デンジャラス×プリンセス
「了解致しました。しかし、姫様はこれからどうされるのですか?」
「アタシ? アタシは、もちろん──」
そこまで言って、きゅっとサーシャは唇を引き結ぶ。
恐らく、自首を勧めても犯人はそれに応じることはないだろう。証拠についてはつい先ほど任せると伝えたばかりだが、あくまでもそれは最終手段。できれば犯人には自ら過ちを認めてほしい。
だったら自分のやるべきことは、ただ一つ。
「あの……。さっきからアンタたち、いったい何の話をしてるの?」
一人蚊帳の外だったオバサンが、ポカーンとしながらサーシャたちを交互に見比べる。
例えどんな理由があったとしても、関係ない人たちを巻き込んだ犯人のやり方は絶対に間違ってる。こんなことをしたって何の解決にもならない。多くの哀しみを生み出すだけ。
何より、犯人に少しでも良心が残っているならば。アタシは、それを信じたい。
正直、こんなことをする犯人の気持ちがいまだに分からない。でも今なら、まだ引き返せるから。
これ以上、罪を重ねさせないためにも。
絶対に負けられない。
犯人との決着は、アタシ自身の手でつけてやる!
第五幕 その扉を開いて
「あれ? おーい。エリナさーん!」
村長宅に向かっていた途中、一際目を引く後ろ姿を見かけ、サーシャは声をかけた。特に意識をしているわけではないだろうが、その人、エリナさんからは、やはり常人にはない気品と華やかさが隠しようも滲みだしている。
サーシャの呼びかけに、エリナさんが、ぎこちなく首を回す。どうやら、まだケガの状態は芳しくないようだ。それでも依頼者の美少女はサーシャを視界に捉えると、唇に優しげな微笑みを咲かせた。
「こんにちはー。おケガの具合はどうですか?」
「はい。もう大丈夫です。どうも、ご心配をおかけしました」
晴れ渡った青空から降り注ぐ陽光を浴びたエリナさんは、同性のサーシャの目から見ても、この上なく美しい。しかし、そのたおやかな美は、どうしても薄幸に染められている印象を拭えない。薄桃色の髪に痛々しく巻かれた包帯が、先の事件の衝撃を物語っているためだ。
「それは、よかったです。あ、でもムリしちゃだめですよ? 辛くなったら、いつでも言ってくださいね?」
「はい。相変わらずサーシャさんは、お優しいですね」
さらに表情を和らげ、ふとエリナさんは小さく首を傾げた。
「それより、とても急いでいたみたいですけど、どうかされましたか?」
「あ、そだそだ。エリナさん、奥さん見かけませんでした?」
「奥さ……お義母様、ですか?」
「うん。あのね。実は、アタシ真犯人が分かっちゃったんですよ!」
「ほ、本当ですか?」
エリナさんのパッチリとした両瞳が、さらに大きく見開かれる。新鮮な驚きと興味を
素直に表現する依頼者の少女に、サーシャは自信満々に人差し指を立ててみせた。
「はい! 犯人のやつにはなかなか苦戦させてもらいましたが、おかげさまで謎はすべて解けちゃいました。安心してください。調査団が来る前に事件を解決してみせますから☆」
満面の笑みで告げるサーシャを前に、始めエリナさんは驚いたように目を瞬かせていたが、やがて、
「本当ですか……。そうですか……。犯人を……」
清楚な唇から震える声が囁かれる。
「ええ。ツンデレ……シャナンさんは、やっぱり犯人じゃありません。真犯人は別にいたんですよ」
「シャナンは犯人じゃ、ない……」
「いえす、ですのん☆」
細くしなやかな両手を口元に持っていくエリナさんに、穏やかに頷きかける。そんなサーシャをしばらく呆然と見つめ、そして
「ああ、そうですか……。よかった……。本当に……」
声を詰まらせるエリナさんの瞳が柔らかな潤みを帯びていく。キラリと光る滴が純白の頬を伝い、美しい輝きを瞬かせながら地面へ吸い込まれていった。
「はい! だから、今から奥さんに会いに村長さんの家へ行こうと思ってたところなんですよ」
「お母様……に? 先ほどもそのようなことをおっしゃっていましたが、でもなぜ今お母様に……」
「……実はね。家族であるエリナさんには、ちょっと言いにくいことなんですけど……。ツンデ……シャナンさんと奥さん。実はあの二人……不倫関係にあったみたいなんですよ」
「ふ、不倫……っ?」
鋭く息を吸い込み、次いでエリナさんの口元が堅く引き結ばれた。それから信じられないといった面持ちで問い返す。「ほ、本当ですか?」。
「うん。残念だけど。血が繋がってないことだけが唯一の救いね」
「そ、それと今回の事件と、どのような関係があるのですか?」
「それは、みんなの前で説明します。大丈夫。犯人は絶対に逃げられません。だって、こっちには切り札があるんですから」
ばっちりとピースサインを決めるサーシャに、エリナさんがどこか訝しげな面持ちで繰り返す。
「切り札……ですか?」
「はい。それも、とっておきの! ふっふっふ。なんとですねー……例のティアラちゃんを見つけちゃいましたー!」
腰に巻きつけた革袋を小さく持ち上げてみせる。瞬間、エリナさんの形のいい眉が大きく上下した。さすがにこの事実には心底驚いているようで、続く言葉がすぐには出てこないようだ。サーシャの革袋を凝視し、それから呟くように復唱する。
「ティアラが……見つかった……?」
「はい。そのとーり。ついに、見つけちゃいましたのでーすっ! これさえあれば、もう調査団なんかコ・ワ・ク・なーいっ! あは。犯人の思惑通りにはいかないのよーん」
シルフィス流の(最も大幅にコミカライズされてはいるが)勝利の舞いを踊るサーシャを呆然と見つめ、
「そうですか……! ティアラも……。これで、村も救われるんですね……!」
先ほどの件と合わせ、エリナさんが二重の涙を瞳に宿す。襲撃されるという不幸な事件から一転。ダブルの吉報に、嬉しさも一塩だろう。そっと目元を拭いながら、女神も羨むような可愛らしい泣き笑いの表情で唇を開く。
「でも、一体どこにあったんです? 村中はもちろん近隣地域をくまなく探しても、全然見つからなかったのに……」
「それも含めて、後で謎解きフェスを開催しちゃいますから、楽しみにしてくださいね。……あ、でも、エリナさんだけにはヒントをあげちゃおっかなー。ヒントはですねー。夜空に輝く紫月っ! これで村も安泰でしゅなー。めでたひ、めでたひ」
「パーピュア……ムーン」と口元で呟きながら、エリナさんが神妙な面差しで地面の一点を見つめる。
「てなわけで、奥さんは家にいますー?」
「あ、はい。お母様は、現在、自宅の離れにおられます。明朝には調査団の方々が来訪されるので、その準備をされているんです。私が、ご案内します」
そう言って、エリナさんが踵を返す。事件解決と聞いて浮足立っているのだろう。先導に立つエリナさんの背中も、どこか落ち着きがない。
(さあ。いよいよ勝負の時ね)
しかし、それはエリナさんだけではなく、サーシャとて同じこと。高ぶる心臓を落ちつけるべくサーシャは短く呼吸を繰り返すと、両瞳にぐっと強く力を籠め、力強く一歩を踏み出した。
村長宅の離れは、一家の住まいである母屋から歩いて五分ほどの場所にあった。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro