デンジャラス×プリンセス
「……犯行が不可能。じゃ、じゃあ、やっぱり犯人は予告通り『ジョーカー』だったんですね……?」
常人の理解の外で生きる悪魔『ジョーカー』ならば。まるで懇願するようなエリナさんの眼差しが一心に向けられる。村長一家以外の人物が犯人だと願うのはサーシャも同じこと。しかし、そんな儚い願望を打ち破るようにサーシャは無情にも首を横に振る。
「いいえ。今回の事件に『ジョーカー』は関係ありません。ただ犯行当日のアリバイが意味を成さなくなっただけであって、同時にそれは犯人によって何らかのトリックが仕掛けられたということの証明でもあります。つまり、犯人は何らかの方法を用いて宝物庫から遠隔的にティアラを盗みだしだんです」
そう。正規の方法以外では決して解除することのできない強固な魔導結界。そして、歴戦の守護者(ガーディアン)が立ちはだかる堅牢無比な宝物庫から、ティアラを盗んだ犯人の鮮やかな犯行手口。
「その方法が……わかったんですか?」
ささやくような声で、エリナさんが問いかけてくる。白い胸元を飾るハート形のペンダントが、彼女の緊張を映し出すように小さく揺れた。
「はい。そしてその謎が解明されたことにより、必然的にティアラの在り処も明らかになりました。捜索は難航を極めましたが、先ほど助手のフェイルによって無事に発見することができたんです。今こうしてココにあるのが、その証拠です」
エリナさんの瞳が、ゆっくりと腰の皮袋に寄せられる。
「……先ほど、サーシャさんはおっしゃいましたよね。ヒントは、紫月だと。犯人が宝物庫からティアラを盗んだ手口。それは……」
「聡明なエリナさんなら、もうお分かりですよね。とにかく、急ぎましょう。時間は残されていません。今なら、まだ犯人を説得できます」
急きたてるように告げ、サーシャは階段わきで立ちつくすエリナを追い越し、二階へ続く階段を登ろうとした──
その時だった。
ちゃかっと背後で乾いた音が響き、サーシャは咄嗟に足を制止させた。分かっていたこととはいえ、やはりやるせない想いが込み上げてくる。静かに天を仰ぎ、ぎゅっと強く瞳を閉じると、サーシャは意を決して振り返った。
「それ以上、動かないでくれるかしら。これは脅しじゃない。命令よ」
まるで人が変わってしまったかのような邪悪な声音。そこには、優しかったはずの唇に歪んだ微笑を湛え、太陽光に鈍く輝くブラック・ボディの銃口をこちらに突きつけるエリナさんの姿があった。
「……エリナさん」
「余計な言葉はいらないわよね。この魔導銃(マジックガン)の威力は強烈よ。直撃したら、まるでニワトリの頭みたいに「コケコッコー」って吹っ飛んじゃうんだから」
「それが嫌だったら」と続け、すっと伸ばした左手を差し出す。「今すぐティアラをこちらに寄越しなさい?」。
まるで光と闇が入れ替わってしまったかのように豹変した彼女を見据え、しかしサーシャは動揺を表情に滲ませることなく飄々と告げる。
「ふーん。そんな可憐な容姿で魔導銃士(マジックガンナー)やってんだ。人は見かけによらないってホントなのねー」
魔導銃士とは、その名が示す通り、魔導銃(マジックガン)と言う専門の銃を所持・使用することを許された人々のことだ。魔導銃とは魔導弾と呼ばれる攻撃、回復、サポート等、様々な効果・効能を宿した銃弾を撃ちだすことができる強力な銃器の総称で、使用するには本人専用のライセンスカードが必要となる。登録されたそのカードを通すことで、銃自体が起動するような仕組みだ。
ライセンスの取得試験は超難関で有名であり、聞くところによると、人・智・体すべてが試される内容となっているらしい。そしてその難関を突破した人物のみが、晴れて魔導銃士として認められることになるのだ。ライセンスを取得するのは危険な任務に赴く兵士や傭兵たちなどで占められていて、エリナさんのような一般人においては試験を受けることすら稀といっていい。
わざとらしい驚き顔を作ってやるサーシャに対し、頬に不敵な笑みを刻んだエリナさんが吐き捨てるように言った。
「ふん。これでも死に物狂いで取得したのよ。この平和で腐った村と低能な村人どもを絶望の海に叩き込んでやるために、ね」
くすんだ笑声に呼応するかのごとく、エリナさんの片手の銃口がギラっと光を放つ。
「絶望、か。ふーん……。結局のところ、やっぱ動機は復讐だったんだ。よくよく考えてみれば、今回の事件の動機として、それが一番納得できるものだもんね」
自ら生み出した盲点とはいえ、そこに到達するまで随分時間がかかってしまったものだ。
「でも、一つだけ分からないことがあるのよ。そんなご大層な目的があるなら、なんでわざわざアタシたちに依頼なんかしたの?」
事件の再捜査などと余計なことをしなくても、大人しく調査団の到着を待っているだけで、彼女の求めていた終焉は恐らく迎えられていたはず。
「……そうね。アンタみたいな子供には理解できないことでしょうね」
時間にしてわずかだったが、彼女の表情が一瞬だけ曇りを帯びたのを、サーシャは見逃さなかった。しかしそれも長くは続かず、余韻すら残さず完全に消し去ると、本性を現したエリナさんが純白のヒールの靴裏を響かせ、ダイニングテーブルへと移動した。近くの椅子へ優雅に腰かける。
「その前に、聞かせてくれない? あなた、アタシがこんなことをしても全然驚いてないわよね。ううん。もっと言えば、お母様に会いに行くとか言うのもウソだったんでしょう。いつからアタシが怪しいって気づいていたの?」
今となっては見る影もない。凶悪な微笑に彩られたエリナさんが、挑戦的に椅子の上で足を組む。
「……一番初めに違和感を覚えたのは、食堂で村長さんたちと話してた時よ。あの時、村長さんと口論になったでしょ。そのとき、アナタは怒鳴った後、ワンテンポ遅れてから机を叩いた。本当に怒っているのなら、それって普通は同時にやるものなのよ。つまり、あのときのアナタは演技をしていたってことになる」
「ふーん。それで?」
「何でだろうって思ったけど、そのときは深く考えることはしなかった。でも今思うとアナタの行動には、アタシの勘に触る部分がいくつもあったのよね。でも、「エリナさんは犯人じゃない」って頑なに思いこんでしまっていたの。だから、些細な仕草や表情の違和感にも、その理由にいちいち考えを巡らすことはしなかった。でも、ティアラを盗んだ手口が分かった瞬間。すべてを理解したのよ。犯人は、アナタ意外にいないってことにね」
サーシャの断言に対し、エリナさんが、くすっと肩をすくめる。
「仕草や行動で相手の心理が分かっちゃうなんて。アナタ、見かけによらず鋭いのね」
「そんな大層なものじゃないわ。ただ人よりちょっとだけ目ざといってだけのことよ」
「ふふ……。アタシ、どうやらアナタのコトを少し甘く見ていたようだわ」
照準されていた銃口が、すっとサーシャから外される。そして今では妖艶にまで高まった両足を組み直すと、肩にかかる髪を後ろに梳き払い、告げた。
「何か、少しだけ興味が出てきちゃった。いいわ。依頼人としてアナタの推理を聞いてあげる」
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro