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デンジャラス×プリンセス

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「うん。それに、ジャムカは公的な賞金首リストに名を連ねているだけじゃなく、話によるとAにも追われてる身だったらしいの。それなのに魔霧で監視されているあの場においても、特に動揺する様子を見せなかった」
 あれだけの実力者にくわえ、A出身であるヤツが霧の正体に気づかないはずがない。当初から問題ないと判断していたと考えるべきだ。
「なるほど。彼の人間性から考えて、追っ手を振り切る確固たる自信があったか……。あるいは、すでに何らかの形でAとの和解が成立していた、ということですね」
 あの場でのサーシャたちのやり取りを、Aはもちろん把握していたはずだ。それでも最後までA側から何のリアクションもなかったことを考えると、恐らく後者の可能性が高い。つまり、Aに対して事前にジャムカから打診があったということだ。その後、両者の間でいかなるやり取りがおこなわれたかは知る由もないが、結果的にAは静観することを承諾した。 
 一連の行動の背景には、恐らくジャムカにエリナさん襲撃の依頼をした人物が関係しているだろう。エリナさんを襲撃し、その後「アストラルタウン」と意味深に呟く。そうすれば、逃がすまいと必ず追ってくる人物がいる。その餌にサーシャはまんまと食いついてしまったのだ。
 サーシャが独自にこの事件を調査していることは、村の人間なら誰もが知っていることだ。そのことからも、犯人の真の狙いはエリナさんではなく、サーシャ自身だったということになる。
 目的は、単純に考えて捜査の撹乱・遅延だろう。暗殺者であるジャムカに依頼したことから見ても「殺してしまってもいい」と犯人は考えていたかもしれない。
「いずれにしても狡猾な男です。できれば、もう二度とお目にかかりたくはないですね」
 ナプキンの敷かれた石の皿に焼き上がった肉を取り分けながら、ちらりとフェイルがゼノに視線を送る。つられるようにサーシャもそちらに顔を向けると、そこには真剣な表情で地面の一点を見つめるゼノの姿があった。
 サーシャたちの気配に気づいたのか、兄ちゃんがその端正な顔を柔らかく緩め、落ち着いたトーンで答える。 
「うん。フェイルくんの言う通りだ。悔しいけどやっぱりあいつは強いよ。心も体も、さ」
「兄ちゃん」
 サーシャに小さく首を傾げてみせ、兄ちゃんが、ゆっくりと空を見上げた。あれだけ濃密に垂れ込めていた暗雲も綺麗に払われ、これから少しずつ朝が訪れようとしている頃合いだ。
「でも、大丈夫。あいつとの決着は、オレ自身の手で必ずつけるよ。もう誰も哀しませたりなんかしない。……絶対に」
 そう言い切る兄ちゃんの表情は、先刻までとは比べ物にならないほど落着き、そして凛々しかった。その瞳に宿っているのは見せかけだけの意地や矜持では決してない。壁を乗り越えることで、人は短期間でこんなにも変わることができるのだ。
「そんなこと言っちゃってー。大丈夫なのー? 兄ちゃんのことだから、土壇場でまた「ひーひー」言いだすんじゃなーいー?」
 半眼でのイジワル発言にも、たくましく成長を遂げたガーディアンは笑顔で応対。
「大丈夫。オレはもう何も怖くない。どんなことがあっても戦うよ。絶対に逃げたりなんかするもんか」
 清々しく断言し、言葉を繋げる。
「これも、おチビちゃんのおかげさ。おチビちゃんがいなかったら、オレはいつまでも臆病な自分から抜け出すことはできなかった。キミには本当に感謝してるよ。ありがとう」
 兄ちゃんお得意の、少年スマイル完全復活。やっぱりこの兄ちゃんには、無垢な笑顔がよく似合う。
「おやおやおやー? お二人とも。なにか……とてもイイ雰囲気ではありませんかー?」
 笑みを交し合うサーシャとゼノを交互に見比べ、フェイルがいやらしく唇を吊り上げる。
「な! な、なに言ってんのよ、アンタ! 自分がフラれて寂しいからって、ヘンなこと言ってんじゃないわよ!」
「ふ、フラれ……っ! べ、別に私はフラれたわけでは……ありません……から……。ちょっと……あの時は、その……。彼女は、どうしても外せない都合があっただけで……」
「だから、それを世間ではフラれてたっていうのよ」
「ふ、フラれたなどと! おやめください! 彼女は、ただ……。あの日はどうしても都合が悪く……。泣く泣く「SAYONARA(さよなら)」するしかなかったのです……。ですから……私は……。別に……フラれてなんか……! ぐふぅっ……!」
「はあ……。相変わらず、めんどくせーヤツ」
 地べたに這いつくばって号泣するノーメガネ(登場の際にサーシャが壊してしまったため)に、溜め息混じりの鼻息を漏らす。と、そんなノーメガネくんに、ゼノが興味深そうに首を伸ばした。 
「何だ。もしかして、フェイルくんは女の子にフラレたのか? そうか、そうか。じゃあ、今日のお礼と言っては何だけどさ。今度、僕の知ってるデートギルドを紹介してあげるよ。仕事柄、VIPに連れられていくことが多くてね。美女ばかりで有名なんだよ」
 兄ちゃんの発言に、すかさずフェイルが身を起こす。
「ぜ、ゼノさまァ! ですから私は別に、ふ、ふふふふふふフラれたわけではないと申しているではありませんかァ! それにデートギルドなんて、そんな不埒なギルド……。仮にも元騎士である私が、そのような場所に足を運ぶなどと……すみませんが、その話。もう少し詳しく聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
 やんややんやと騒ぐ非モテ男どもから溜め息交じりに視線を逸らし、サーシャは少しずつ白みはじめた空を見上げた。
「結局、犯人に対する手掛かりはゼロ。捜査の進展ナシ、かー」
 もぐもぐと肉汁でたっぷり膨らんだ頬を動かしながら、ぼそりと呟く。
 何となく一山乗り越えたような気分になってしまうが、状況は依然として変わっていない。エリナさんを襲撃したジャムカに逃亡を許してしまった今、真犯人に繋がる手掛かりも完全に失われてしまった。
 LOP調査団が視察に訪れるのは翌早朝。つまり今日中には、この事件を解決に導かなければならない。タイムリミットが迫っている。このままではエリナさんをはじめ、あの平凡で、のどかな村の人々から笑顔が失われることになってしまう。
 犯人が、なぜ事件に手を染めたのかはわからない。でも例えそこにどんな事情があろうとも、他人の平穏に暮らす権利を奪っていいものか。身勝手な理屈や欲望を振りかざし、人々を苦しめる犯人を絶対に許せない。
 真犯人は、自分の手で必ず捕まえてみせる。
「うそーん! ナイスバディの極嬢ギャルたちが、しこたま所属ぅー? しかも水着サービスありぃー? おっほぉー! ゼノ様それってマジですかァー!」
「うん。しかも、それだけじゃないよ? あのギルドには『ロリコン・コース』や『熟女・コース』など、各人の好みによって様々な属性(クラス)を選ぶことができるんだ。しかし、それにしてもフェイルくん。キミも相当に好きモンだねェ」
 にやにやと唇を曲げる兄ちゃんに、同じくゲハゲハ鼻の下を伸ばしていたフェイルが、一転して、きりっとした眼差しで告げる。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro