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デンジャラス×プリンセス

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 空を仰ぎ、フェイルがニッコリとオバサンに微笑みかける。
「え? 紫月って、なに? そういうアレだったのぉ? アタシてっきり、若いカップルたちが、こぞって子作りに励む日だとばっかり思ってたわよぉ。いやねェ。おっほほほー! それにしても、お兄さんったら、イケメンなうえに博識なのねェ。ス・テ・キ(ダブルはあと)」
 ぶりぶりと大きなお尻をシェイクし、うっとりとオバサンが目元を細める。
「ふん。なーにが紫月(パーピュアムーン)よ。そもそもアタシ、紫月にロクな思い出ないのよね」
 不快な過去を思い返される話題に、ふんと唇を尖らせる。前回のときも、そう。夜空を飾る美しい紫月を見上げながら、のほほんとお団子を食べようとしていたら、突然、横から爆走してきたモンスターに、すれ違いざまにお団子をかっさらわれてしまったのだ。ついでに顔に泥までぶっかけられるというオマケつき。普段だったらすぐに異変に気づいたのだが、あのときは紫月の魔力波補正がかかり、モンスターの力もパワーアップしていたのだ。
「あのときのモンスターはスピード強化系の特殊能力を持ってて、それが紫月の魔力波によって倍近い速度にまで高まったんだっけ。多分、二百キロ近くは出てたんじゃないかしら。とにもかくにも、紫月の周期に入ったら強力なモンスターがいる場所には絶対に近寄らないようにしなさいって、お母様がよく言ってた……って」 
 呟いた瞬間、サーシャの脳天に稲妻めいた閃きが降り注いだ。両目を大きく瞠るサーシャの脳内で、ある一つの仮説の種が生まれるや、直後、バラバラに散らばっていた事実の断片が集まり、急速に吸い込まれていく。

 消えたティアラ。
 犯行日前に現れた謎の影。
 村長一家しか使用できない魔導キー。
 前日に行われたティアラの鑑定と、犯行当日の容疑者たちのアリバイ。
 そして、紫月。
 
 いくつもの点が光り輝く線となって結ばれていき、あっと言う間に一つの形を作りあげる。バラバラだった事象が規則的に組み合わされ、面となったそこから浮き彫りになったのは、あるひとつの真実の姿。
 もしかして、アタシはとんでもない思い違いをしてたんじゃ……。
 
 現実に引き戻されたサーシャは、穏やかに談笑するフェイルを問答無用で蹴り飛ばすと、驚くオバサンへ飛びつく勢いで迫った。 
「オバサン! ちょっと、その話、詳しく聞かせてくれない?」
「ほええええええ?」
「さっきの! モンスターの話!」
「え、ええ。いいけど……。それより、お嬢ちゃん。アタシのことは、お姉さんって呼んでくれない? アタシ、これでもまだ三十……」
「いいから!」
 激しい剣幕で迫るサーシャに、渋々といった様子でオバサンが語りだす。彼女の話を自身の仮説と照らし合わせながら一つひとつ確認していき、今度は地面で悶絶するフェイルに視線を投げつける。
「フェイル! アンタ、事件のことについては、すべて頭に入ってるはずよね。犯行予告前日にティアラを確認したときって、村長さん他、容疑者全員がその場に集まっていたのよね?」
「は、はい……。ゼノさまの話によれば、皆さん揃っておいでになったそうです」
「四人とも、か。村長さんはともかく、一人でも絞り切ることができればと思ったけど……。ちなみに、その時に宝物庫のカギを開けた人と閉めた人って誰だか覚えてる?」
 矢継ぎ早の質問にも、人間性はともかく能力だけは優秀なメガネ騎士が、地べたに這いつくばった状態で素早く回答。
「はい。村長様が宝物庫の解錠し、鑑定士によりティアラの鑑定が行われた後、エリナ様によって再封印がなされた模様です」
 鑑定士のお墨つきが出たことで、これで晴れて村を出発できることとなった村長さんたち。犯行予告前日ということもあり、兄ちゃんもさぞや気合が入っていたことだろう。
「それと、これは一応の確認なんだけど、犯行当日はちょうど紫月だったわよね? しかも、そのなかでも特に強い魔力波が降り注ぐ特別な日だった」
 立ち上がりざまに服の裾を整えるフェイルに、ちらりと目線を流す。
「はい。その通りです、姫様。事件当日は、ちょうど紫月が一際強く輝く『紫天月日(してんげっか)』の祭日でした。その日におきましては、この地上のあらゆる生物が特殊な魔力波による影響を受け……? 姫様、まさか……」
 小さく瞳を見張るフェイルに、返答代わりに頷きかける。どうやらこの男も、ようやく『それ』に気づいたようだ。元『ロードナイト』の騎士は頭上に大量のハテナマークを浮かべるオバサンを一瞥し、それからどこか皮肉げな表情で緩やかに頭を振る。
「なるほど。確かに、それは盲点でした。いや、しかしその方法ならば、確かにティアラ消失の謎についてすべての説明がつきます」
 ほっそりした顎に手を添え、珍しく神妙な面持ちでフェイルが告げる。さすがのフェイルをもってしても、まさかその可能性までには考えが及ばなかったらしい。魔紋のトリックでは後れを取ってしまったが、これで名誉挽回。あは。てか、こいつ。平静を装ってるみたいだけど、内心では悔しがってるんじゃないか? ちょっと口元が引きつって見えるぞよ。
「ざまあみろ」と舌を覗かせるサーシャに、しかし落ちぶれても女王国随一の呼び声高い元騎士様。メガネキャラらしくブリッジを押し上げる仕草を見せながら、続けてこの仮説の問題点を指摘する。
「しかし、それだけではまだ犯人を断定できません。……いえ、恐らく私も姫様と同じ考えです。犯人はあの方以外にいないでしょう。しかし、それを証明する手立てがありません。すべては状況証拠に過ぎず、否定されてしまえばそれ以上の打つ手がありません」
 黙っていれば美少年なフェイルの顔を、じっと見つめ返す。
 確かに、これで犯行手口はすべて解明された。
 しかし、犯人を追いつめるにはまだ絶対的なピースが足りない。そう。証拠がないのだ。それがない限り、サーシャの推理はすべて空想上のものでしかない。犯人に否定されたらそれまでなのだ。
「承知しております、姫様。犯人を追いつめるための証拠、ですね」
 瞳を上向けると、穏やかな微笑みを浮かべたフェイルの顔があった。まったく、こいつってやつは。普段ダメダメでしょうがないけど、最終的に頼りになるから困っちゃうんだよな。
「……明日の朝には調査団が村に到着する。でも、それじゃ遅い。今日中、それも日付が変わる前に、すべてを解決しなくちゃいけない。かなり厳しい戦いになるわよ?」
 無茶苦茶な要求をしているのは重々承知。しかし、本当の意味で事件を解決するにはどうしても今夜中じゃなければダメなのだ。厳しい眼差しを注ぐサーシャに、しかしそれとは対照的な実に優雅な物腰でフェイルが告げる。
「ご安心ください。不肖ながら、このフェイル。我が主のため、必ずや任務を全うしてしてみせましょう」
 頼もしく断言し、普段のへらへらした態度を奥に引っ込めたフェイルが毅然とシルフィス騎士流の敬礼をサーシャに送る。
「うん。頼りにしてるわよん」
 最高の相棒に、同じくシルフィス式の答礼を返す。ここ一番のときのサーシャたち必勝の儀式だ。
「よし! んじゃ、よろしくっ!」
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro