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デンジャラス×プリンセス

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 先ほどから一切目を合わせないようとしない両者に対し、エリナさんが嫌悪感も露わに言い放つ。
「違うのよ。エリナさん」
 黙り込んだ二人の代わりに告げたサーシャに、一泊遅れて、鋭い目つきが飛んでくる。
「違う……? この期に及んで何が違うのっていうのよ? 今度は、二人は何の関係もありません、とか言うつもり? はっ。そんな戯言、いまさら通用しないわよ。すでに二人の浮気現場は抑えてあるんだし、それにアタシ知ってるのよ。義母であるアナタが、シャナンと同じペンダントを隠れて身につけていることをね」
 剥きだしになったツンデレの首元を飾るペンダントを指差し、エリナさんが射るような眼差しを奥さんに向ける。
「エリナさん。違うの。すべて誤解なのよ」
「だから、何が!」
 悲痛な表情で叫んだ瞬間。ツンデレの凛々しい眼差しが決然とエリナさんに向けられる。
「エリナ。聞いてくれ。彼女は……オレの実の姉なんだ」
 予期せぬ一言に、エリナさんの表情が文字通り凍りついた。
「……は? あ、姉……? な、何を血迷ったコトを……」
 どうにかそれだけを絞り出したエリナさんに、ツンデレがいつにも増して穏やな口調で語りかける。
「お前も知ってる通り、オレはこの村に来るまでずっと孤児として生きてきた。オレに家族なんてものはいない。誰に言われるまでもなく、それは事実として受け止めていたし、実際にそう思い込んでいた。だが、それは違っていた。オレには、生き別れの家族がいたんだ」
 懸命に事実を伝えようとするツンデレの横で、奥さんが俯き加減に頷いた。その家族構成から、奥さんは二人の義母という立場だが、実際、ツンデレたちとは歳もほとんど離れていない。 
「姉さんは、とある資産家の老夫婦の養子として引き取られ、そこで育った。そして義父さんと出会い、この村に嫁いできたんだ。もちろん、オレたちは当初、お互いに姉弟だとは気づかなかった。だが、今からちょうど一年前のこと。偶然、知ってしまったんだ。お互いのイニシャルが刻印(きざ)まれている、ペンダントの存在を」
 先ほどエリナさん本人が指摘したペンダントに手を添え、ツンデレが小さく握りしめる。  
「……そ、そんな……。き、姉弟……ですって……?」
「お前や親父たちに、この事実を伝えるべきか迷った。だが、今更そんなことを伝えて困惑させるよりも、オレたちだけの秘密にした方がいいと姉さんと話しあって決めたんだ。だが、やはりお前にはもっと早く真実を伝えるべきだった。そうすれば、こんなことにはならなかったかもしれない」
 後悔を噛みしめるように唇に歯を立てるツンデレ同様、奥さんの口からも「本当に、ごめんなさい」と謝罪の言葉が呟かれる。二人が街で会っていたのは、もちろん密会などではなく、お互いのこれまでのことや、そしてこれから先の相談をしていただけのようだ。
「ツンデレ……シャナンさんはね。実はこの事件の犯人が、エリナさんであることに気づいていたのよ。犯行前、アナタが偽『ジョーカー』であるジャムカと接触していた現場を偶然目撃してしまったらしくてね。その後、ティアラが盗まれてしまったことで確信したらしいわ。アナタが事件を起こした真意は分からない。でも、アナタを守らなければならないと思った。だから自分にアリバイがあることを誰にも言わなかったのよ」
「……そ、そんな。そんなこと、って……」
 呆然と宙の一点を見つめるエリナさん。蓋を開けてみればどうと言うことはない。すべては自らの誤解から生じた憎しみだと悟った彼女の内心の衝撃は、一体どれほどだろうか。
 渦巻く感情にどう処理をつけていいのか分からず、ただ、ふるふると首を左右に振るエリナさんに、ツンデレが落ち着いた声色で語りかける。
「お前に縁談話が持ち上がった時。そうした方が、お前の幸せになると思っていた。家族とはいえ、本来オレとお前では身分が違いすぎる。いや、そう思い込もうとしていたんだ。でも、違った。あの日以来、オレの心から何かが失われた。だから、オレは取り戻すことにした」
 ツンデレの長い足が静かに動かされ、エリナさんの正面でその長身が立ち止まる。
「エリナ。受け取ってくれ」
 傷だらけの手から差し出されたのは、澄んだ冬の夜空に散りばめられた星のように美しく輝く──コスモダイヤの指輪だった。
「え……?」
「エンゲージリング。婚約指輪だ」
「……しゃ、シャナン……?」
 コスモダイヤは魔導技術の発展により精製された宝石の一種で、恋人に贈られると、二人は生涯を通じて幸せになれると言われている。ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせ、エリナさんが指輪、次いでツンデレを見上げる。
「これを買うために、シャナンさんは都市部のギルドで働いてたのよ。コスモダイヤは、とっても高価だから、それこそ夜もほとんど眠らずに。もちろん、犯行予告前日の夜もね」 
 立てた親指とともにウィンクするサーシャを呆然と眺め、それから差し出された指輪にエリナさんが改めて瞳を向ける。
「生きるためとはいえ、オレは今まで散々悪事を働いてきた。その間、色々な人々に迷惑もかけてきた。そんな、どうしようもない男だ。もしかしたら、エリナに相応しい男じゃないのかもしれない。だけど、お前を想う気持ちだけは誰にも負けないつもりだ」
 ツンデレの凛々しい表情が、柔らかく微笑まれる。
「結婚しよう。これからもずっと、オレのそばにいてくれ」
「……! しゃ、シャナン……」
 信じられないといったように、エリナさんが空いた片手で口元を押さえる。そんな彼女に、ツンデレが穏やかに頷きかける。始めは戸惑うように揺れていたエリナさんの瞳が次第に温かく潤んでいき──瞬きとともに溢れ出た滴が頬を伝ってこぼれ落ちた。そこには怒りも、悲しみも、憎しみもない。限りなく優しく、澄んだ輝きが、眩い光を瞬かせながら床へ吸い込まれていく。
「な、なに言ってるの? アタシは犯罪者なのよ。そんなコト……できるわけないじゃない」
「そんなことはない。それに、お前だけを辛い目に遭わせるものか。裁かれるなら、オレも一緒に裁かれる。オレにはエリナが必要なんだ。エリナじゃなきゃダメなんだ」
「しゃ、シャナン……」
「エリナ……」
 真っ直ぐに見つめ合う二人。これ以上、高まり続ける感情を抑えることはできなかった。次の瞬間、二人の男女が一心にその身を求め合う。しっかりと、お互いの体に両手を回して。その存在を、温もりを確かめ合うように。その傍らで、奥さんの小さくすすりなく声が、すれ違った二人の再会を穏やかに祝福する。
「ブラボー! いやあ、久しぶりに素晴らしいものを見せていただきました!」
 途端、場違いなまでに軽薄な声が室内に響き渡った。こんな空気を読まない登場をするバカなんて、この世に一人しかいない。すぐさまその愚か者に攻撃的視線ビームを照準すると、恐らく出現のタイミングを図っていたであろうであろう男に、サーシャは怒鳴り声を張り飛ばす。
「ちょっと、フェイル! アンタ遅いじゃないの! こんなギリギリに戻ってくるなんて! ちゃんと仕事はしてきたんでしょうね?」
 両手を腰に、ぷんぷん憤るサーシャに優雅な礼を捧げ、フェイルが抱擁を解いたエリナさんの元へ軽やかに足を運ぶ。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro