デンジャラス×プリンセス
犯行予告前日の夜。ティアラ鑑定のため、村長さんによって宝物庫の封印が解かれた。その際「カギは預かっておく」などと言い、さりげなく犯人は魔導キーを村長さんから受け取っておく。首尾よく鑑定士によってティアラが本物と証明され、人々の注意が宝物庫から完全に逸れた、その瞬間。特殊能力によって姿を消したダッシュキャットが開かれた宝物庫へ素早く忍び込んだ。
「紫月によって普段以上の魔力を有していたから、ティアラを奪って逃走するくらいの時間は十分にあったでしょう。あとはモンスターが闇に紛れて逃走したのを確認し、犯人は悠々と宝物庫に再封印をするだけ」
事前に村長からカギを受け取っておけば、カギを閉めるタイミングは犯人次第。集まっていた人々も、まさか付近にモンスターが潜んでいたなど思いもよらなかったことだろう。
「もちろん、何の計画もなしに都合よくモンスターとタイミングを合わせることなんて出来るはずがない。犯人とモンスターが相互に連携し合っていたのは一目瞭然。そのことからも、犯人は『モンスターテイマー』である可能性が非常に高い。近頃、村にモンスターが頻繁に現れていたのは、犯行の予行練習をしてたんでしょう。実際、警備の兄ちゃんも、犯行日前に現場近くで影のようなものを見たって証言してたしね」
宝物庫を見張っていた兄ちゃんは、奇しくもそのときにティアラ消失の実行犯を目撃していたというわけだ。その後、すでに存在しないティアラを必死に守っていた兄ちゃん。知らなかったこととはいえ、その事実を知ったら、さぞや落ち込むだろうな。
「こうして、犯人は関係者たちが集まるなか、大胆にもティアラを盗み出したのよ」
その後、何食わぬ顔で村を出立し、まんまとアリバイを確保する。あとはツンデレをハメるための各種偽装工作をするだけだ。
しかし、そこには犯人にとって予想外の誤算があった。犯行予告当日には、ツンデレも村にはいなかったのだ。そのせいで、この事件がごく限られた時間と状況下のなかで行われたことが露呈してしまった。
「偽『ジョーカー』であるジャムカに自分を襲わせた理由は、一つは村を一時的に混乱させ、そのスキにジャムカの部下たちを使ってツンデレを逃亡させること。もう一つは怪我を装うことで人払いをし、魔導キーのトリックを完成させる時間を稼ぐため。ちなみに、村長からカギを預かって宝物庫のカギを閉めた人物も、すでに鑑定書で確認済みよ」
犯行予告前日に遡り、魔導キーを使用した順番は、村長、次にエリナさんとなっていた。つまり、この一連のトリックを仕掛けることができたのはエリナさんをおいて他にいない。
「知っての通り、今までのアタシの推理はすべて推測の域を出ていない。だから、こうして証拠を持参してきたってわけ」
腰に括りつけられた小袋を指し、サーシャは言葉を結ぶ。つかの間の静寂が流れ、それからエリナさんが妖艶な嘲笑混じりに言葉を紡いだ。
「ふふ。まったく、あの子ったら。もう盗みに入っちゃダメよって、あれほど念押ししたのに。どうやら、クセになっちゃったみたい」
どこか気だるげな調子で、ゆっくりとエリナさんが椅子から腰を持ち上げた。はあーっと憂鬱そうな溜め息を落とすと、くるくると器用に指で銃を回しながら言葉を続ける。
「上出来よ。アナタの言ったことは、すべて正解。少ない手がかりと時間のなか、よくそこまで辿り着いたものだわ」
ぱちぱちと、ぞんざいに拍手を鳴らす彼女を真っ直ぐ視線の先に捉え、サーシャはかねてからの疑問を彼女へとぶつけた。
「確かに、これで犯人の正体と犯行手口は発覚したわ。でも、まだ分からないことがあるの。それは、犯人の動機。……エリナさん。心優しいアナタが、なぜこんな大勢の人を巻き込む大犯罪に手を染めようと思ったの?」
サーシャの問いに、ちらりとエリナさんは横目をこちらに向けると、ふと遠くを見るような眼差しを宙の一点に据えた。
「心優しい、ね……。ふふ。アナタも村の人間と同じね。何を根拠にそんなコト言ってるのか知らないけど、アタシはアナタたちが想像しているような、そんなできた人間じゃないのよ」
「……知ってるでしょうけど、モンスターは悪の心に満たされた人間には決して懐かないものなの。モンスターに信頼されているアナタは、決して悪人なんかじゃない。そしてそれは、今ここにいるアタシにだって分かることよ」
そう。確かにエリナさんは、『ジョーカー』の名を語り、事件を起こした張本人だ。事実、今、目の前にいる彼女は、一見人が変わってしまったかのように見えなくもない。しかしサーシャには、これが彼女の真の姿とはどうしても思えないのだ。
真っ直ぐ注ぐサーシャの視線を嫌がるように、ふとエリナさんが顔を背けた。俯き加減で、ぽつりと言葉をこぼす。
「……残念だけど、アナタたちにはティアラは見つけられないわよ」
「……何を言っているの? ティアラなら、ちゃんとココに……」
「とぼけないで。さっき、アナタも言ってたでしょ。証拠がないって。だから、あたかもティアラを発見したように見せかけ、アタシに罪を認めさせようとしたんでしょう」
長い髪をかきあげながらエリナさんが告げる。どうやら、彼女にはすべてお見通しだったようだ。鋭い指摘に、今度はサーシャがお手上げと両手を上げる。
「あは。バレてましたか。さすがは『マジックガンナー』兼『モンスターテイマー』の才女様」
「ふふ。アナタも知ってるでしょ。近頃の女の子ってね。とっても強いんだから。そこらへんのヤワな男なんか目じゃないくらいに」
ふふふ、と、互いに小さな笑いを交錯させる。同年代の少女同士の奇妙な共感に、張り詰めていた空気がつかの間、和らぐ。やがて示し合わせたようにお互い真顔に戻ると、サーシャは核心を探り出すべく言葉を繋いだ。
「アナタは、シャナンさんを愛している。それにも関わらず、彼を犯人に仕立て上げようとした。これは推測だけど、その理由はやっぱり彼と奥さんの不倫関係にあるの?」
これまでの事件の経緯から、真犯人であるエリナさんが、ツンデレを犯人にしようと画策していたのはすでに疑いようもない。しかし一転して、広場で見たツンデレとエリナさんのやり取りを見る限りでは、二人の関係は決して憎しみに塗れたものでは決してなかった。実際そのせいで、当初はエリナさんを容疑者の一人として捉えることができなかったのだ。
「シャナンを愛している……? ふふ。いったい何を根拠にそんなこと言ってるの? 今までの彼に対する行為は、すべて周囲を欺くための芝居よ」
吐き捨てるように言い放つものの、サーシャには彼女が必死にひた隠そうとしているものが否応なく見えてしまう。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro