小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

デンジャラス×プリンセス

INDEX|5ページ/55ページ|

次のページ前のページ
 

「『ダッシュキャット』は短時間ながらその姿を一時的に消すことができるんです。自己透明化(セルフ・トランスペアレント」という特殊能力(ユニークスキル)でしてね。能力が発動している間は、外部からの接触は一切できないのですよ」
「んなこと知るかー! ぼけー! ずるいぞー! ひきょうだー! だんこ抗議しゅるー!」
「まったく、こんなにしてしまって……。せっかくの、お美しい顔が台無しですよ。……少し染みますからね」
 うっすらと血の滲んだおデコに、傷薬が含まれたスカーフが優しく押し当てられる。うう……しみるぅ。いたいおー。フェイルによる治療が行われる間、サーシャは、きゅっと奥歯を噛みしめ、ただひたすら耐えるのみ。
「嗚呼。いけない。お耳のなかにも砂が入ってしまっているじゃないですか」 
 囁くように呟き、次の瞬間、フェイルの指先が、そっとサーシャの耳たぶに触れられる。他の男がこんなことをしてきたら即刻切り刻んで肉食モンスターのエサにしてやるところだが、あいにくとこの男だけは別。
 まるで繊細なガラス細工を取り扱うように、フェイルのしなやかな指先が、サーシャの耳の裏や表面を、ゆっくりと撫でる。状況的には元お姫様が従者に汚れを拭ってもらっているだけなのだが、実際、赤の他人が見たら昼間から公然とカップルがいちゃついてると勘違いされそうな状況だろうな。ま、アタシたちに限って、それは絶対ないんだけど。ていうか、ちょっと、くすぐったひ。
 しばらく耐え続けていたが、とうとう我慢できなくなり、たまらずサーシャは身体を大きくよじった。
「姫様。動かないでください」
「らってぇ、くすぐったいんだもーん」
 きゃはきゃは子供のようにはしゃぐサーシャに、「やれやれ」とフェイルがメガネの奥の瞳を柔らかく細め、微笑んだ。
 このメガネくんとは、サーシャが物心つく前からの付き合いになる。騎士見習い兼サーシャの世話係として、今日まで片時も離れず付き従ってきた。そういう意味では、家族以上の長い時間をこの男と共有していることになり、当然のことながら野暮な気遣いなどは一切存在しない。また、それは少なからずフェイルにも当てはまることであり、世間の王族と下僕関係事情に比べたら、サーシャたちの関係性は極めてフランクなものだ。
 元々、がっちりした主従関係というわけではなく、しかもフェイルにしてみたらサーシャを指導する立場でもあったということも多少は影響していることだろう。お姫様とナイトというよりは、どちらかというとオテンバ娘と保護者って表現の方が近いのかもしれない。自分でオテンバとか言っちゃったら世話ないけどさ。
 とにかく、アタシたちはそんな感じ。一度フェイルに「もう『職業・お姫様』じゃないんだから、基本タメ口で接せよ。えっへん」とか命令したのだが、長らく染みついた習慣というものは、そうそう変えられないものらしい。因果なものよの。
 そうこうしている間にも「姫様の髪は昔から、とても綺麗ですね」とか言いながら、嬉々として耳掃除に勤しむフェイル氏。最後に「ふーっ」とミントの香りがしそうな吐息が吹きかけられ、作業終了。 
「はい。綺麗になりましたよ」
 すっと長い足を伸ばすフェイルに、サーシャは振り返って労いの言葉を贈ってやった。
「ん。御苦労であった。なかなかいい仕事ぶりであったぞよ」
「それは、それは。姫様においては、もったいなき、お言葉にございます」
 おどけるように、しかし機敏な動作でフェイルがシルフィス流の敬礼を決める。
 てなわけで、アタシたちは間違っても世に言う「スイートな関係」などではないのである。ただお世話をし、されているだけ極めて健全な男女関係。
 誰が何と言おうと、そうなのだ。

 村に到着したサーシャたちを待っていたのは、一人のイケメンが吊るしあげられているという異様な光景だった。
「ほー。この村には、イケメンを鉄柱に括りつける習慣があるのかー」
「ほっほー」と興味深く頭上を見上げるサーシャに、フェイルが、ひそひそと口を寄せてくる。
「そんなはずないでしょう。恐らく、この方が例の犯人と思われる方だと思われます」
 てことは、この若い兄ちゃんがアタシたちが長年追ってきた宿敵「ジョーカー」の正体ってことになるのだな。……はっ。冗談言うな。
「……何だ。貴様らは」
 物珍しげに見物するサーシャたちを前に、男が不快感も露わに口を開いた。放たれた低い声は思わず「おやっ」と瞬きしてしまうような、色気たっぷりの美声だ。
「よっ! にいちゃん、げんきー? アタシたち『何でもオマカセ! ぷりんせすっ☆』からやってきました『トラブルシューター』のヒメタマとー……こっちのメガネは、助手のエロメガネどぇーす。よろしくしてねーん☆」
 しゅたっと片手を上げるサーシャの耳元に、またしてもフェイルが口を寄せてくる。
「……姫様。いくら素性を隠さなければならない立場とはいえ、その、エロメガネなる不名誉なコードネームは、お控えいただけませんか?」
 静かに、しかし強い意思を籠めて抗議するエロメガネに、サーシャは露骨に面倒そうな顔を作り、言い返す。
「うっさいわねー。じゃ、例えば、どんなのがいいのよー」
「そうですね……。【謎多き、孤高のミステリアス魔剣士・ティルフィング・エルラード】。またの名を【反逆の白薔薇プリンス】などは、いかがで……」
「はーい。というわけで、解決屋さんでーす」
 思春期臭い少年設定を主人公権限で遮断し、朗らかに自己紹介。
「……解決屋……?」
 サーシャたちを交互に見据え、男が怪訝そうに端正な眉をひそめる。
 このイケメンの彼。年の頃は、アタシよりちょい上の、十八歳前後だろうか。磨き抜かれたエメラルド・グリーンのような光沢のある前髪長めのサラサラヘアーに、深い海色のどことなく影のあるような両瞳。強制的に視線を奪ってしまうような実に整った顔立ちといい、ボロボロのレザーアーマーから覗くソフトマッチョな身体といい、この兄ちゃんは、さぞや女の子たちにモテることだろうな。
「いえーす。この村で起きた盗難事件を解決するべく、こうして遠路はるばるやってきたのどぇーす。えっとー、依頼人は、どちら様だっけー? エロメガネー?」
「………………はい。エリナ・キャロライン様とおっしゃる、ご婦人の方です」
 あからさまに、不満そうにフェイルが返答する。
「エリナ……だと……?」
 依頼者の名が告げられるや、男の奥二重が大きく見開かれた。
「おや? ご存じかい? ちょうどいいや。ねーねー。彼女のおウチおせーてー」
「……ッ! そんなもの知らん!」
 怒鳴りつける勢いで言い放ち、そのまま男は、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「おやおやー。その反応は、おかしーぞー? あれれー? もしかしてー。そのエリナって人、アンタの恋人だったり、しなかったりー?」
 実に分かりやすいリアクションに、からかうように言ってやると、男はキッとこちらを睨みつけ、
「知らんと言っているだ……」
 男が叫びかけた、その時だった。
「シャナン!」
 まるで大地を潤す春風が頬を優しく撫でるような。そんな柔らかな感覚の訪れに、思わず、その場にいた全員の顔が声の主に振り向けられる。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro