デンジャラス×プリンセス
細い喉から想像も出来ないほど大きな声を響かせ、エリナさんが立ち上がりざまに机を叩いた。その過激な行動に、実の親である村長自身も驚いたのだろう。凛々しい面差しに戸惑うような色を浮かべ、小さく声を漏らす。
「え、エリナ……?」
「もう、みんな嫌いです! こんな村……なくなっちゃえばいいんだわ!」
薄桃に艶めく髪を振り乱し、エリナさんは店を飛び出していってしまった。
「……まったく、頑固なところは死んだ母親そっくりだな」
開け放たれたままのドアを見つめ、村長が力なく溜め息を落とした。その端正な横顔には、年相応の表情が刻まれている。
「真犯人捜しだと。まったく、余計なことを……」
「あら。まるでツンデレが犯人じゃないと困るみたいな言い方ね」
「……バカを言うな」
じろりとサーシャへ視線を動かし、すぐにその顔を横に反らす。
「……今から五日後に、LOP調査団が村を訪れることになっている。年に一度の査察のためにな。その時までにティアラを見つけることができなければ、この村は終わりだ。LOP特別約定により、領主である私は厳罰を課せられ、さらにこの村はLOP協会の支配下に置かれることになってしまう」
LOPを消失してしまった場合、その土地の責任者は任を解かれ、新たにLOP協会から派遣されてきた使者たちによって一定期間統治されることになる。その地に住んでいるすべての住民たちも連帯責任を問われ、協会の厳しい監理・監視下の元、以降の生活をしていかなければならなくなってしまうのだ。
それらは、LOPが無事に発見されるまで無期限で続けられる。LOPを管理・守護できなかったことによるペナルティは想像以上に重く、他のLOPを預かる都市、町、村・教会などへの見せしめの意味合いもあるのだろう。
だから、この事件は当人たちだけではなく、村人たちにとっても一大事なのだ。
「それまでに、私は何としてもティアラを見つけなければならない。私や家族だけの問題ではない。村人たちのためにもな」
決意に満ちた眼差しを上向ける村の長の姿は、鬼気迫るものがある。その人間性はともかく、家族や村人たちへの想いは真実だろう。
「そ。だったら、その調査団が来る五日後までに真犯人を見つければいいってわけね」
シンプルに弾き出された回答に、村長が不快そうに眉を動かす。
「……ふん、真犯人だと。面白い。できるものなら、やってもらおうじゃないか」
村長のヒゲのある口元が挑発的に釣り上げられる。
「ええ。言われなくても、やってあげますとも。お仕事ですもん。ヒメタマ、困ってるオジサマたちのために張り切っちゃうわん!」
「ふっ。戯言を」
吐き捨てるように呟き、村長がぞんざいな仕草で踵を返す。
「ばいばい。オジサマー。五日後を、お楽しみにー」
無邪気に手を躍らせるサーシャを振り返ることなく、村長は店を去っていった。
「お、いたいた。エリナさーん!」
場所を移し、村の広場へ。食堂を後にしたサーシャたちは、村の大広場にある大樹の根元に佇むエリナの姿を発見し、大きな声で呼びかけた。
「あ、お二人とも。……先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
すぐさま背筋を伸ばし、エリナさんが折り目正しくお辞儀をする。
「いあいあ、ぜーんぜん。気にしなくてオッケーよーん」
胸の前で両手を振り、不快感など微塵もないことをアピール。この人が謝る必要なんて、まったくない。
「でも、せっかく来ていただいたのに。その……ヒメタマさんたちに」
「あ、サーシャでいいわよ。ヒメタマは、ハンドルネームみたいなものだから」
「姫様。よろしいのですか」
素早く耳打ちしてくるフェイルに、片手を上げて肯定。逃亡生活をしている手前、おいそれと本名を明らかにするのは得策ではないが、エリナさんには伝えても問題ないとサーシャなりの判断。それに、身分はともかくとして、名前まで偽るってのも何となく決まりが悪いしね。
「……せっかくこうして来てくださったのに、サーシャさんたちには、とても不快な思いをさせてしまって」
「なに言ってんのー。こっちは好きで来てるんだし。それに、アタシら、こーゆーの慣れてるから」
「あはは」と屈託なく笑うサーシャに、曇り気味のエリナさんの唇にも、ほんのりと笑みが刻まれる。その様子を横目で確認しつつ、サーシャは一瞬小さく視線を背けると、囁きかけるようにして声を漏らす。
「……それに『ジョーカー』と聞いたら話は別。ヤツに繋がる可能性が1%でもあるんだったら、避けて通るわけにはいかないじゃない」
「……え? 何かおっしゃいましたか?」
蝶のように美麗な目元を、ぱちぱちさせるマリナに、サーシャはぶんぶん首を横に振る。
「ううん。何でもなーい。ま、とにかく状況は把握したわ。オッケーオッケー。要は、調査団が村にやってくるまでに事件を解決すればいいのよね」
LOP調査団が村に査察に訪れるのは、今から五日後。それが、今回の依頼のタイムリミットというわけだ。あのツンデレ兄ちゃんが犯人かどうかはともかく、それまでに最低限ティアラだけは取り戻さなければならない。
エリナさんが神妙に頷く。
「はい……。どうか、よろしくお願いします。私でよければ、何でもご協力させていただきますので、何でもおっしゃってください」
「うん。そんときは、よろしくー。だいじょぶ。エリナさんを悲しませるヤツなんて、アタシが許さないんだから。絶対ぜーったい真犯人をとっ捕まえて、ケチョンケチョンに懲らしめてやる!」
言って、力強く拳を掲げてみせる。そんなサーシャを見つめ、エリナさんの大きな瞳が次第に涙で潤んでくる。やがて「ありがとうございます」と、絞り出すような声とともにエリナさんが深く頭を下げた。
「さて。目的もハッキリしたことですし。それでは張り切って調査にまいりましょうか。姫様」
突然の背後からの声に振り向くと、そこにはいつの間にかサーシャにぶっ飛ばされたはずのフェイルの姿が。いや、お前いつの間に復活したんだよ。相も変わらずの穏やかな微笑を湛え、まるで何事もなかったかのようなスタンスでこの場に違和感なく溶け込んでいる。……うん。なんか知らないけど、この穏やかスマイル見てると無性に腹が立ってくるわ。
「どうか、どうか、お願いします……」
フェイルのほっぺを両手で「びよーん」と引き伸ばすサーシャに、またまたエリナさんが、地面にこすりつけるような勢いで低頭。絹糸のような繊細な髪が、さらりと肩にこぼれる。まったく、この人は。出会ってからずっと頭を下げっぱなしじゃないか。せっかくキレイなお顔してるんだから、地面ばっかり向けてちゃもったいないぞ。
この人の笑顔を取り戻すためにも、絶対に事件を解決しなくちゃね。
「いえす! アタシたちに、お任せあれ!」
ぱちりと片目を閉じざまに、親指を突き立てる。家族だか幼馴染だか知らないが、あのツンデレ男も、罪な男だな。
ま、とにかく、お仕事、お仕事。
アタシ、これでもその筋ではちょっとは名の知れた『トラブル・シューター』ですもの。
依頼料分の働きは、きっちりしますわよん☆
「さて、姫様。どこから手をつけてまいりましょう」
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro