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デンジャラス×プリンセス

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「いつか誰かが何とかしてくれるなんて思うな! 今、お前がココでやれ! 恐怖なんてなァ! 自分が作りだした、ただの幻想なんだよォっ!」
「お、チビ……ちゃん……」
「兄ちゃん……。アタシに……やればできるって……。勇気を見せてよっ……」
 最後の言葉は予定していたはずの半分ほどの声量しか出ず、代わりに目の前が不安定に霞んだ。一気に全身から血の気が引いていく。さすがに、無理しすぎてしまったようだ。ふらつくサーシャの肩が、そっと優しく抱きとめられる。揺らめく視界のなか、フェイルがゼノに向かって微かに頷きかけているのが見えた。
「くっ……。おチビちゃん……。オレは……。オレは……ッ!」
 フェイルの腕のなかに包まれながら、サーシャは震える親指を兄ちゃんに向かって突き立てた。大丈夫。兄ちゃんなら絶対できるから。
「オレは……オレは……ッ」
 前歯で唇を強く噛みしめていたゼノが、ゆっくりとジャムカを振り返った。「オレは……ッ!」。頭上にわだかまる霧を一掃するように一度首を大きく振り、それから傍らに突き刺さったフェイルの剣の柄を握ると──一息に地面から引き抜く。
「ひゃはァっ? おいおいぃ! そりゃ、何のつもりだァ? もしかしてオレっちと、やり合う気にでもなったかァ? でも、ざァーんねんっ! もう、おせェーよぉおぉッ!」
 直径十メートルは超えるであろう巨大な雷球をシミタ―の先端に宿し、お得意の壊れたような爆笑をジャムカが爆発させる。人間としての大切な何かが失われた殺意と悪意の集合体。その凶暴で歪んだ塊が、がっちりとゼノの命をロックオンする。

 兄ちゃん。アナタの敵は初めからあの男じゃない。
 本当は、わかっていたんでしょう? 
 真の敵を倒すには、自分以外にはありえない。
 逃げても誰も助けてはくれないのよ。
 だから、闘え。
 辛くても。苦しくても。

 自分を信じて。

 人はいつでも変われるはず。
 見せてよ。弱さを克服する信念の強さを。
 
 アタシたちは、どんなものにも屈しない。そんな強さがあるはずでしょ……?

「いひぃひぃっ! あひぃっ! さ、さささささァ、パティちゃんのもとへ、いってらあァあァしゃァああいあァっ!」
 轟くジャムカの死の号令。大気を爆発させながら撃ち放たれた巨大な雷球が、黒紫の螺旋を描きながら霧の谷を暴力的に引き裂き、一直線に進撃する。
 その先にいる人物──ゼノを、絶望の毒牙にかけるために。
「ごめん。パティ。一度でいい。一度だけでいいから……。オレに勇気(ちから)を貸してくれ……っ!」
 天変地異のごとき雷が暴れ狂う戦場で、ゼノの全身が青白く燃え盛るのを、サーシャは確かにこの目で見た。
「お前なんかに……。お前なんかに……負けてたまるかああァあぁぁあぁっ!」
 迸った魂の叫びは、直後に炸裂した爆音のなかへと呑みこまれていく。 
 荒れ狂う光の乱舞が、サーシャの視界を一気に奪い、塗りつぶしていった。

「んぐ、んぐ……。ぷっはー! んまいっ! やっぱ、疲れた体に味の濃い濃い、お肉は染みるわぁん(はあと)」
 ほっぺたに喜色を弾けさせ、サーシャは両手に持った骨付き肉に、交互にかぶりついた。目の前にはフェイルが熾した火を中心に、ずらりと串に刺さった肉が並べられている。ざっと十人前くらいはあるだろうか。旨みを含んだ脂が炎に滴り、じゅうじゅうと実に食欲をそそる香りを立ち昇らせている。
「姫様。もうちょっとお行儀よく頂いてはどうです? どこかの山賊様ではないのですから。はしたないですよ」
「んぐ、んぐ……。いーじゃん。だって、おなか減ってるんらもーん」
 苦笑交じりにフェイルが手早く火にかざした肉を裏返していく。焼き加減については、この男に任せておけば問題ナッシング。サーシャの仕事は、出来あがった料理を美味しく頂いてやることのみ。
 時は、ミダス村への帰路の最中。道中、ブタイノシシ系の野性モンスターを捕獲したサーシャたちは、遅い夕食がてら、こうして仲良く焚火を囲んでいるのであった。 
「むぐ! むぐむぐむぐーっ! あーん! んまい! んまいわ、フェイルっ! こんなに美味しいご飯は、余は久しぶりであるぞよー……って。ちょっと兄ちゃん! どしたの! さっきから全然食べてないじゃないのよ」
 サーシャたちのやり取りを微笑ましそうに見つめていた兄ちゃんに、びしっと片手の肉を突きつける。
「ん。ああ。ごめん、ごめん。あんまりお腹が減っていなくてさ。それに、おチビちゃんたちのことを見てると何だか楽しくて」
 相も変わらずの童顔を、兄ちゃんが穏やかに綻ばせる。 
「お腹減ってないぃ? 昨日から、ろくに食事も摂ってないのよ? 兄ちゃんって見かけによらず、小食男子なのねー……ってか、おチビちゃん言うなっての!」
 お約束もそこそこに、ほぼ一日ぶりの食事を大いに満喫。びよーんとゴムのように伸びた肉を引きちぎり、ぴちゃぴちゃガツガツ音を立てながら咀嚼する様は、とても元プリンセスとは思えないことだろう。世のお姫様ファンの方々には本当に申し訳ない限りである。でもでも、ぶっちゃけこれが現実ってものなのだよ。サーシャからすれば、世間のお姫様キャラの方が、よっぽど違和感アリアリだ。もっと自分を主張すりゃーいいのに。
「ゼノ様。胸中お察します。私も、つい先日までは食事もろくに喉を通らないほど沈んでおりましたから。……嗚呼、奥さん(涙ほろり)」
「……こいつ、いつまで引っ張ってんのよ」
 じと目を投げかけ、新しい骨付き肉ちゃんを掴み取る。小瓶に詰まったフェイル特製のスパイスを振りかけるや、獰猛な肉食動物にように喰らいついた。失った体力と魔力を回復させる一番の方法は、結局は食事と睡眠が一番なのだ。これは全世界共通のこと。
「むぐむぐぅ! ……にしても、結局、逃げられちゃったかー」
 脂で、てらてらと艶光る唇を動かし、サーシャは呟いた。
 あの後、雌雄を決するべく放たれた二人の攻撃は、結局のところ相打ちという結果に終わった。ゼノとジャムカの繰り出した渾身の一撃が掛け値なしにぶつかり合い、結果、見事に相殺されたのだ。同じ質量の魔力と魔力が衝突した場合、強い魔力が弱い魔力を退けるという単純な減算方式が行われる。今回の場合、対立し合う二つの魔力の質量の差がちょうどゼロになったため、互いの魔力が霧散するという極めて珍しいケースが起こったのだ。
 そしてその時の混乱に乗じ、非情の暗殺者は姿を消してしまった。その機転と生に対する執着心は、敵ながらさすがと言わざるを得ないだろう。
「そうですね。あれほどの重症を負い、なおかつ膨大な魔力を放出しながら、衰えることのない冷静な判断力で危機を脱する。さすがにA級賞金首の名はダテではないようです」
「うん。それと、一つ気になったことがあるのよね。あいつ、あの登場の仕方からしてさ。どうやら、アタシたちを待ち構えていたっぽいのよ」
「待ち構えていた、ですか。つまり逃亡するふりをして、実はあの場に姫様たちを、おびき寄せていた、と?」
 黒衣の集団を従え、霧の奥から姿を現した当時の光景を思い返す。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro