デンジャラス×プリンセス
サーシャたちが所持している携帯型は安定通信といった側面から見ても、まだまだ課題が多くあるため、一般普及までには至っていない。そもそも値段からして目が飛び出てしまうほど高価なため、とても一般人には手の出せる代物ではないのだ。だからといって盗んだわけじゃないぞ。武道大会の副賞として献上された、列記とした正規ルートで手に入れたアイテムなのだ。
「ふぃー。仕事を選ぶような立場じゃないとはいえ、早朝から日が暮れるまでの重労働は、さすがに堪えるわよねー」
自慢のすべすべ雪肌も、日焼けでこんがり色づいてしまっている。仕方がないこととはいえ、そこは年ごろの女の子。炎天下での屋外の作業や睡眠不足によるお肌の荒れは悩みの種だ。そもそも、同じ時間、紫外線ビームを受けているのに、ほとんど日焼けしないフェイルが恨めしくてしょうがない。
「依頼料の振込も確認致しました。それと、これは先方から選別にとのことです」
傍らに置いてあった茶色の紙袋を、こちらに寄越してくる。よっこらしょと身を起こし、袋をガサゴソしてみると、なかには見るからに新鮮なトマトやらジャガイモやらキュウリやらが詰まっていた。おお、今朝、引き抜いてやったダイコンちゃんもいるではないか。
「んー。鮮度抜群。おいしそ! で? あと、どれくらいお金は残ってるの」
言いながら、瑞々しさ満点のトマトに、ぶしゅっと歯を突き立てる。乙女の柔肌のような果肉を突き破ると、溢れ出るような果汁が一気に口中に充満する。んぐ。甘みと酸味が絶妙じゃな。
「はい。現在、約一か月は俗に言われるニートさん暮らしをするほどの蓄えがございます」
「うーん。それでも、一か月かー。やっぱ武道大会で大金稼げなくなったのは痛いわねー」
三ヶ月に一度、首都で開催される武道大会の優勝賞金は、当然のことながら高額。実際、この国にたどり着いた当初は、その賞金を元に生活費などを工面していたのだ。しかし、毎回、圧倒的な強さでフェイルが優勝をかっさらってしまうため(それも、ほぼ一撃ノックアウト)、回を重ねるごとに参加者が減少。さらに、毎回同じ人物が優勝することで、武道大会自体の盛り上がりも一気に下火に。「どうせ、また優勝はあの野郎だろ?」的な、しらけた空気になってしまったのだ。
これに危惧を抱いたのが主催者側。「これは、いかん。いかんぜよ!」と大人たちが額を突き合わせて対策を練った結果 ファイルに殿堂入りという、とっても名誉な称号を押しつけることに決めたのだった。
それにより、フェイルの出場資格は永久に消失。殿堂入りしたからと言って何がどうというわけでもなく、ただ体よく追い出されてしまった格好だ。ま、わからないでもないけどね。
「ふーむ。で、例の件は相変わらず進展ナシなのよね?」
「はい。申し訳ございません」
背筋を伸ばしたフェイルが深々と低頭する。この話題になると、さすがにこの男も、しおらしさを覗かせる。
「奴が最後に出現してから、約三年、か」
そろそろ表舞台に現れてもいい頃ではあった。いや、近いうちに必ず姿を見せるはず。最近、そんな予感がビシバシと心に訴えかけてくるのだ。
「お気持ち、察するに余ります、姫様。ですが、ここは焦らずに参りましょう。チャンスは必ず訪れますから」
「んなこと、わーってるわよん」
母国からの追っ手を振り切りながら、ヤツの情報が入ってくるのをひたすら待つ。もどかしい状況だが相手が相手ゆえ、闇雲に動きまわることは得策ではないのだ。
「国外に逃亡して、早五年か」
隣国であるこの国に身を置くサーシャにも、ファラミア女王国の情勢は嫌でも耳に入ってくる。最終的に勝利したのは新女王派で、サーシャにとっては実の妹が即位したことになる。クーデターを成功させたことにより、母の代から続く王宮内の勢力は綺麗に一掃され、王宮内の主要ポストはすべて新女王派によって取って代わられているようだ。新女王派は、名実ともにファラミア王国を牛耳る勢力となったわけだ。
「……ま、今のアタシには関係ないけどさー」
女王の椅子なんて、もともと欲していなかったのだ。そんなことよりも、サーシャにはやらなければならないことがある。それを達成するまでは、何が何でも死ぬわけにはいかない。
「素性を隠しながら、謎の解決屋として名前を売っていく。そうすれば、いずれ必ず奴に繋がる有力な情報が得られるはず」
お金も入るし、一石二鳥。玉石混合たる魔道ネットワークの情報を頼りにしらみつぶしに潰していくよりも、よほど効率がいいし、信ぴょう性も高い。そもそも、表立って活動できないサーシャたちには、今はこれしか方法がないのだ。
残ったトマトを口に放り込み、そのまま寝転がって夜空を見上げる。解決屋としての実績を積み重ねていけば、いずれはどこぞの国レベルの仕事も舞い込んでくるかもしれない。そうすれば、しめたものだ。あらゆる情報媒体を駆使し、必ず奴の尻尾を掴んでやる。
「……ふぁーあ。にしても、今日は一日シンドかったなー。さすがのアタシも疲れちゃったわーん」
ふかふかの草原のベッドで、ころりんと寝返りを打つ。よほどのことがない限り、宿屋の類は利用しない。これ、倹約する身ゆえの心得である。合言葉は『贅沢しません。勝つまでは!』
「あー。お星様が、キレーだにゃー」
夜空の星を一つ一つ数えているうちに、ほろほろと意識がまどろんでいき、いつしかサーシャは深い眠りに落ちていった。
香ばしい匂いが鼻腔を刺激し、次の瞬間にサーシャは目を覚ました。
んぐ。寝起きの食欲をダイレクトにそそる、実にいい香りぞよ。まだ完全に覚醒しきらない脳で、がばっと身を起こす。ふんふんと匂いのもとを辿っていくと、赤々と燃える炎に香ばしく焼かれる串付きの鳥肉が視界に映りこむ。
「あー。とりしゃ〜ん」
じゅうっと脂を炎に滴らせる美味しそうな鳥肉に、たまらずサーシャは飛びつこうとして──がっしりと背後からその体を抑えつけられた。
「何をなさっているのです、姫様。鳥肉ともども丸焼けになるつもりですか」
「うー。焼き、ぷりんせすのできあがりー」
「全然笑えませんから。寝ぼけてないで、いいかげん目を覚ましてください」
だらだらと涎の線を地面に引きながら、フェイルに抱えられて炎から遠ざけられる。ほけーっと、地面にお姫様座りをするサーシャに、フェイルがまず水筒の水を手渡してきた。半ば無意識に口をつけると、爽やかな香りが口から鼻へと突きぬけるように広がっていく。むむ。この香りは、どうやらエモーショナル・フルーツが絞ってあるな。エモーショナル・フルーツとは、この地方の名産である果実で、爽やかな酸味と甘みが特徴のグッドテイストのフルーツだ。緩んだ意識も、少しずつ引き締まってくる。
「……ごきゅ、ごきゅ……。ふぃー。ふっかーつ。おめめ、ぱっちりよん♪」
「まったく。姫様の寝起きの悪さときたら。いつになったら改善されるんでしょうね」
言葉とは裏腹に愉快そうに呟きながら、フェイルが炎で焼かれた鳥、すなわち焼き鳥に、小瓶に注がれた酒を浴びさせる。ああやってチキンに吟醸酒をたっぷりとかけて焼くと、鳥の臭みが抜けるのだ。十分に焼き上がったのを見計らい、手持ちの塩を少量振りかける。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro