デンジャラス×プリンセス
「あ、兄貴。そういえば一つ疑問があったんですけど」
すでに勝利を確信しているリーダーの横で、おチビちゃんが、ぼそりと呟いた。
「あ? なんだよ」
「いえ、あの技なんですけどね。もし、もしも、ですよ? 相手に当たらず、万が一よけられたらでもしたらどうする……」
その時。正面を向いたままのフェイルの口元が、にこりと綻んだ。そしておチビちゃんの懸念を成就するかのごとく、ぎりぎりまでその身に迫った斧を、ひらりと跳躍して回避。
攻撃対象を失ったトマホークは、そのまま持ち主の下へと、ご帰還し──。
「は? し、しまった! よけられた後のことを……考えていなかったぜぇえぇえッ!」
満点の星空の下。怖気のするような鈍い音が、天高く迸った。
「これに懲りたら、もう来ちゃダメダメよー」
せこせこと逃げ去っていく三バカトリオを見送り、それからサーシャは「はーっ」と疲労の乗った溜め息を吐き出した。
「ったく。あいつらときたら。毎度毎度、お騒がせしてくれちゃうわ」
気分直しにとフェイルの淹れてくれたダージリンティーを、ずずずと啜る。ん、おいち。お前のこういう気の利くところだけは、アタシも嫌いじゃないぞ。
と、不意にピロリっと軽快な単音メロディが鳴った。どうやらフェイルの携帯端末当てにメッセージが入ったらしい。
「ん。新しい依頼?」
「はい。しかし、こんな時間に依頼の連絡とは珍しいですね。察するに、よほど急を要するものかと……」
メガネ越しの瞳を端末の画面に向けた途端、フェイルの口元に微かに力が込められる。
「……その反応、ヤツが関係してるのね?」
サーシャの指摘に、フェイルがメガネのブリッジを押し上げ、短く頷く。
「はい。真偽のほどは定かではありませんが、どうやらそのようです。……我らが宿敵。『ジョーカー』が、現れたようです」
第一幕 ツンデレと美少女とアタシ
「……んで? 依頼主は若い女性の方だったわよね」
翌早朝。連日の畑仕事による筋肉疲労が全身を重たく這いずり回るなか、サーシャたちは真新しい舗装のされた街道を西へと歩いていた。
「はい。現在、向かっているミダス村にて、どうやら盗難事件が発生した模様です」
「とーなん、ねー」
「犯人は、あの『ジョーカー』の名で予告状を出し、村の秘法を奪取したとのことです。もっとも、その犯人である『ジョーカー』も、すでに捕らえているとのことですが」
「……ふん。ジョーカーが、そんな簡単に捕まってたまるもんですかっての。どうせ、ヤツの名を語ったレプリカ野郎の仕業よ」
「それでも真相を確かめるために、こうしてこの依頼をお受けになったのでしょう」
知ったような口ぶりで告げるフェイルに、サーシャは、ふんと鼻を鳴らして顔を反らす。
「うっさいわね。てか、そもそも犯人はもう捕まってるんでしょ? だったら、アタシらが行く意味ないぢゃんか」
犯人捜しの依頼というのなら分かるが、その犯人がすでに捕まっているのなら、サーシャたちの出番ないように思える。
「まさか、アタシらに「犯人をゴーモンしろー」なんて言うわけじゃないでしょーね? やーよー。アタシ、これでも一応、女の子なんだからー」
「とか言いながら、不敵な笑みを浮かべる姫様なのでした」
「ぐへへへ」と両手の指を曲げるサーシャを横目に、フェイルが苦笑混じりに続ける。「それが、少々複雑な事情になっているようでしてね……っと?」
言葉半ばで、フェイルのメガネ越しの瞳が、じっと前方に据えられる。
「んー? なになにー? あ、もしかして、お金でも落ちてたァ? どこ、どこ! お金どこぉー?」
目まぐるしく周囲に視線を振りまわすサーシャの傍らで、どこか感嘆にも似た口調でフェイルが告げる。
「おやおや。これは珍しい。あれは『ダッシュキャット三世』ではありませんか」
「だっしゅ……きゃっとぉ?」
ぱちぱちと瞳を瞬かせるサーシャに頷きかけ、フェイルが女性のような細長い指先を前方に伸ばす。その指を辿っていった先にいたのは……。
「うぇ! ネコたん!? しかも……二本足で立ってるし!」
仰天するサーシャの視界に映ったのは、前言通りの二本足で立つ奇怪なネコの姿。しかも……でかい! 普通の猫のサイズとは違い、身長百五十センチほどの人間でいう少年ほどの体長はあるだろうか。鮮やかなひまわり色の体毛にフード付きのマントを翻し、そのヒゲの生えた口元には、うっすらと笑みを刻んでいる。
「はい。ダッシュキャットとは、滅多に人前に姿を見せることのない希少(レア)モンスターに分類されるモンスターです。火を操れるほど知能が発達し、その性格は神経質で狡猾。種族ごとに体毛の色に違いがあり、あの黄色のボディから察するに、彼はどうやら三世のようですね。
種族全体の特徴として、光り物が大変お好きという性質を持ち、気に入ったアイテムを巣に持ち帰り、コレクションするという実にゴキゲンな趣味をお持ちのようです。その欲しいもののためなら手段をいとわない性質から、名前の由来は奪取(だっしゅ)キャット(猫)となり、その習性上、彼らの巣を発見した人間は大金持ちになれるというジンクスが……って、姫様!」
「捕まえるわぁ! 捕まえてモンスター協会に高値で売り飛ばしてやるぅうぅう!」
「姫様!」と、制止するフェイルを置き去りに、猛ダッシュを敢行。ご馳走だ! これで今夜は数週間ぶりに、ご馳走が食べられるわァ! 涎塗れの糸を空中に引きながら、みるみる金の成る木……もといダッシュキャット三世なるモンスターへと一気に距離を詰め──ここぞとばかりに大ジャーンプ! 空中で両腕を大きく広げ、どことなく生意気そうな釣り目の猫たんを、ダイビングキャッチの要領で抱きしめ──。
「……はれ?」
しっかりと掴んだと思ったはずが、寸前で腕のなかから消失。
アレ? アレアレアレー?? 混乱する合間にも、空中で大きくバランスを崩し──前のめりに地面に強打。ぬかるんだ泥に顔面をしたたか打ちつける。
「……うぇ……。ひったぁ(痛ったぁ)……」
顔面を襲う鋭い痛みに、四つん這いで身悶える。うう……。アタシとしたことが。夢中になりすぎて受け身すら取れなかった……。地面で無様な姿を晒すサーシャを眼下に、釣り目のネコは「ふう。やれやれだぜ!」とばかりに両手を広げると、小さく肩をすくめた。うあ。こいつ、アタシのことバカにしてやがるな?
痛みやら悔しさやら情けなさやらが入り混じり、獣のように低く唸るサーシャ。そんなサーシャを余所に、幸運の黄色いネコは「アディオス」とばかりに立てた人差し指と中指を額の前で振ると、風のような速さで一目散に駆け去っていってしまった。
「…………ああ! ぐじょー(くそー)」
泥水に這いつくばりながら毒づくサーシャの小柄な体を、すっと長い影が覆う。
「まったく。何をされているのです」
サーシャの傍らに、そっとフェイルが屈みこんだ。胸元から清潔な純白のスカーフを引き抜くと、小瓶に詰まった傷薬を慣れた手つきで染み込ませる。
「いだぁーい。くやじー。ぐじょー。なんでー。ちゅかまえたと思ったのにー」
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro