デンジャラス×プリンセス
何でも、その人面花なるけったいな植物は、滅多にお目にかかれない代物だったらしい。それがフェイルの放った大量の流血をべっとりと浴び、熟れたトマトのような変わり果てた姿に変貌してしまったのだ。もちろん、オーナーは怒りカンカン。「べべべ、べんしょーしろー!」と怒鳴られ、その後、一か月以上もタダ働きするハメになってしまったのだ。来る日も来る日も皿洗いの日々、日々、日々……。当時は真冬での作業で、水は冷たいわ、立ってるのは辛いわで、とにかくしんどかったのを覚えている。
当時の過酷な作業が蘇り、げんなりと肩を落とす。
「ええ。その人面花はヴィレーニア島という秘境にあるとされる魔植物の一種です。通常の植物のように日光や水で育つのではなく、生物の血液に含まれる『魔素』を栄養源に生育するという極めて特異な植物でした」
「ん。そうだったわね。確か、元々は凶暴なモンスターにカテゴライズされてたんだけど、ペット感覚で飼えるように調教されたものだっけ? その辺のペットモンスター事情については、よく知らないけどさ」
旅の間、野生モンスターに散々悩まされてきたサーシャにとって、モンスターをペットにするなどという発想は到底理解できない。そもそも、モンスターはイヌやネコなどとは根本からして違うのだ。個体の差はあれ、モンスターは基本的に自我を持っており、簡単に人に懐いたり、ましてやペットにするなどというような甘い考えが通用するような奴らではない。そこらへんは人間と同じだ。
それでも、ペットモンスターの需要は年々、後を絶たない。モンスターを手懐けるプロである『魔獣使い(モンスターテイマー)』なる人種も世の中には存在するらしく、レアなモンスターなどは主に金持ちの間などで、高値で取引されているようだ。儲かるとみるや何でも商売にしてしまうのは人の世の常。その商魂たくましさは、モンスターもたじたじだ。
「はい。オーナー様も自らの血を分け与えることにより、大切に育ててらっしゃいました。しかし、あの時に私の血液が付着してしまい、激しい拒絶反応を起こしてしまった結果、ぽっくりとご昇天されてしまったのです」
フェイルが合掌し、天に召された人面花様へ黙とうを捧げる。こいつがこういうことをすると、まるで故人(とは言っても、モンスターだけど)をバカにしているようにしか見えない。ま、実際、ふざけ半分でやってるんだろうけどさ。
「ま、仕方ないわよねー。魔力にも相性ってモンがあるんだし。あの時は、アンタとオーナーの魔力が、たまたまバッティングしちゃったってだけだもん」
人間だけではなく、この世の生きとし生けるすべてのものには少なからず魔力が存在している。そのなかでも人間やモンスターの血液中に含まれる魔力の源、いわゆる『魔素』の比率は他の生物と比べて断トツで高い。
「おかげで輸血するのだって大変なんだもんねー。血液型(ブラッド・タイプ)だけじゃなくて魔力型(マジック・タイプ)まで考慮しないと、下手したら例のジンメンちゃんみたいに血中魔素のバランスが崩れちゃって……って」
瞬間、サーシャの脳裏に電撃的に閃くものがあった。それを知ってか知らずか、フェイルが、ここぞとばかりに饒舌に語りだす。
「はい。姫様のおっしゃる通り、魔力は画一的なものではなく、それぞれ個性が存在します。魔力源である魔素は、この世界を構成するすべてのものに等しく宿るもの。なかでも人やモンスターの血中魔素値は群を抜いて高く、そしてそれは時として他へ大きな影響を与えてしまうほどの強力な個性となりうるのです」
フェイルの講釈を最後まで聞かずとも、サーシャの瞳の奥には一つの可能性が浮かび上がっていた。
「そっか……。こんな単純なコトに気づかなかったなんて。アタシってホント、バカ。……真犯人は、ツンデレの血液を使ってカギに魔紋を付着させたんだわ」
つまり、こういうことだ。
渦中の魔導キーは、四人のキーマスターたちにしか使用できないような特殊な魔力封印(マジック・シール)がなされている。カギを使用するには、その封印を解除しなければならず、その際に利用者の魔紋が使用順に更新・記憶されていくといった仕組みになっている。
そのため、一度もカギを使用していないはずのツンデレの魔紋が検出されたことは、今回の事件において大きなポイントとなった。お前、使ってないんだろ? じゃあ、何で、お前の魔紋があるんだよ? といった具合に。
しかし、あるのだ。ツンデレが直接カギに触れなくても、あいつの魔紋を入手する方法が。
もうお分かりだろう。犯人は宝物庫からティアラを盗んだ後で、カギをツンデレの血液漬けにしたのだ。そうやって、カギに魔紋を少しずつ浸透させていけば、労せずしてカギにツンデレの魔紋を記憶させることができる。分析表に記載されていたツンデレの魔素数値が他の人と比べて幾分少なかったのは、恐らく浸透時間が少しばかり足りなかったためだ。
「おおー。なるほどー。その手がありましたかー。さすが姫様―。このフェイル、姫様の頭脳には、いつも驚嘆でございますー」
わざとらしい口調で拍手を鳴らすメガネを、じろっと横目で睨みつける。
「……アンタ、いつから気づいていたのよ?」
「気づいていたなどと、そのようなことは! 姫様の卓越した発想力には、いつも脱帽させられる思いでございまする。はい」
いかにも白々しい口ぶりだが、そのおかげで重大なヒントを得たことは確かだ。憎々しく鳴らす舌打ち一回で許してやり、更に思考を発展させる。
ツンデレの血液を手に入れるのは簡単。健康診断などと、もっともらしい理由をつけて採血すればいい。そうやって入手した血液を冷凍保存しておけば、いつでも好きな時に使用することができる。
問題は例の魔導キーがこのタイミングで発見された理由だが、それも容易に想像はつく。LOP調査団が訪れるのが明日に迫った今、偽『ジョーカー』のエリナさん襲撃事件を皮切りに、ツンデレの逃亡、そして重要参考品である魔導キーの発見と、ここにきて犯人はツンデレ犯人説を確固たるものにしようと画策したのだ。
しかし、その思惑は大きく覆される結果となった。一連の偽装トリックのおかげで、この事件に真犯人がいるということを逆に証明してしまったのだ。
そしてツンデレの血液を入手・保存する手間と方法を考えてみても、やはり真犯人は家族内の誰かに絞られてくる。
村長か、奥さん。犯人は二人のどちらか。もしくは共犯か。
「……問題は、犯行の手口よ」
そう。いくら真犯人説を並び立ててみても、実際の犯行方法を立証できなければ、すべて机上の空論だ。いくらアリバイがあるとは言っても動機や状況証拠の面から見て、まだツンデレが圧倒的に不利であることに変わりはない。仮に、このままツンデレに繋がる場所からティアラが見つかりでもしてしまったら、難なく犯人と断定されてしまうだろう。
宝物庫のカギを開けること自体は簡単だ。問題は、あの警備の兄ちゃん──ゼノに見見つからずに、それが可能であるかということ。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro