デンジャラス×プリンセス
そして、お祭り当日。村長たちが、そのVIPなる人物たちとともに帰宅後。
ティアラを用意しようと奥さんが宝物庫に行ってみると、あらま大変! 宝物庫からは、大切なティアラが無くなっていましたとさ。
うーん。状況だけ見れば、犯人はツンデレしかいないように思える。しかし当の本人は、捕まったあとも「オレは知らない」の一点張りらしい。
「彼はティアラどころか、魔導キーにも触れていないと言っています。私も、シャナンが盗んだとはどうしても思えないんです。村のみんなは彼がやったと口を揃えて言うけれど……。でも今の彼は、そんなことをするような人ではないんです」
そう言って、マリナさんが長い睫毛を床に伏せる。
今の彼、ね。
どうやらこの事件の背景には、複雑な事情がありそうだ。しかし、このお嬢様。ツンデレを擁護するその憂いに満ちた表情は、ただの家族ものとは思えないぞ?
「真偽はともかく、状況としては一応疑わしい人物が捕まったわけだけど。それで、盗まれたティアラは無事に見つかったの?」
様々な思惑を胸に押し込み、今は事件に集中する。
「いえ、それがまだ……。今も村中のみんなで捜しまわっているのですが、いまだ見つからないままで」
なるほど。だから、あのツンデレはあんなところに吊るされているんだな。もしこのままLOPが見つからなかったら、村は大変なことになっちゃうもんね。
「んじゃ、その例の魔導キーってのは? あいつはカギなんて一度も触ってないって言ってるんでしょ? それがあれば、あいつの言ってることが本当かどうか証明できるんじゃない?」
通常、マジックアイテムを使用した場合、そのアイテムには必ず使用者の『魔紋』というものが刻まれる。
『魔紋』とは魔力を使用した際に発生する終生普遍の紋様のことで、指紋や声紋と同様に同じものはこの世に二つと存在しない。その性質を利用し、事件捜査などに応用したのが俗に言う『魔紋鑑定』であり、専用の道具を用いて検出・分析すれば、出現した魔力成分からどんな人間が使用したのか、あっという間に分かってしまうのだ。
今でこそ、このような手法を用いることで簡単に対象者を特定することが可能になったが、これらの方法は何も昔からあったわけではない。ここ近年で実用化されてきた手法であり、現在も日夜新しい技術が研究・開発されている。魔導を利用した犯罪は、とかく性質が悪い。だからそれを暴く側も必死なのだ。
「はい。現在まで魔導キーを使用したことがあるのは、お父様と、お義母さま、そして私の三人だけです。先ほども申しましたが、シャナンはこれまで一度もその魔導キーを使用したことがないのです。ですから、カギの成分を分析し、そこにシャナンの『魔紋』がなければ、必然的に彼が犯行をおこなっていない証拠になります。ですが……」
エリナさんの艶やかな髪が力なく揺れる。この様子だと、どうやらそのカギも期待できないようだ。それを裏づけるように、奥さんが最後に使用したあと、保管庫に置いてあったはずのカギがいつの間にかなくなっていたと、エリナさんから告げられる。理由はともかく、そんなことをするのは犯人以外にいないだろう。裏を返せば、カギが見つかってしまえば、犯人にとって非常に不都合なことになるのだと推測されるが……。
「ふーん。じゃ、まずはその辺から当たってみないとね」
「その必要はないッ!」
と、突然、落雷めいた怒鳴り声が店内に響き渡った。あまりの大声に顔をしかめて振り返ると、そこには「おおっ!?」と思わず目を見張ってしまうようなダンディなオジサマの姿が。憤然と腕組みをし、親の仇とばかりに、こちらを睨み据えている。
「お、お父様?」
エリナさんが、驚いたように席を立ちあがる。村長の娘であるエリナさんの父親ということは、どうやらこのステキなオジサマこそが、このミダス村の村長様らしい。
「育ててやった恩も忘れて、こんなマネをしおって。やはり貧民街のドブネズミは、いつまで経っても、ドブネズミのようだな!」
侮蔑をたっぷり含んだ口調で村長が叫ぶ。このオジサマ、顔はいいけど、どうやら性格に難アリと見た。自分の気に入らないことがあると、すぐに怒鳴り散らすタイプだな。やれやれ。
「お、お父様! その言い方は、あんまりです」
エリナさんの抗議は、いかにもおしとやかだが、しかしその表情は押し殺した怒りに満ち満ちている。
「そうよー。証拠もないのに、そこまで人を疑うことないんじゃなーい」
テーブルに頬杖を突きながら猪肉を刺したフォークを口に運ぶサーシャに、権力者の風格を宿した瞳が、じろりと移動する。
「……? 何だ、この子供は」
「はい! よくぞ聞いてくれましたっ! アタシはフリーの解決屋を営んでおりまする! 人呼んで『美しすぎるトラブルシューター』! その名もヒメタマよん! よろしくっ! オッサン!」
「お、オッサンっ……?」
呆気に取られる村長に、続けてスマートに立ち上がったフェイルが、流暢にお辞儀をする。
「そして私が、ヒメタマの助手及びお目付け役を務めさせていただいております。ミステリアス剣士、ティルフィング・エルラード……またの名を『白薔薇の氷魔人(レティクル)』と申します。どうぞ、よろしくお願いします。オッサン」
「ま、またしても、オッサンッ……!」
優雅な微笑みを湛える白薔薇の氷魔人に、村長が、わなわなと拳を震わせる。
「な、何だ。この清々しいまでに無礼な奴らは……」
「無礼なのは、どちらです。この方たちは真犯人を見つけ出してくれるために、わざわざ、こうしておいでくださったのですよ」
エリナさんの言葉に、村長が鋭く目元を引き締め、唸る。
「真犯人だとぉ……? バカを言うな! 犯人なら、すでに捕まっているだろう!」
「なぜ、そう決めつけるのです。シャナンは盗んでいないと、あれほど言っているではありませんか」
「ふん。犯行当日にこの村で魔導キーを使用できるものは、ヤツしかいないんだ。それは、お前も知っているだろう」
「でも……」
「そんなことより、分かっているのか。今回の事件が外部に漏れてしまえば、この村は終わりなんだぞ。それにも関わらず、こんな得体の知れない奴らを村に招きいれるどころか、真犯人を見つけだすなどと現を抜かしおって」
「得体の知れないなんて、そんな……」
「それを承知の上だからこそ、あのお方も今回の件を黙認してくださっているんだぞ。……まったく。一時の気の迷いとは言え、私もとんでもない疫病神を拾ってきてしまったものだな」
ぶつぶつとヒゲのある口元で呟き、一転して諭すような口調で村長が続ける。
「とにかく、だ。お前も、いいかげん大人しくしていなさい。もう子供じゃないんだ。今にあの男も音を上げ、ティアラの居場所を吐くだろう。そうすれば、お前も晴れて……」
「……お父様は、いつもそうです。他人の気持ちを無視して、そうやってすべてを勝手に決めて……」
地面に顔を向け、ふるふると華奢な肩を震わせていたエリナさんが、直後、涙で濡れた顔を勢いよく振り上げた。
「彼を冒涜するのは、いくらお父様でも許さないから!」
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro