デンジャラス×プリンセス
「……さっき、村長さんが「ふっ。無駄なあがきを。こちらには証拠があるのだ、がっはっは!」とか、言ってたじゃない。そのとき、片手を撫でてたでしょ。あれは自慰行為の一種でね。自分を励まそうとしているときに見られる心理行動の一種なのよ」
「自分を励まそうと? ……では、あのときの村長様は、勝ち誇っていたように見えて実は心理的には追いつめられていた、と?」
フェイルが細い顎に手を添える。あるいは何か後ろめたいことがあり、それを悟られまいと必死に自らを鼓舞していた、といったところか。
「カギ、カギ、カギ……。あれだけ捜してもないって言ってたのに、一体何だってこのタイミングで見つかったわけェ? しかも、酒場ァ? そもそも、ツンデレが逃げた直後に発見されるなんて絶対おかしいでしょ」
ううぅーっと低く唸りながら、柔らかな木漏れ日が降り注ぐ村道を進んでいく。疲労と寝不足、さらには苛立ちでバキバキと血走った瞳で前方を睨みつけるサーシャに、不穏な気配を察知したのか近くの枝葉で休んでいた小鳥たちが逃げるように一斉に羽ばたいていった。
「……カギは、村長と奥さんとエリナさんしか使用したことがなかった。それなのに、カギからはツンデレの魔紋が検出されている。それはつまり、ツンデレがカギを使用したという証拠に他ならない。でも……」
ぶつぶつ呟きながら、もう五年以上の付き合いになる、愛用のくたびれたブーツの靴裏を動かす。
魔力付与されたアイテムを使用した場合、そのアイテムには使用者の魔紋が例外なく刻まれる。それだけではなく、今回行われたような専門の検査を行うことによって、使用した順番まで知ることができるのだ。発見された魔導キーからは、確かにツンデレの魔力反応が検出された。それはカギを使用したことがないと言っているツンデレの主張と反するものであり、結果、彼は自らが嘘をついていることを露呈することとなってしまった。
しかし、ツンデレには犯行は不可能なのだ。絶対に。
なぜなら、ツンデレは犯行当日に村にはいなかったのだから。それは、あのロザリーという旅少女が証言している。
ならば、犯行予告日以前にティアラが盗まれたという可能性はどうだろうか。つまり、犯行予告という犯人にとって一見不利な行為を逆手に取り、周囲を油断させ、それ以前の日に犯行に及んだのではないかということ。
だがそれも、はっきりないと断言できる。なぜなら、犯行予告前日の段階で村長さんたち数名の立会いのもと、宝物庫にティアラが保管されていることが確認されているからだ。そのときには、すでに偽物とすり替わっていたのではないかという疑惑も当然生まれるが、その可能性もないと言い切れる。
その理由は明白。なぜなら確認が行われた際、宝物庫に保管されているティアラが紛れもなく本物であるということが、その分野の専門家によって証明されているからだ。つまりこういうこと。数日後にはLOP調査団が訪れるということもあり、ティアラに問題が発生していないか、念のため専門の鑑定士に調査が依頼されていたのだ。
その日こそが、村長さんたちが村を出立する直前。つまり、犯行予告前日までの段階において、宝物庫に保管されていたティアラが本物であったことの、お墨付きがでているのだ。その後、宝物庫に近づいた人間は誰一人いないと兄ちゃんが証言している。
ならば、なぜカギからツンデレの魔紋が見つかったのか。ツンデレが犯人でないと仮定するならば、導き出される答えはひとつ。
「……犯人は何らかの方法で、カギにツンデレの魔紋を付着させた、ってことになるわね」
それはツンデレの容疑を確固とするための犯人必勝の措置だったのだろう。しかし、そこには大きな誤算があった。犯人は、犯行当日にツンデレが村にいなかったことを恐らく知らなかったのだ。
今回の検査で、最後にカギを使用した奥さん以前にカギを使ったのは、ツンデレという結果が出ている。しかし前述の通り、犯行推定時刻にはツンデレは犯行はおろか、カギを使用することすらできない状態にあったのだ。
犯行後、カギは現場から姿を消している。普通に考えて、真犯人が隠したと考えるのが妥当だろう。仮にツンデレが犯人だったとした場合、カギをそんなところに残しておくはずがない。発見されたタイミングを鑑みても、十中八九、真犯人によって置かれたものとみて間違いないはずだ。それは同時に、何者かがツンデレをハメるためにカギに細工をしたという確固たる証でもある。
「鑑定士によってティアラが本物であることが確認されたあと、領主さんを迎えにいくため、村長さんたちは村を出発。その後、ギルドでの仕事があり、ツンデレが村を出た……。翌日、村長さんたちの帰宅後、ティアラが盗まれていることが奥さんによって発覚。その間、宝物庫には特に異常は見当たらなかった……」
容疑者全てが不在のなかで行われた事件。時間・距離的にも、一度村に戻ってきてからの犯行というのは物理的に不可能。そうなると、必然的に真犯人は何らかの方法で遠隔的に犯行を成立させたということになる。事件の性質上、共犯説も視野に入れていたが、容疑者全てが犯行推定時刻に村にいなかったら、そもそも犯行自体が成立しない。
「……これじゃホントに空を飛ぶとか、瞬間移動しないと犯行は不可能じゃない。犯人は一体どうやってティアラを盗んだの……? それに、分からないのはツンデレの魔紋よ。犯人による偽装工作だとしたら、そんな方法が果たして存在するの?」
あるいはツンデレに自覚がないまま、犯人によって魔紋をカギに付帯させられた……?
「そういえば、姫様。昔、とある資産家のお屋敷にお邪魔した際に、世にも珍しい人面花を、ご覧になったのを覚えておられますか?」
「ほえ……? じんめん、ばな……?」
突然フェイルから振られた見当違いの話題に、サーシャは目を瞬かせながら振り返った。
「ええ。その方は、大手飲食ギルドで役員も務める方で、国内外に多数の店舗を構える飲食店オーナーの方です。何でも社外秘の情報が外部に流出されているという疑惑があり、私たちに調査を依頼したいとのことでした」
「機密情報漏えいの依頼……? はて。そんなんあったっけ?」
かくんと首を傾げ、記憶のインデックスを捜索する。
「はい。オーナーの奥様が、それはそれはお美しい方でして。そのあまりの超絶セクスゥィーなバディに、恥ずかしながらこの私めも自らを律しきることができず。打ち合わせの席ということも忘れ、奥様を口説きにかかって即座に姫様から強烈な右フックの洗礼を頂戴致しました」
「あー! 思いだした! あったわね、そんなこと。確かその拍子に、そのジンメンバナとかいうのに、アンタのイヤらしい血が、ぶっかかっちゃったんだっけ?」
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro