デンジャラス×プリンセス
ほっそりとした顎を傲然としゃくり、エリナさんが話を促してくる。
そんな彼女と少しの間、視線を交錯させ、それからサーシャは静かに事件の真相を語りだした。
「この事件には二つの大きな謎があったわ。一つは、犯人が宝物庫からティアラを盗んだ犯行手口。そしてもう一つは、犯人が事件を起こした動機そのもの」
薄笑いを浮かべながら、くるくると器用に指先で銃を回転させるエリナさんを前に、サーシャはそう切り出した。
「犯人は『ジョーカー』を名乗って予告状を出したわけだけど、この事件に本物の『ジョーカー』が絡んでいないのは事件当初から分かりきっていたこと。仮にヤツが事件に関わっているとしたら話は変わってくるけれど、そうじゃない以上、容疑者は魔導キーを使用できる村長たち四人のキーマスターに絞られる」
「あら。なぜ犯人が本物の『ジョーカー』じゃないなんて分かるの? 彼か彼女かは知らないけど、噂に名高い『ジョーカー』様は欲しいものは何があろうと絶対に手に入れるんでしょ? LOPという最上級のお宝を狙う可能性だって十分有りえたじゃない?」
「……本物の『ジョーカー』は、自分がそこにいたことを示す痕跡を犯行現場に必ず残していくの。今回の事件には、それがなかったわ」
「へェー。さすが『トラブルシューター』のお嬢さんね。アタシたちとは違って犯罪関係の話題には、とってもお強いみたい」
皮肉混じりの称賛をありがたく頂戴し、サーシャは続ける。
「宝物庫のカギを開けるという作業がある以上、村長一家の四人。村長、奥さん、シャナンさん、エリナさんの四人のうちの誰かが少なくとも事件に加担していることは確実。でも、そうなると一つ大きな疑問が残るわ」
「動機、でしょ」
余裕の笑みを湛えるエリナさんに、サーシャは小さく頷き、肯定の意を示す。
「今回の事件は、ただの窃盗事件に留まらない。LOPをターゲットとした、世界中を揺るがす大犯罪よ。事が公になれば、村や家族がどうなってしまうかは犯人だって分かっていたはず。それでも犯人は強行した。そのことからも、形振り構わない犯人の強い意思が感じ取れるわ」
「カギを開けた人間に、その意思がなかったら? ほら、誰かに脅迫されて、仕方なく宝物庫の封印を解いたとか」
「確かに、犯人が一家とは無関係な第三者に脅迫されて犯行に及んだ可能性も否定できない。でも、その可能性は限りなく低いでしょうね。なぜなら、この事件の犯人はティアラだけじゃなく、シャナンさんもターゲットに据えている。彼を犯人に仕立て上げようと画策していたのが何よりの証拠よ」
犯行予告前日の鑑定士によるティアラの鑑定から、村長さんたちが帰宅するまでの間、ツンデレがカギを使用できるタイミングはなかったはず。それにも関わらず、魔導キーには彼が使用した痕跡が残っていた。その時点で、魔導キーに何らかのトリックが仕掛けられていたのは明白。つまり、何者かがツンデレを犯人に仕立て上げようと画策していたのだ。
仮に村とは関係のない第三者の仕業だとしたら、わざわざツンデレに罪を着せるようなことはしないはず。
「そのことからも、犯人はシャナンさんに対して特別に強い憎悪を抱いていると推測されるわ」
「憎悪、ね。ただ単に事件の犯人として一番相応しかったからじゃない? ほら、アナタも知っての通り、彼って村人たちから、とっても嫌われてたわけだし」
片側の頬を吊り上げ、エリナさんが侮蔑交じりに哄笑を漏らす。
「その可能性もあるけど、私はそうじゃないと見てる。まあ、いいわ。今は深く追求するのはやめておきましょう。まずは、順を追って話していきましょうか。犯人が宝物庫からティアラを盗んだ、具体的な犯行手口のすべてを」
「今回の事件の一番のポイントは、何と言っても犯人が宝物庫からティアラを盗んだ方法よ」
妖艶に足を組み替えるエリナさんを視界に、サーシャは真実を一つずつ紐解いていく。
「いまさら言わなくても分かってるでしょうけど、ティアラが収められている宝物庫には超強力な守護結界が張られていて、その解除には専用の魔導キーを使用するしか方法がない。しかも、宝物庫のすぐ側には歴戦の守護者が常時目を光らせており、犯人はその状況下でティアラを盗みださなければならなかった」
当然のことながら、ティアラ奪取は極秘裏に遂行されなければならない。そのためには、監視する兄ちゃんに発見されずに宝物庫の封印を解き、ティアラを盗みだす必要がある。それがいかに難解なことかは言うまでもないだろう。
「犯行予告前日。村を訪れた鑑定士によって、LOPが本物であるという鑑定結果が出された。それにより、犯行推定時刻は『鑑定結果が出た直後から、帰宅した奥さんによってティアラ消失が確認されるまで』ということになる。つまり、その間に犯人は何らかの方法でティアラを盗んだってことになるわ」
「犯行時の状況はよく分かったわ。でも、一体どうやって犯人は宝物庫からティアラを盗んだの? まさか瞬間移動をしたとか言わないでしょうね」
薄ら笑いとともに、エリナさんが小首を傾げる。この期に及んでも、彼女の余裕が崩れることはない。まるでこの推理ゲームを楽しんでいるようだ。
「カンタンな話よ。犯人には難しいのなら、他の誰かにやらせればいい。そう。この事件には、真犯人以外にも共犯者がいたのよ」
サーシャの言葉に、エリナさんの眉が微かな反応を示す。
「今回のティアラ奪取はその性質上、極めて困難を伴うものよ。単独でそれを成立させるのは難しい。だから犯人は、自分の手足となる実行犯を用意したの。じゃあ、一体どこの誰が犯人の代わりにティアラを盗んでみせたのか。今回の事件はLOPに関わる大犯罪よ。そんなものに加担する人間なんて、そうそういるものじゃないわ」
いくら村人たちがツンデレに強い恨みを抱いていたとしても、それだけを理由にLOP犯罪に手を染める人間はいないだろう。そもそも、そんなことをすれば自分たちにも不利益が生じてしまうのだ。仮にいたとして、その共犯者は兄ちゃんの守護する宝物庫からティアラを盗むという離れ業を成し遂げなければならない。多くの修羅場を潜り抜けてきた兄ちゃんを欺く芸当が、田舎の村で、のほほんと暮らしている人々にできるはずもない。
「果たして真犯人の思惑通り、様々な悪条件を物ともせずに、その実行犯は犯行推定時刻内に見事に犯行を成立させた」
犯罪のパートナーとして真っ先に思い浮かぶのがジャムカのような種類の人間たちだろう。しかしそんな彼らでさえも、LOPが絡んだ犯罪には決して手を出そうとはしない。それほどLOP犯罪はリスクが高いのだ。そもそも、下手に彼らのような人間に計画を話してしまえば、それだけで弱みを握られてしまう恐れがある。そうなれば本末転倒だ。今回の事件のように襲撃や撹乱にはもってこいの人材かもしれないが、それ以上のことを任せることは犯人もできなかっただろう。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro