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デンジャラス×プリンセス

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 これまで料理をした経験と言えば、旅の途中でとっ捕まえた野生の獣を炎で丸焼きにするくらい。他はすべてフェイル任せだったゆえ、サーシャ自身の料理スキルは、ほぼゼロに近いのだ。それでも慣れない作業に悪戦苦闘しながら、あたふたと料理を継続。
 そんなサーシャたちを不思議そうに瞳で捉えながら、エリナさんが、気だるげにソファから身を起こす。 
「……どういうこと? なぜ、すぐに騎士に通報しないの?」
「ええ? なになにぃ? ……あ、兄ちゃん、そっちお願い! ふー……。さんきゅ〜……。で、エリナさん。何の話だっけ?」 
「……白々しいわよ。いいから早くアタシを、この事件の真犯人として連行しなさい」
「えー? そんなコトする必要ないわよーん。だってこの村では、事件なんか起きてないんだしー!」
 にこやかに告げるサーシャの横で、兄ちゃんが「そうそう」と大きく頷く。
「……なに言ってるの? ……そう。アナタたち今日中にティアラを見つけるつもりなんでしょう? 残念だけど、それは不可能なことよ。だからといって、アタシを尋問してもムダ。あの子がどこに隠したかなんて、アタシにも分からないんだから」 
「いやねー。尋問なんて趣味の悪いマネしないわよー。それに、アナタが知ってるか知らないかなんて、どうでもいいの。重要なのは、調査団が来る前にティアラが返ってくることなんだから」
「はっ。何もわかってないみたいね。いい? ダッシュキャットの巣はアナタたちが考えているように、そんな簡単に見つかるようなものじゃないの。あの子たちはお宝を収集するという習性があるため、人間が簡単に近づけるような場所には絶対に巣を選ばない」
 標高五千メートルを超える山脈の断崖絶壁。見渡す限りの大砂漠の地中奥深く。一メートル先も見通せないほどの濃霧が立ち込める森林地帯。果ては地図にも記載されない陸の孤島まで……。
「しかも、あの子たちは人間の気配にとても敏感で、危険が迫ればすぐに巣ごと移動してしまう。専門家である『モンスターハンター』でさえ巣を発見するのは至難の業なのよ」
 字面は勝ち誇っているように見えるが、しかしエリナさんのその表情には隠しようもなく敗北感が過っていた。
「大丈夫ですよーん。なんていったって専門家以上の人間に頼んでありますからー。ぜんぜん問題ナッシングだわん☆」
 暗澹とした雰囲気を吹き飛ばすように、彼女に向けて親指を突き立てる、
「……ふん。強がりを言っても、しょせんムダ……」
 エリナさんが力なく鼻で笑った瞬間──室内にサーシャたちとは違う、別の人間の足音が響いた。反射的にエリナさんがそちらに首を巡らせ──はっと大きな瞳が見開かれる。
「……エリナ」
 この場に現れた、すらりとした長身の男──逃亡していたはずのツンデレ──シャナンが、女の子のような美しい奥二重を痛ましそうに細め、エリナさんの正面に立つ。
「しゃ、シャナン……?」
 不意打ちの出現に、さすがのエリナさんも続く言葉がうまく作れないようだ。そんな彼女に対し、どこか躊躇うような素振りを見せながらツンデレが唇を開く。
「……事情はすべて、そこにいるサーシャから聞いた。……すまなかった。全部、オレのせいだ。オレが至らないばかりに、お前をそこまで追いつめてしまった」
 普段からふてぶてしい態度を見せる彼らしくもない神妙な顔つきで、シャナンが唇を噛みしめながら項垂れる。
「……すまなかった……ですって? ふふ。一体何のことかしら? その子に何を吹き込まれたのかは知らないけど、アタシは自分の意思で事件を起こしたの。アナタたちのような身勝手で愚かな人間たちに制裁を与えてやるためにね」
 調子を取り戻したエリナさんが、これまでの悪人ぶった態度に一層の輪をかけ、吐き捨てる。
「……お前が、偽『ジョーカー』に襲撃された時。突然、どこからか黒ずくめの集団が現れた。そいつらはオレを拘束していた縄を切ると、そのままどこかに消えてしまったんだ。何が起きたのかはすぐには分からなかったが、チャンスだと思った。その後、自由になったオレは、失われたティアラを捜し続けていたんだ」
 そう。偽『ジョーカー』であるジャムカがエリナさんを襲った際、混乱に乗じて逃亡したと思われていたツンデレは、現在に至るまでずっとティアラを捜し続けていたのだ。危険な場所にも足を踏み入れたのだろう。それを象徴するように、彼の薄い布の服はボロボロに裂けており、露わになった肉体には赤黒い無数の傷が刻まれている。
「ふっ。ティアラを、ね。それは、ご苦労さま。でもその様子じゃ、ついに見つからなかったようね。ふふ。残念だったわねー。シャ・ナ・ン」
 からかうように高笑いをするエリナさん。しかしその哄笑に含まれているのは侮蔑などではなく、哀しさや愛おしさなのだということに彼女自身は気づいているのだろうか。
「……エリナ。ティアラを盗んだ犯人はオレでいい。だが、この村を失うわけにはいかない。オレにとって、この村は何よりも大切な場所なんだ。……お前と過ごした、この村が」
 呟くような、しかし語尾にしっかりと意思を籠め、シャナンが真っ直ぐエリナさんを見つめる。
「な、何を言っているの? 村を失いたくないですって……? 何をいまさら……。よくもそんなデタラメを言えたものね」
「デタラメなんかじゃない。エリナ、聞いてくれ。確かにこの村に来た当初のオレには、そんな感情はなかったかもしれない。だが、今は違う。この村を誇りに思っている。心から愛しているんだ」
「し、信じられるわけないでしょ。今まで散々、悪さをしてきて。村の人たちとも、全然分かり合おうとしないで。それなのに、この村を愛している? はっ。笑わせないでよ」
「……そう言われても仕方のないことをしてきたのは事実だ。だが、オレの気持ちに偽りはない。信じてくれ。エリナ」
「そうよ。エリナさん!」
 その瞬間、思わずといった調子で差し挟まれてきたのは──壁際に隠れて二人の様子を見守っていたはずの村長の奥さんの声だった。しまった、とばかりに奥さんは小さく瞳を瞠り、それから観念したように壁の死角からツンデレの隣へと進みでる。
「お義母様……? ……そう。そういうこと。情に訴えかけ、ティアラの在り処を白状させうって魂胆だったのね」
 罰が悪そうに互いに目線を反らしあうツンデレと奥さんを睨めつけ、エリナさんが、ふんと鼻を鳴らす。
「でも、おあいにく様。さっき、お嬢ちゃんたちにも言ったけど、今となってはアタシにさえティアラがどこに隠されているのかは分からない。ウソだと思ったら、拷問でも何でもしてみる? もっとも、そんな時間が残されているのなら、ね」
 エリナさんが正面の柱にある壁掛け時計を目で示す。すでに時刻は夕暮れを過ぎており、仮に今すぐティアラの所在が分かったとしても、場所次第では調査団の到着までに間に合わないだろう。
 挑発的な笑みを横切らせ、それから氷のように鋭利な瞳でエリナさんが隣り合う二人の若い男女を見据える。
「残念だけど、アナタたちの思い通りにはいかないわよ。ふふ。下手な芝居まで打ったっていうのにね。そんなことより、残り少ない時間を二人で楽しんだ方がいいんじゃなくて?」
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro