デンジャラス×プリンセス
離れとは言っても村長宅の敷地内にあるわけではないようで、そのさらに奥にある林道を進んだ先、背の高い木々に囲まれるようにして、ひっそりと建っていた。元々は集会場として利用されていたものを改築した建物のようであり、現在は主に行政関係の資料や書類などを保管・監理するために使用されているらしい。
その第一印象は、とにかく緑が豊かで美しい場所。イメージ的には、人里から隔離されたエルフの隠れ家といったところだろうか。静かな立地条件ということもあり、村長さんなどはよくここで執務をしたり、趣味の読書を嗜んだりしているようだ。
エリナさんに促されて離れにお邪魔すると、そこはまるで芸術家のアトリエを思わせるような広々とした空間があった。採光性が高い白を基調とした内装は磨かれたような明るさで潤っており、清潔な室内には、ほのかにフルーツ系の甘い香りが漂っている。周囲を見渡すと、どうやら香りの元は壁際に活けられている鮮やかなブルーの花のようだった。その他にも趣味のいい絵画や置物などが室内を華やかに彩っている。
「お母様は二階にいらっしゃるようなので、すぐに呼んできますね。サーシャさんは、ソファでお休みになっていてください」
「はーい。まってまーす」
しゅたっと片手を伸ばすサーシャに会釈し、エリナさんが上階へ続く階段へ足を伸ばしかけ──ふと何かに思い立ったように振り返った。
「……サーシャさん。その前にご質問があるのですが、よろしいでしょうか?」
きゅっと唇を噛みしめたエリナさんが、どこか遠慮がちな上目使いで見つめてくる。そんな彼女の眼差しの意図を察し、サーシャは微かに口元に笑み浮かべると、緩やかに頷いた。
「犯人の正体が誰なのかってことですね」
果たしてサーシャの予想は正解だったらしく、エリナさんが神妙な面持ちで、こくりと首肯する。
「はい……。サーシャさんがお母様を捜していたということは、もしかして犯人は……」
その先はとてもじゃないが言えないというように、エリナさんがきゅっと唇を閉ざす。
「……わかりました。アタシたちの依頼者はエリナさんですもんね。この事件の真相は、まずアナタに報告するべきでしょう」
サーシャは真っ白な天井を仰ぐと、つかの間、瞑目した。次の瞬間に瞳を開放し、ソファから身を起こすと、すぐ側の窓際へ歩み寄る。そんなサーシャに、エリナさんの不安そうな、しかし強い意思力に満ちた眼差しが、じっと注がれる。
「そもそも、この事件の大きな謎として犯人の動機がありました」
窓辺のレースのカーテンを透かす、昼下がりの穏やかな日差しが差し込んだ室内。
真実の開示は、しとやかに紡いだ、その一言から始まった。
「犯人の目的は、LOPである『運命のティアラ』を盗み、その罪をシャナンさんに着せること。これまでの経緯を見ても、その犯人の意思は明らかです。実際、アタシたちがこの村に来てからも、彼の容疑を強固するかのような事件が幾度も起こりました」
階段わきの柱に両手を添えたエリナさんが、今にも泣き出しそうな瞳でサーシャの話に耳を傾ける。
「もともと、シャナンさんは犯行予告日に唯一村に残っていたキーマスターということで容疑をかけられていました。実際、村長さんたちは村を留守にしており、犯行当日に魔導キーを使用してティアラを盗めるのは彼しかいませんでした」
その後、エリナさんが『ジョーカー』に扮した何者かに襲われ、それと時を同じくしてシャナンさんが逃亡していたことが発覚。事実だけを追っていけば、あたかも逃亡したシャナンさんが偽『ジョーカー』として現れ、エリナさんを襲撃したように見えるだろう。その後に発見されたカギからシャナンさんの魔紋が見つかったことも、その推測に拍車をかけている。
「しかし、それらはすべて犯人による偽装工作だったんです」
一連の出来事により、村人たちは盲信的なまでに彼を犯人だと信じ込んでいる。犯行当時の状況や過去の粗暴に加え、村中の人々から「ツンデレが犯人だ」と声高に叫ばれては、さすがの調査団も彼を無視することはできないだろう。
元々、この村はツンデレに不信感を抱いている人々で大多数が占められており、誰もツンデレを擁護するものはいなかった。そんななかで唯一の例外がエリナさんであり、彼女がサーシャたちに今回の事件の調査を依頼しなければ、真犯人の可能性すら模索されることがなかったはずだ。
「このまま事件が明るみになれば、シャナンさんは重要参考人として身柄を確保されることは明らか。その後、シャナンさんが調査団に連行されたことを確認し、恐らく犯人は最後の仕上げをするつもりだったんでしょう」
ツンデレに繋がる場所からティアラが発見される。そういう筋書きを犯人は用意していたはずだ。
そうなったら、もはや打つ手はない。ツンデレの容疑は確固たるものになり、一時的にしろティアラを失ってしまった罪で村は強制接収の憂き目を見ることに。兄ちゃんは情状酌量の余地があるかもしれないが、それでもギルド追放を含め、厳しいペナルティを受けることは間違いないだろう。
ベルトに括りつけた腰袋に目をやり、サーシャは小さく肩をすくめる。
「そ、そんな……。ですが、サーシャさんのおっしゃる通りだとしても、その……シャナンが犯人じゃないという証拠はあるんですか?」
当然の質問だ。それがなければ、真犯人はおろか、村人たちを納得させることすらできない。
「はい。実は犯行予告当日のことなんですが、シャナンさんは村にはいなかったんですよ」
「え?」
ぱっちりとしたエリナさんの二重まぶたが驚きに拡張する。
「何でも、彼はあの日、村長さんたちが村を出立した後に、都市にあるギルドに出向いて労働をしていたそうです。この件については、今この村を訪れている旅商人の女の子が証言しています。つまり、ティアラが盗まれたとされる犯行予告当日は、宝物庫のカギを開けることができた人物すべてが、この村にいなかったということになるんです」
「そ、そんな……。シャナンが、村にいなかった……? それも、仕事……? で、でも! なぜ彼は、そのことを言わなかったのですか?」
「それは、彼に直接聞かなければ分かりません。でも、証言に関しては少女の話から極めて信憑性が高いものと判断しました。もっとも、シャナンさんはギルドとの正規雇用を結んでいるので、関係各所に問い合わせれば、すぐに裏づけが取れることでしょう」
呆然とした眼差しで宙の一点を見つめ、「シャナンが……?」と、エリナさんの唇から掠れ声が漏れる。そんな彼女の様子を横目に、サーシャはさらに声を繋ぐ。
「前述した通り、もともとこの事件は、シャナンさんだけが村に残っていると思われていたことが、疑われる直接の原因となっていました。しかし、同じく村を不在にしていた村長さんと奥さん同様、彼にも犯行予告当日のアリバイがちゃんとあったんです。結果として、今回の事件の容疑者と目された人物たち。村長、奥さん、シャナンさんと、各キーマスター全員に当日の犯行が不可能という結論が出ました」
動揺するように瞳を揺らしていたエリナさんが、ふと気づいたように顔を振り上げる。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro