デンジャラス×プリンセス
「だったら、なぜ? そもそも、アタシたちに調査を依頼しなければ、この事件は、ほぼ間違いなく、シャナンさんが犯人として裁かれていたはず。それなのに、どうして彼を救うようなことをしたの?」
それはサーシャ自身、最大の疑問のひとつだった。自分がハメたはずの人間を救おうとするなんて、こんな矛盾した話があるだろうか。そもそも、真犯人であるエリナさんにとっては、LOPが盗まれたことが外部に知られた時点で勝利なのだ。余計なことはせず、ただ調査団が訪れるのを待てばいい。
「カンタンな話よ。アタシは、チャンスを上げたの」
「……チャンス?」
眉間に疑問を寄せるサーシャの視線の先で、エリナさんが低い笑声混じりに頷く。
「そう。かつてこの地を救った勇者ミダスの言葉に、こんな教えがあるの。『心正しきものは天によって救われる』。ミダスの言葉通りなら、シャナンも、お父様たちも、この村も、こんなことくらいで滅びてしまうはずがないでしょう? だから、試してみようと思ったのよ。アタシが正しいか、それとも彼らが正しいのかを、ね」
長い両脚を滑らせ、エリナさんが部屋の中央を横切り、サーシャの立つ位置とは逆方向の窓辺へ移動する。明度を増した陽射しが落ちる床の前で立ち止まると、眩しそうに目を細めながら続けた。
「でも、一方的にこちらのやり方だけでそれを決めるのはフェアじゃない。だから運命請負人として、アナタを選んだの。『ジョーカー』が絡んだ事件に積極的に介入しようとするアナタをね」
「……っ!?」
不意打ちだからこその本音のリアクションに、エリナさんが、くすっと唇を緩ませる。
「ふふ。調べれば、そんなことくらいすぐに分かるわ。アナタと『ジョーカー』にどんな因縁があるのかは知らない。ただアタシは、この事件に全力で挑んでくる人間を選びたかっただけ。だって、そうでしょ? この勝負には、多くの人々の運命が懸かってるんだから。それに、中途半端な覚悟の人間を相手にしても面白くないものね」
「エリナさん……」
その表情、仕草を観察しても、彼女が嘘を言っていないことが窺い知れる。
心優しい少女の純粋な愛は、裏切りや嫉妬という残酷な揺さぶりに耐えられず、いつしかすべてを焼き尽くす憎悪の炎に変わってしまった。
「おしゃべりは終わりよ。悪いけど、すべてを知ってしまったアナタには、ここで死んでもらうわ。『ジョーカー』の手にかかった、この事件の最後の被害者として、ね」
半身に構えたエリナさんの銃が、乾いた音を立ててサーシャへ照準される。
「……同じ女の子だもん。アナタの気持ちは分からないでもない。でも、多くの人を巻き込んだアナタのやり方は絶対に間違ってる。アナタを止めて、ミダスの言葉を証明してあげるわっ!」
ジャムカ戦で、ほぼ使い果たしてしまった魔力だが、別れ際にフェイルから差し出された魔素入りドリンクのおかげで、この少女一人をどうにかするくらいまでは回復している。ぱちんと親指を鳴らし、ダメージを一切与えない緊縛系の魔導を発動しようとして──練り上げたはずの魔力が具現化することなく宙で霧散してしまう。
「っ!? なんでぇ?」
「うふふ。アナタが優秀な魔導士なのは、すでに調査済みよ。だから、事前にこの建物一体に、魔力を封じる特殊結界を張っておいたわ」
勝ち誇った高笑いを上げるエリナさん前に、小さく舌打ちを鳴らす。しかし次の瞬間には、サーシャの顔には余裕の笑みが生まれていた。
「ふっ。甘いわね。アタシは、アナタが犯人なのを知ったうえで、こうしてついてきたのよ。こっちも、バッチリ対策済み。例えば、ほら。その銃、よく見てごらんなさい? 弾は、ぜーんぶ抜いてあるんだから」
「……ふふ。そんな見え透いたハッタリに騙されると思っているのかしら?」
そう言いながらも、沸き起こる疑念は隠せない。エリナさんが、一瞬、銃へと意識を移した、その瞬間──。
「ああああああああああっ!」
唸るような気合一閃。サーシャは一直線にエリナさんへ向かって駆け出した。それを見越してのことか、彼女の口元が、にやりと吊り上がる。
「あはは! かかったわねっ! わざわざ的になりにきてくれるなんて! この距離じゃ、絶対に避けられないわよ! さようなら、おじょうちゃんっ!!」
絶叫混じりに、エリナさんが鋭く引き金を絞る。同時に、銃口から天地を揺るがすような轟音が爆発。瞬間、サーシャは床を力強く蹴り飛ばし、天高く跳躍した。想像以上だったのだろう。凄まじい跳躍力と瞬発力を発揮するサーシャに対し、エリナさんが驚愕に目を剥く。
「なっ……?」
「ごめんねっ! アタシ、本業は魔導士じゃなくて……魔導拳士(マジック・グラップラー)なのぉッ!」
そう。サーシャは何も魔力だけしか能がないわけではない。魔導は、あくまでも二次的な要素。その真価は、魔力を使用しながらの肉弾戦を得意とする格闘家なのだ。
衝撃に打ちのめされながらも、さすがはエリナさん。本能の赴くまま素早く次弾を装填し、二発目を撃ちだすべく肉体が最適な動きをする。しかしもちろん、そんなスキは与えない。急速に地に引き戻そうとする重力に身を委ねながら、サーシャは空中で拳を鋭く突き出した。雷鳴にも似た唸音とともに撃ち出された拳圧が、エリナさんの手の中の銃を彼方へと弾き飛ばす。
反射的に銃を目線で追うエリナさんの眼前に、軽やかに着地。その無防備な鳩尾に狙いを定める。
「女の子だから手荒な真似はしたくないけど! 悪い子には、オシオキしちゃうんだからっ! せいばいっ!」
悪を打ち消す祈りを籠めた、目にも止まらぬ音速の一撃。エリナさんの瞳がこぼれそうなほどに見開かれ──どこか安堵するような表情を一瞬垣間見せると──華奢な体が、ゆっくりと前のめりに倒れていった。
気を失っていたエリナさんが目を覚ましたのは、それから数時間ほどが経過してからだった。
「……う……ん……?」
「お? ああ、よかった。気がついたのね。エリナさーん。ちょっち、キッチン借りてるわよーん」
ソファに横たわりながら胡乱げな眼差しを向けるエリナさんに、サーシャはキッチン越しに、ひらひら手を躍らせる。現在は村長さんが利用しているというこの離れには、なかなか上等なキッチンが備えつけられており、エリナさんが眠っている間、サーシャはここで料理をしていたのだ。
「あ、おチビちゃん。そうじゃないよ。まずは、この卵を溶いてから……んあ! そんないい加減に塩を入れたら、味のバランスが……」
「うっさいわねェ! 料理に大切なのはフィーリングなのよ、フィーリング! いい? 考えるな、感じろ! ってコト。てか、おチビちゃん言うなっつの」
「それはわかったけど……いやいやいや! おチビちゃん! それ塩じゃない! 砂糖だよ! 砂糖!」
「うぇ? あ……マジでぇ……(滝汗)」
「マジでぇじゃなくて! ちゃんと確かめたでしょ? こっちが砂糖で、その隣が塩って……ん? 何だ、この煙……? ああっ! おおおお、おチビちゃん! 火! 火! 焦げてる焦げてるぅ!」
「ふぇえぇえっ……? ししししし、しまったァァあァっ!」
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro