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デンジャラス×プリンセス

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 各々の視線の交錯する先には、一人の若い女性が佇んでいた。
 透き通った雪色の肌に、襟元にピンクのリボンがついたシルク製のクロークといった出で立ち。どこか哀愁のある緑がかった瞳は濡れるような光を湛え、薄桃色の髪が陽射しを照り返して波打つように輝いている。
「え、エリナ……」
 男──シャナンの口元から動揺するかのように掠れた吐息がこぼれ落ちる。
「え? この人が……エリナさん?」
 言われて、サーシャは改めて彼女を凝視。数秒の黙考の末、弾きだされた結論。依頼人のエリナお嬢様は、想像を遥かに超えた、とんでもない美少女なのであったとさ。その容姿から雰囲気ともに、サーシャなどよりも、よほどお姫様っぽい。くっ。負けたぜ。
「……何の用だ。ここにはもう来るなと、あれほど言っただろう」
 咎めるようなツンデレの口調に、マリナ姫の白い美貌が深く地面に俯けられる。
「それに、解決屋に依頼したとはどういうことだ? それも、こんな得体の知れない奴らに事情を話すなんて」
「おいおい。得体の知れないって、失礼な。アタシたちはね……」
「姫様」
 一歩踏み出そうとするや、途端に、にゅっと背後から長い腕が伸びてくる。肩に添えられた手元に振り向くと、そこにはフェイルの姿。たしなめるようなメガネ越しの視線を送られ、サーシャは小さな舌打ち一回。仕方ない。今は大人しくしていてやるか。
「ごめんなさい。でも、私……」
「帰れ。オレは、お前の顔など見たくもない」
 吐き捨て、ぷいっとシャナンがエリナさんから顔を背ける。不機嫌そうな横顔を目の当たりに、エリナ姫は何か言いたそうに唇を動かしかけたが、次の瞬間、諦めたようにほっそりとした肩を脱力させた。
「うん。わかったよ……」
 上品な口元に力ない笑みを浮かべ、それからエリナさんは両手で持っていた小箱の蓋を、そっと開いた。途端、開かれた箱の中から、溢れだすような閃光の粒とともに、虹色に瞬く小鳥たちが一斉に大空を目がけて飛びたっていく。そのまま鳥たちは一直線に吊るされているシャナンの頭上へ到達すると、七色の翅をこぼしながら彼の頭上を円周上に飛び回りはじめた。光輝く翅をその身に受け、シャナンの身体が瞬く間に柔らかな温光に包みこまれていく。
「ふむ。あの光は……」
 傍らでフェイルが、小さく唸る。あれは、対象者の肉体的疲労を回復させるマジックアイテム。その名も『舞踏する癒しの小鳥たち(マジカル・リラクゼーション)』。
 マジックアイテムとは、魔導に心得のないものでも魔導の効果を得られるよう、インスタントな術式(といっても、小難しい数式のようなものではなく、ぱっと見はオシャレな紋章のように見える)が刻印されたアイテムの総称のことだ。使用効果は基本的に一アイテム一回限りで、主に魔導道具屋などで販売されている。
 マジックアイテムは日々の生活に役立つ効果を得られるものや、はたまたモンスター撃退用など実に幅広いバリエーションが存在し、モノによっては少々値は張るものの、そのお手軽さと即効性・利便性から、特に騎士や傭兵などに人気のアイテムだ。ちなみに、あの三バカトリオのリーダーが使用していたものも同じものである。
 余談になるが、マジックアイテムに記された術式は、俗に『エンハンス・ルーン』と呼んでいる。ルーンはアイテム内に籠められた魔導を使用者に代わって発動する、いわゆる翻訳器の役目をしているというわけだ。
「じゃあ、私、行くね」
 純白のスカートを翻し、エリナさんがその場を立ち去ろうとした瞬間。 
「おい」
「……うん?」
「お前、ここ最近、都市部のギルドで仕事を斡旋してもらっているらしいな」
「……え、あ、うん。ちょっと……欲しいものがあって。でも、シャナン。よくそんなこと知ってる……」
「その手の傷、どうした?」
 シャナンの指摘に、びくっとエリナさんの肩が上下した。さっと素早く両手を背中に隠し、慌てた様子で声を返す。
「あ、これは……。ちょっと……お料理してたら切っちゃって。ダメだね、あたし。昔から、ドジで」
「…………そうか」
 あからさまにそうと分かるエリナさんの愛想笑いに、何か思うところがあったのだろう。シャナンはそれ以上の追求をやめると、代わりにため息交じりに彼女から視線を背けた。どこか躊躇うような数秒の間が置かれ、それから耳を澄まさなければ聞きとれないような声量で、低く呟く。
「…………オレのことなんか気にするな。お前は、自分の幸せのことだけを考えろ」 
 態度こそふてぶてしいが、しかしその言葉のなかには、彼女に対する深い情愛と感謝の気持ちが籠められていることが、部外者であるサーシャにも、はっきりと感じ取れた。
 彼の言葉にエリナさんは微かに微笑みを見せると、すぐに真顔に戻り、銀糸のような髪を揺らしてサーシャたちに向き直った。軽く会釈を投げかけ、サーシャたちを促すように細い右腕を進行方向へと差し出す。
 サーシャとフェイルは顔を見合わせ、すぐにその華奢な背中を追った。

「先ほどは家族のものが失礼いたしました」
 場所を移し、村内にある大衆食堂の一角。
 サーシャたちは依頼人であるエリナさんに事情を聞くため、ちょっと早いランチがてら店を訪れていた。
「あー、ヘーキ、ヘーキ。アタシ、そーゆーの全然気にしないタイプだからー」
 甘辛いソースのかかった白身フィッシュを口いっぱいに頬張りつつ、ひらひらと片手を躍らせる。四人掛けのテーブル上に並ぶのは、肉、魚、野菜など、実にバラエティーに富んだ料理の数々。こんなに豪勢な昼飯にありつけるなんて、本当に久しぶりだ。しかもコレぜーんぶ、彼女のオゴリだというのだから、たまりませんなー。
 ガツガツと皿まで食う勢いで食事を進めていく。ほぼ同年代の彼女にオゴらせるなんてちょっと悪い気もするけれど、正直、背に腹は代えられない。うんうん。わらわは満足ぞよー。
 このミダス村は豊かな自然に恵まれた、それはそれは美しい村だった。
 都会の建造物だらけの無骨な景観とは違い、村の大部分が活き活きと枝葉を伸ばした木々に覆われており、聞くところによると村の面積の三分の一ほどが森林に占有されているそうな。人々が笑顔で行き交う遊歩道から頭上を仰げば、鮮やかな緑と降り注ぐ陽射しのなか小鳥たちが気持ちよさそうに飛び交っている。村の東側には、さらさらと透き通った小川も流れており、そこでは新鮮な魚も獲れるらしい。まるでエルフの隠れ家を彷彿とさせるような、神秘的な村だ。
 そんな環境であるゆえ、村人のほとんどが農業や林業で生計を立てているらしい。娯楽施設と言えば、村に一軒だけある酒場が唯一のもので、しかしそこもあまり繁盛しているとは言い難いようだ。なぜなら、この村のほとんどの人々が休日は家族で過ごすらしく、酒場を利用するのは、ごく一部の村人だけらしい。うーん。都会のお父さんたちも、少しは見習ってほしい。  
 ちらりと窓の外へ視線を投げてみれば、野性動物が当たり前のように闊歩している光景が目に映る。こちらも、サーシャの生まれ故郷では考えられない情景だ。
 人間も、動物も、自然も、のんびり。まさに田舎を絵に描いたような村である。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro