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デンジャラス×プリンセス

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 エリナさんと別れたサーシャたちは、事件捜査の基本である情報収集をするべく、村を一通り歩いてみることにした。
「んー。とりあえず、まずは怪しい人物の身辺を探ってみることにしましょ。幸い、今回の事件の容疑者はツンデレも含めると、村長のオジサマ、その奥さん。あとは、エリナさんか。とにかく、その四人に限られるわけだし」
 以前にも説明した通り、例の魔導キーは今挙げた四人以外には使用できない仕組みになっている。そのおかげで、図らずとも容疑者(少なくとも事件の関係者)は、その四人に絞られるわけだ。魔導キー以外の方法で宝物庫を攻略した可能性は、この際だから捨て置こう。思考放棄じゃないぞ。そんな方法は、現実的には不可能だからだ。 
「そうですね。私の意見も姫様と同様です。カギを使用せずにティアラを宝物庫から盗みだすことは事実上不可能でしょう」
 サーシャの右後方。お決まりの定位置を歩くフェイルが、くいっとメガネのブリッジを押し上げる。
「うんうん。それに、あの家族。何か人には言えない事情を、いくつも抱えてそうね。この事件。どうやら一筋縄ではいかなさそうだわ」 
 村を鮮やかに彩る新緑の枝葉が、夏の陽射しを浴びて生命の輝きに息づいている。横目に流れるミダス川のせせらぎが耳に心地よい。物騒な事件とは無縁と思える美しい情景だ。
「人には言えない事情、ですか。姫様は、あの方々にどのような印象をお持ちになられましたか?」
 フェイルの問いに、ちらりと肩越しの視線を投げる。すぐにはその問いに応えず、サーシャは顔を正面に返すと、黄土色の村道を進みながら、やがて静かに口を開いた。
「……あのオジサマだけどね。笑う時に目と口が同時に笑ってたのよ。人間が本当に面白いと思った時にはね。まず口が笑って、次に目が笑うものなの。でも、オジサマは違った」
 無理をして笑おうとするから仕草が不自然になり、その結果として目と口が同時に動いてしまうというわけだ。
「無理をして笑おうと……。つまり、村長さまはあの場で作り笑いをしていた、と?」
「それだけじゃないわ。事件のことを話しているとき、村長さんの口元が神経質に動いていたのに気づいた? あれは、自分が感情的になっているというサイン。村長さんの立場から見ればその反応は当然のことなんだけど、一方で「犯人はツンデレだ」と言った瞬間、彼はさりげなく一歩後ろに下がった。あれは内心とは違う発言をしているときや、言葉に自信がない時に無意識に行われる防衛反応の表れなの」
 あの場において、なぜ村長は作り笑いをしなければならなかったのか。それだけではない。何度も怒りを見せる様子を見せながら、一転してツンデレの犯人説には自ら拒否反応を示していた。
「なるほど。それでは、村長さんは口ではあのようにおっしゃいながらも、胸の内ではツンデレさんが犯人ではないかもしれない、と思っていたということですね」
「もちろん、アタシの分析がすべて正しいとは言わないわ。だけど、あの場にいた村長さんに違和感を覚えたのは事実よ」
 おかしいと言えば、エリナさんに対する態度もそうだ。一見して普通の親子ゲンカのように見えなくもなかったが、なぜだかサーシャには二人のやり取りがひどく不自然なものに感じられたのだ。どこがどうというわけではないのだが、なにかこう、引っかかるものがあるというか……。
「さすが姫様。相変わらずの鋭い観察眼です。姫様お得意の『マインド・リーディング』は、もはや私たちには、なくてはならないものですね」
 物思いに更ける意識に、フェイルの低声が流れてくる。
「あに言ってんのよー。そんなんじゃないっての」
 鼻で笑い、頭上に広がる瑞々しい青空を振り仰ぐ。
 カッコよく『マインド・リーディング』などと呼んではいるが、実際にはそんな大層なものではない。確かにこの能力のおかげで、今までも見えない人間の思惑や意思が絡んだ事件を多く解決してきたことは間違いない。しかしサーシャにとって、この能力は決して望んで手に入れたわけではないのだ。
 サーシャは一国の主である女王の実の娘であるという特異な環境で生まれ、育ってきた。
 女王の娘、それも第一王女という肩書きは本人が考えている以上の意味を持ち、周辺にはサーシャを政争の道具として利用してやろうと考える人間で溢れかえっていた。感情こそ表面には出さないものの、サーシャをうとましく思っていた連中も大勢いたことだろう。
 策謀、駆け引き、足の引っ張り合い。大人たちの薄汚れた欲望や利権で塗れ、粘つき腐臭の放たれた幼少時代。
 彼らにとっては、笑顔すらも出世や利権獲得のための道具に過ぎないのだ。誰も彼もが醜い仮面をかぶり、本音でサーシャと接するものなど誰一人いなかった。……唯一の例外を除いては。 
 それでも、サーシャは同年代の男の子や女の子とは明らかに別次元のなかで育ったという自覚がある。それは外に出ている今だからこそ、はっきりと断言できることだ。
 嘘や媚びで醜く彩られた日々を過ごすなか、薄っぺらく形作られたものを見破るのは、いつしか特技のようなものになっていた──。
「ひゃっ!?」
 突如、頬に弾けた冷たい感触に、サーシャはみっともなく悲鳴を上げた。涙目で振り返ると、そこには、してやったりとばかりにニコニコと微笑むフェイルの姿。
「どうです、姫様。よく冷えているでしょう? 今朝、この村で採取したシシカカブの木の実を、川に浸しておいたんです。殻のなかには、芳醇な甘みのジュースが、たっぷり詰まっていましてね。とても美味しいので、よかったら……」
「うっさい! ぶわぁあぁあーかァァッー!!」
 フェイルの脇腹を狙い、跳躍しざまの空中回し蹴り。元お姫様お得意の洗礼を受け、こちらも元誉れ高きナイトロードの騎士は、脆くも地面にノックダウン。
「ったく! いきなり、あにすんのよ! ばかばかばーか!」
 涙を拭い、ふんと首を横に反らす。
 そんな薄暗い過去でも、サーシャにとってはやっぱり特別で、大切な思い出だ。そこには誰よりも大好きな母がいたし、そして近くにはいつもこの軽薄でデリカシーのないバカ男がいた。
 今改めて考えてみると、もしかしたら母もサーシャと同じような境遇で育ったのかもしれない。だからフェイルという同年代の少年を、サーシャの側に置いてくれたのだ。
「いいから、とっとと犯人捜すわよ。そんでシャンパン片手に、おいしーモノ、たらふく食べるんだから」
 胸を張り、意気揚々と歩きだす。
 つまりは、そういうこと。こう見えて、元お姫様も色々大変なのだ。

 そんなこんなで、事件の調査スタート! と勢い込んだのとは裏腹に、捜査は難航していた。
 それというのも、今回の事件について、どの村人に話を聞いても返ってくる答えが等しく同じだったからだ。
 曰く、「犯人は、あのツンデレ以外にいないッ!(ドーンという効果音アリ)」。
 村人たちは、すでにツンデレを犯人だと決めつけているのだ。そんな先入観や固定観念に縛られた彼らに何を聞いても、有益な情報が得られるはずもなく。怪しい人物の目撃情報からティアラ奪取の動機やら何やら、事件のことについての情報がアリさんの手足ほども出てこない。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro