しそうだった。
「ごめんなさい、シホさん。あなたを巻き込むつもりはなかったのです。でも、人手が欲しくてあなたを未来から呼んでしまいましたの」
エルの言葉にシホは苦笑するほかなかった、という。
正装したエルは女神の器にふさわしく、それは美しかった。
ルシエルと幽閉されていたときとは、まるで別人。
華やかな貴婦人に変身していた。
「ところで、アクセル王子。あなたはペンダントを持っていたのですよね」
エルがアクセルに言うと、
「これですか」
アクセルはペンダントを渡した。
「やはりそうですわ。神の一族の紋章です。あなたはユーリの双子の兄」
「と、そういわれましても」
アクセルは困惑の色を隠せなかった。
「今のオレにはブラント家を守るという使命があってですね。それに、いきなり双子の妹がいたなんて、にわかには信じがたい」
「そうですね、わかりましたわ。でも忘れないでいて、あなたはわたしと、そしてルシエルの子であるということを。心の片隅でいいですから」
「はい」
アクセルの心中は定かではなかったが、おそらく本当の両親に感謝していたのだろう。
そして、数日後。
メタトロンがアルベルトの家にやってきて、シホを家に帰してやる、といってきた。
「なんでもエル様がもとの時代へお返しになられるそうだ。来たまえ」
しかし、シホはその申し出をきっぱり断った。
「いかない。帰るのよす」
「あれほど帰りたがっていたのに」
とメタトロンが苦笑した。
「未練なんてあるわけないでしょ。あっちよりこっちの世界のほうが、不便なことあるけど、楽しいもの。だからこっちにいる」
「ふうん。思い切ったねぇ。トマスもいるしね」
シホはうつむき、赤面した顔でアルベルトを張り倒した。
「やっだあ、冗談きっついなぁ、アルベルトはぁ」
「ト、トマスが聞いたら、喜ぶよ」
「それじゃあ、トマスさんに教えておいてやらぁ」
メタトロンは魔法を使って姿を消し、それきり現れなかった。
「ねえ、ねえ、アルベルト。ルチアさんとはどうなわけ」
「どう、って。どうもしないよ」
「うそうそ。毎晩酒場に通ってるじゃない。やっぱさあ、仕事が終わったアイドル裏通りで抱きしめて、あんなことやこんなこと、しちゃうんでしょ」
「ばっ。はしたない、どうすればそういう下品な想像が出来るんだい」
アルベルトは、はた、と思い直したようで、唇を歪めながら、
「そういえば、トマスとはどこまでいったんだい。僕はそのへん知りたいな、あの偏屈がかなり変わったし」
「やっだあ。それ以上はノーコメントだってばッ。アルベルトのバカッ」
シホはアルベルトの背中に、もみじをつけた。
「ごめんなさい。聞いた僕がほんと、バカでした」