デンジャラス×プリンセス
「んー。空気もうまけりゃ、飯もうまいわ〜。いえす! ざっつ・らいと! ザ・INAKAさいこーっ!」
お代わりを連呼するサーシャに、エリナさんも思わず苦笑。サーシャの勢いを目の当たりにした他の客たちも「お嬢ちゃん。いい食いっぷりだな」などと、はやしたててくる。ども、ども。
「あら。エリナさん、どうされたの? さっきから全然箸が進んでいませんことよ?」
「え? ……あ。ご、ごめんなさい。まさか、その……。噂の『トラブル・シューター』の方が、こんなに可愛らしい方だったなんて夢にも思わなくて」
「え? カワイイ? いやーん。ふぇいるー。カワイイって言われちったー」
贈呈された褒め言葉に、頬を両手で挟みながら、ぶりぶり腰をシェイク。隣席にいるはずのフェイルに、にやけ顔を振り向かせると、そこにはどういうわけか姿がない。
あれ? どこ行ったんだろう、と正面に視線を返し──そこには、いつの間にかフェイルの姿が。しかもどういうわけか、片膝立ちでエリナさんの両手をがっしりと握りしめ、すべてを癒やすような微笑みを湛えながら細めた眼差しを熱く彼女に注いでいる。
「……こんなに震えてしまって。可哀そうに」
「え? え? あの……」
「心配しなくていいよ。僕はアナタの力になりたいんだ」
「は、はあ……」
「それより、どうかな。今夜あたり、キミの部屋に行ってもいいかい? 大丈夫。誰にも気づかれないようにするから。ベッドの上で、ゆっくりとキミの話を聞きたいんだ……って、あわちゃぁもおぅあわああがががあががおァっ!」
ぱちんとサーシャが指を鳴らすや、フェイルの全身が火だるまへと変貌。低級魔術であるレベル・3(トゥリア)。その名も『炎の洗礼(フローガ)』だ。半径五メートル以内の任意の場所に発火を起こすことができる、とっても便利な代物(はあと)。
「どさくさ紛れに、なに口説いてんのよっ! この軽薄エロメガネっ!」
炭となって床に崩れ落ちるエロ男をハンニャの顔で睨み据え、一転してエリナさんに最高級の笑顔を振りまく。
「すみませっーん。こいつ、美人と一緒にいると一定確率でモードが切り替わってしまう厄介な性質があるんですよー。って、じゃあ、いつも一緒にいるアタシは何なんだ、このぉ!」
「いたいっ! やめてくださいッ! 嗚呼! おおぅ! そこ! そこはダメです! ああっ! 姫様ァ! やめ、やめてっ……っ!」
【ただ今取り込んでおりまので、今しばらくお待ちください】
「じ、実は……」
店の片隅で、半裸状態でぶっ倒れるフェイルを放置し、仕切り直し。サーシャはエリナさんから問題の事件の話を聞くことにした。
エリナさんの話によれば、事件のあらましは今から一週間前に遡る。
この自然が美しい平和なミダス村に、一通の予告状が届いたのだ。
宛先人の名前は『ジョーカー』。
陸、海、空を超え、各国から各国へ大陸を渡り歩く、すべてが謎に包まれた孤高の怪盗。その犯行手口は、大胆不敵でありながら、緻密にして繊細。今まで彼が予告した通りに盗めなかったものは何一つ存在しない。そのターゲットは金銭や、お宝のみに留まらず、狙った人間の〈命〉にすら及ぶ。
世界中を震撼させる、極悪非道の犯罪者だ。
で、そんな正体不明の極悪人のターゲットに運悪く選ばれてしまったのが、この辺境の田舎の村というわけ。
奴の狙いは、村に代々伝わる神秘の宝冠。正式名称『運命のティアラ』。
LOP(ロスト・オーパーツ)のひとつに数えられる大変希少な魔導具(レア・マジックアイテム)であり、そのルーツは過去の大暗黒時代にまで遡る。
大暗黒時代とは、要はアタシたちのご先祖である神様たちが地上の覇権を得るため、蹴り合い殴り合いのマジ・バトルをした時代のことだ。その際に使用したアイテムなどは、オーパーツとして各地に散らばっており、現在も各国独自に発掘・調査が行われ、その保護がなされている。
ちなみに、隣国であるサーシャのシルフィス城にも、四つのLOP(ロスト・オーパーツ)が保管されていた。幼いサーシャも、前女王である母に一度見せてもらったことがある。厳重な監視下のもと、場内の宝物庫に保管されていたのは剣、魔導書、指輪、拳闘武器(ナックルダスター)で、それらのアイテムが放つ無言の圧力は、幼いながら圧倒されたものだ。
LOP(ロスト・オーパーツ)は、えてして強大すぎる力を持つゆえ、現在は各国間協定に従い、それぞれの国内で分散して保管される決まりとなっている。これは一部の権力者の下にLOP(ロスト・オーパーツ)が集まることを避けるためであると同時に、それらを巡っての無益な騒乱を抑制するという意味合いもあった。これらは各国共に絶対厳守の鉄の掟であり、各国間から選りすぐられた国境なき専門調査団によって、定期的にLOP関連の調査が行われるほどの徹底ぶりだ。もちろん何か問題があった場合には、同調査団によって厳正に対処される。
そしてそれは、このような小さな村でも例外ではなかった。LOPを預けられた人間は責任と責務を追い、それらを失うことは当事者だけではなく、その町、ひいてはその国自体の威光と威厳の失墜を意味しているのだ。
で、渦中のティアラだが、もちろん村の宝物庫で厳重に保管・管理されていた。宝物庫には、LOP協会公認の結界師により外部からの違法な接触を禁じる専門の強力な魔導の封印が施されており、その解錠には魔導キーと呼ばれる専用のカギを使用しなければならない。その魔導キーもLOPを預かる立場の責任者と、その家族しか使用できない仕組みになっていて、そのカギも村長の自宅で厳重に保管されているはずだった。
しかし、事件が発生した三日前。超重要アイテムであるティアラが、宝物庫から忽然と姿を消してしまったのだ。
「……犯行予告日は、ちょうどこの村の名前の由来となった『勇者ミダス』に、鎮魂と感謝の意を捧げる鎮魂(たましずめ)の祭日がおこなわれる日でした」
勇者ミダスとは、暴神たちからこの地域を守った英雄のことだ。その祭祀に、祭礼具としてティアラが必要だったらしい。
当初、村長は「バカバカしい。そんなもの、ただのイタズラだ」などと田舎の権力者らしく一生に付していたのだが、すでにご承知の通りLOPはこの村にとって、超ウルトラ重要アイテム。万が一のことがあってはと周囲の熱心な説得もあり、渋々、都市部の傭兵ギルドで腕利きの人間を雇い、警備体制を強化。盗人対策は万全のはずだった。
「鎮魂祭当日は、大切なお客様がお見えになる予定になっていたんです。ですので、私たちは、その方々をお迎いにあがるため、前日から村を留守にしていたんです」
当時、村長の家には、ツンデレ一人が残ることになっていた。本来は、彼もついていくはずだったのだが、その日はどうしても都合が悪いといって突っぱねたらしい。
ちなみにエリナさんとツンデレの関係だが、聞くところによると血の繋がっていない姉弟という関係性らしい。ついでに、現在の村長の奥さんは後妻で、前妻の子であるエリナさんとも血の繋がりがないとのことだった。そこら辺の事情について深くは触れなかったが、どうやら割と込み入った家庭環境であるらしい。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro