デンジャラス×プリンセス
「ん。あんがと。んじゃ、いただきまーす」
フェイルが寄越してきた鳥肉に食らいつく。……はふはふ。んぐんぐ……。
「ん。んまいっ! やっぱ人間、鳥食わなきゃね。とりー」
飢えた猛獣よろしく、こんがり焼かれた鳥にがっつくサーシャ。こういう場合、花も恥じらう乙女とか、そんな小さなこと気にしちゃいけないぞ。逃亡生活は、何と言ってもワイルドさが必要なのだからして!
そうやって、しばらくまん丸お月様の下で、お食事タイム。
「んー。おいち(はあと)。あとはこれで、食後のスイーツでもあれば文句ナッシングなんだけどー」
「ご安心ください。そうおっしゃると思いましたので、先ほど姫様がお休みになっている間に 僭越ながら、特製スイーツのご用意を……」
「見つけたぞぉ! こんなところにいやがったのか、てめぇらァ!」
と、穏やかな夜を台無しにするダミ声が暴力的に響き渡った。心当たりのある声に「まーた、あいつかよ〜」か、と半ば辟易しながらも、無遠慮に近づいてくる足音にサーシャは言葉を返す。
「あー。『ゴキゲンクラブ』の皆々さんじゃなーい。やっほー。調子はどーですかー」
「ボチボチでんなー……って、ちっげェーよっ! 『極悪倶楽部』だ、ゴ・ク・ア・ク! 何度言ったら覚えやがるんだ! てめぇはっ!」
現れた三人組の中央、丸太のような右腕に、ごっつい手斧を握ったリーダーが激しく憤る。
「どっちだって似たようなもんでしょ。ったく。よわっちいくせに、懲りずに毎回絡んできちゃってさー」
「んだ、てめぇ、コラ! 誰が弱いだ! 泣かすぞ、女ァ! らァ! ボケぇ! こらァ! カスぅ! 女ァ! ボケぇ! はげぇ! ボケぇ! 女ァ! こらァ!」
毎度のことだが、こいつはもっと気の利いた殺し文句は言えないのだろうか。腕っぷしと同じく、オツムも弱い。子供のように喚き散らしながら、それだけ本格仕様の斧をぶんぶん振り回す。弱い犬ほどよく吠えるとは言うけど、こいつはその典型だな。
「あ、兄貴ぃ。い、いいかげん故郷(くに)に戻りましょうよぉ。こいつらに関わると、ホントにロクなことないんですからァ」
リーダーの陰に隠れるように斜め後方に、ちょこんと立つ背の低い少年が、今にも泣き出しそうな声で懇願する。
「ああ? このオレが、こんなクソチビガキとポンコツ・メガネに舐められたまま、大人しく地元に帰れるかよッ! なァ! お前も、そう思うだろ!」
「イエス・アイ・ドゥー」
チビッ子の反対側に位置取っていた、ひょろ長い青年が甲高い声で返答。その反応にリーダーは満足そうに数度頷くと、びしっと斧の先端をサーシャたちに突き向けてきた。
「そういうわけだからよォ! お前らは、ココで死んでもらうぜェ!」
「どういうわけよ。ったく、もう」
鳥肉の脂で、てらてらと光った口元を拭い、サーシャは小さく吐息をついた。
この三バカトリオとの絡みも、もう何度目になるだろうか。元々の因縁は、このバカリーダーが武道大会でフェイルに敗北したのがきっかけであり、それ以来、しつこくサーシャたちに付きまとってくるようになってしまったのだ。
「アンタら、マジでしつこいのよ。もう異常を通り越して病気の領域でしょ。それとも、美少女なアタシにホレちゃったりでもしちゃったー?」
瞬間、リーダーの顔が、ファイアブレスに炙られたがごとく、ぼっと音を立てて真っ赤に燃え盛った。
「げ。もしかして、図星とか」
「ち、ちちちちちげーし! 別にオレ、お前のことなんか……何とも思ってねーし! マジでねーし! マジそんなことねーし!」
ゆでダコのような顔面で、もじもじしやがる。うえ。マジか、こいつ。
「そう、だったんスか……兄貴。そういえば、あの日以来『週刊イケメンズなう』とかいう雑誌を読んだりと、やけにオシャレに気を使うようになってたから、おかしいなーとか思ってたんですよね。にしても、目的がメガネじゃなくて、まさか女の子のほうだったなんて……」
「イエス・アイ・ドゥー」
チビッ子が、ひょろい兄ちゃんに、ひそひそと耳打ちする。途端、リーダーの鉄拳が二人の頭にゴチーンと飛んできた。潰されたカエルのような悲鳴を合唱させ、二人揃って地面にしゃがみ込む。
「うるせえぞ! お前ら!」
「だ、だってぇ……」
「イ、イエス・アイ・ドゥー……」
ぎりぎりと歯ぎしり混じりに子分たちを睨みつけ、振り切るようにリーダーがサーシャたちへ向き直った。
「もう許さねぇ……。お前らは完全にオレを怒らせた。お望み通り、この日のために特訓した必殺技を、てめぇらにお見舞いしてやるぜぇ……!」
「アンタが勝手に怒ってるんだし。しかも、こっちはそんなの全然望んでないし」
「うるせェ! この気持ちは女にはわからねえよ! 男の生きざまを見やがれぇ!」
別に、そんな生き様見たくも何ともないが、こうしていても事は収まりそうになさそうだ。やれやれだぜ。
「仕方ないわねー。フェイル、適当にあしらっちゃって」
「あまり気は進みませんけれど」
苦笑しつつ、フェイルがリーダーに相対するように進み出た。それを見るや、リーダーが真っ黄色な歯をむき出しにして笑う。
「ふっ。とうとう出てきやがったな。ここで会ったが百年目だ! 食らいやがれ、ポンコツメガネ! ひーーーっさつ! ブーメランッ・トマホークぅうぅうぅッ!」
野太い叫びと同時に天高く跳躍するリーダー。跳躍の最高点に達するや、所持していた斧から青白い燐光が放たれた。おお? いっちょまえに、あいつ魔導を使用してやがるぞ。
リーダーの地を引き裂くような気合一閃が轟くや、頭上高く掲げられた斧がオーバースローで撃ち放たれた。魔導で超パワーアップしたトマホークの一撃が、月明かりの夜空を凄まじい勢いで引き裂き、フェイルに襲いかかる。
「ふむ。これまでのような通常バトルでは勝てないと悟り、マジックウェポン(魔導武器)を使用してきましたか。正しい判断です」
対して、特に動揺する様子も見せることなく笑顔を浮かべるフェイル。まるで三時のティータイムでも楽しんでいるかのような、実にリラックスした佇まいだ。しかし、それもそのはず。次の瞬間、強烈な縦回転で迫る渾身の一撃を、ちょこんと首を傾けるだけで見事回避。
「はい。残念でした。ですが、今回は今までで一番グッドな攻撃だったと思いますよ。そうですね。特別に、六点差し上げましょうか」
長めの前髪を手直ししつつ、リーダーの攻撃をそう評価。確か前回は二点だったから、かなりスコアを伸ばしたんじゃないかな。
「ふっ。喜ぶのは、まだ早ぇーぞ! ポンコツメガネ!」
にやっと不敵な笑みを横切らせるや、リーダーが音高く指を鳴らした。瞬間、彼方に飛翔していったはずのトマホークが、ぱあっと眩い閃光を放つや、鋭い弧を描きながら反転。モスグリーンの軌跡を宙に棚引かせ、倍速スピードにまで昇華した斧が、フェイルの無防備な背中を強襲する。
「ふははははっ! バカめ! 一撃目は囮だよッ! 本命は、こっちなのさァ!」
してやったりとばかりに、リーダーが背を反らして笑いを弾けさせる。対するメガネの優男は、微動だにすることなくただその場に立ち尽くしている。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro