小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

デンジャラス×プリンセス

INDEX|29ページ/55ページ|

次のページ前のページ
 

「へっへっへェ! やってくれんじゃねぇかァ! お嬢ちゃんよォ!  まさか、あーんな、とんでもねェ大魔導をぶっ放してくれるなんてなァアァッ!」
 衝撃とダメージで霞んだサーシャの視界に、ゆっくりと黒い人影が浮かび上がってくる。不穏に張られた薄霧の向こうから姿を見せたのは、見覚えのある黒い立ち姿。しかしその容貌は先ほどまでとは違い、巨大なダメージを被った証のごとく全身の至るところが裂け千切れ、自身の大量の鮮血によって鮮やかな紅に染め上げられている。
「くっくっくッ。ったくよォ! たかだか女子供を始末するだけの楽な仕事のはずだったんじゃねェのかァ? それが『第七天』だとォ? 冗談きついぜェ!」
 天に顎を向けて絶叫し、それからすでに大部分が欠けているジョーカーの面に男が手をやった。一泊のタメをつくり、直後に勢いよく、むしり取る。
 正体を現した素顔は、想像通りの悪人顔だった。狐のように鋭くつりあがった両目に、浅黒く焼けた頬に刻まれた鋭い二本傷。不気味なほどに紅く長い舌を、ちろちろと左右に振り動かしている。
 その特徴的な人相に心当たりがあり、サーシャは思わず唇を噛みしめた。
「……まさかとは思ってたけど。やっぱりアンタの仕業だったのね。元、魔人間(イービル・ワイズ)所属の重犯罪者(レッド・クライマー)。人呼んで、『暗殺者(アサシン)ジャムカ』」
「ほう! お前さん、オレを知ってるのか!」
 にっと歯並びの乱れた口を剥き、嬉しそうにジャムカが両手を横に広げる。
「はっ。当たり前でしょ。アタシ、これでもプロの『トラブルシューター』なのよ。賞金首(ブラックリスト)上位者の顔と名前くらい、すべて頭に入ってるわ」
「とらぶる……? ああ。なんか聞いたことあるぜェ。確か、世界中で開催されてる武闘・闘技・決闘だかの大会を、ぶっちぎりで制覇しちまうっていうスゴ腕剣士がそんな名前だったよなァ? ……ん? でも、待てよ。確かそいつは、仮面の上にメガネをかけた、けったいな男(やろう)だっつー話だったが……。お前、そんなナリして男だったのか」
「誰が男よッ! アンタ、バカなのっ! こーんな可愛い子捕まえて、だ・れ・が男よッ!」
「……ちげーの?」
「違うわよっ! てか、見れば分かるでしょ、見ればッ!」 
「いや、見てわかんねぇから言ってんだよ。だってよー。お前、色気とか全然ねーし。オッパイなんか、ほとんどねェじゃねェか」
「あ、ああああああ、あるわよ! おっぱい、あるわよッ! ……そりゃー、今はちょーっと控えめだけどさ……。これから大きくなる予定ですぅッ! そうよ。だってお母様は、あれだけの爆裂ゼリーボディちゃんだったんだもん……。アタシだって将来はきっと……」
 世の男どもの目玉がハートマークになっちゃうくらいの『せくーしーがーる』になるはずっ。それなのにいまいち声に覇気がないのは、何も自信のなさの表れじゃないぞ。あくまで謙虚になっているだけなのだっ!
「いや、やっぱ信じられねェな。お前、実はキン○○ついてんだろ?」
「な、な、な……! こ、ここここここれは、重大なセクハラ行為よッ! 今すぐ国際裁判所に行って、アンタを公然エロフレーズ罪で訴えてやるうっ!」
 顔を真っ赤にして憤慨するサーシャに、世界中から恐れられる暗殺者が、からからと笑みを打つ。いかにも余裕ありげに振る舞ってはいるが、しかしその裸足の足元は先ほどから不安定に揺れていた。やはり先ほどの魔導による肉体の損耗は隠しようもないようで、この男の深刻なダメージの深さを如実に物語っている。
 しかし当の本人はそんなことはおくびにも出さず、二本傷の刻まれた顔に余裕の笑みを過らせる。
「ま、冗談はこれくらいにして……と。嬢ちゃん。悪ぃが、こっちも仕事なんでなァ。てなわけで、お前さんの命(タマ)いただことにするぜェ」
 まるで今夜の夕食の支度でもするように、ジャムカが腰に差した灰色の鞘に手をかけた。にやりと唇を歪めると、暗雲立ち込める夜空の下、見事な三日月の流線を描くシミタ―を鋭く抜き放つ。
「ふん。誰に依頼されたのか知らないけど、かよわい女の子を標的にするなんて、アサシン・ジャムカも地に落ちたものね」
 気を取り直して言い放つと、サーシャもクロークの胸元から携帯用の小刀を引き抜いた。果物の皮を剥くなど簡単な調理に使用するために所持しているもので、ジャムカの獲物と比べるといかにも貧弱だが、すでに魔力が底をついているサーシャにとっては唯一、頼りになる武器だった。
 ゆらゆらと振り子のように足元でシミターを揺らしながら、傷だらけの暗殺者がゆっくりと歩み寄ってくる。いくら相手が満身創痍の身とはいえ、それはサーシャも同じこと。事実、小さなナイフ一本を構えているだけで、この呼吸の乱れようだ。正直、平静を装っているのが、やっとの状態。そんなサーシャの心理状態を知ってか知らずか、ジャムカが粘着質の笑いを浮かべたまま、一歩、また一歩と、まるで獲物をなぶるようにして進んでくる。
 そんな暗殺者にもせめて気力では負けまいと、サーシャは正眼に構えた直径五十センチほどのナイフに力を籠めなおした。この小さなナイフが、まるで直径三メートルほどもあるバスタードソードのように重く感じられる。少しでも気を抜いたら、足元から崩れ落ちそうだ。
 今のアタシに、こいつを倒せるの……? いや、弱気になっちゃダメだ。こんなところで、むざむざ殺されはしない。
 そうだ。『ジョーカー』に復讐を果たすまでは絶対に死んでたまるもんか!
「ひゃあっ! ひゃあっ! ひゃあっ! いいぜェ……。たまんねぇなァ……。その苦痛に歪んだツラ……。生への執着。そして、死への恐怖。オレァ、女子供を殺(や)る時ってのが、いちばァーん好きなんだよぉおおおおぉ……っ」
 涎が滴る口元を拭い、ジャムカがふらふらと、にじり寄ってくる。お互いに耐力は残されておらず、さらに手にした武器では圧倒的にサーシャが不利。ならば、ここは先手必勝。攻撃をされる前に、敏捷性を活かして一気に勝負を決めてやる。しかしその思いとは裏腹に、体が言うことをきいてくれない。そうこうしているうちに、ジャムカの間合いまで、あと数メートルの距離と迫ってくる。 
「……さあ、覚悟はいいかァーいッ? おぅねェんっねェ(おねんね)の時間だァァぜェェェ! おじょーちゃァあァアあァあァあァん──ッ!」
 絶叫を振りまきながらジャムカが低く腰を落とした──まさに、その瞬間だった。

「うああァアァアァァっッ!」
 甲高い絶叫が迸るや、薄霧の幕を切り裂き、何者かがこちらへ飛びだしてきた。凄まじいスピードを駆ったまま、ジャムカの無防備な背後に襲いかかる。短い舌打ちを鳴らし、ジャムカが即座に左方に飛び退いた。回避する背中を追いかけるように、直角の軌跡を引いた第二撃がジャムカを狙い撃ちする。
 捉えた! そう思った刹那、ガキィン! と甲高い金属質の衝撃音が高鳴った。さすがはジャムカというべきだろうか。あの体勢から腕を背中へ伸ばし、シミター一本でガードに成功している。打ち出された二人の武器の間で、ぱあっと盛大に光の火花が飛び散った。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro