デンジャラス×プリンセス
エリナさんは、ツンデレに想いを寄せている。一方のツンデレの心の奥底はまだ見えないが、少なくとも彼女に悪意を持っていないことだけは確かだ。根拠はない。女の勘が、びしびしそう伝えているのだ。
とにかく、人々は怒りと憎悪で周りが見えなくなってしまっている。このまま彼らに任せていたら事件解決など夢物語だ。このままでは真犯人の思惑通り、ツンデレはLOP強奪犯として処断されるか、もしくはこのまま永遠に村を追放されることになってしまうだろう。
その結果、待ちかまえているのは他でもない。この村の破滅だ。真犯人を捕まえることができなければティアラは絶対に見つからない。彼らには、その事実が見えてないのだ。
こうなったら、もう自分が何とかするしかない。さらなる勢いで喚き立てる村人たちに、サーシャは静かに背を向けた。
「おい、おチビちゃん。どこへ行くんだ!」
一部の過激な村人を制止していた警備兵の兄ちゃんが、遠ざかっていくサーシャに気づき、叫んだ。
「決まってるじゃない。アタシはプロの『トラブルシューター』よ。依頼人をこんな目に遭わされて黙ってるわけにはいかないじゃない? てか、お前またおチビちゃんっつったな? 次言ったら殺すって言ったよな? ま、魔力もったいないから今回だけは許してやるけどー」
ぷいと、そっぽを向いて歩き出す。そんなサーシャに、珍しく色めきだった兄ちゃんの声がしつこく追いかけてくる。
「何を言ってるんだ! オレの話を聞いていたのか! Aは、おチビちゃんが考えてるほど甘い場所じゃないんだぞっ! 子供だからって何とかなると思ったら大間違いだッ! ……おい、おチビちゃん! おチビちゃ……!」
「はっ。『ジョーカー』のモノマネ野郎が。アタシの前で好き勝手やってくれるじゃない……? マジで、ふざけるんじゃないわよ……ッ!」
すでにサーシャの意識には、制止する兄ちゃんの言葉など届かない。
アタシにケンカを売ったことを後悔させてやる。無意識に口元に笑みを浮かべ、次の瞬間、サーシャは力強く地面を蹴り飛ばした。
第三幕 Cast Your Shell
『アストラル・タウン』への道程は、サーシャが想像していた以上の険しさだった。
「……確か、西って言ってたわよね。進んでも進んでも山ばっかで、なーんにもないじゃない」
人の足跡一つ残されていない狭い獣道を歩きながら、ぐいっと額に滲んだ汗を拭う。
現在、サーシャがいるのは、どこぞの霊峰だか山脈だかの、ちょうど中腹辺りだと思われた。周囲は背の高い木々が鬱蒼と生い茂り、下界への景観は完全に閉ざされている。まるで山全体が森で覆われているような、実に自然に恵まれた環境だ。
すでに日はとっぷりと暮れ、周囲には不気味な雰囲気が、ぷんぷん漂っている。
「よっと! ……はあ。こんなことなら、ちゃんと正確な場所を聞いておけばよかったわん。ていうか、ホントにこっちで合ってるんでしょうね? あの兄ちゃん、西も東も区別つかなそうだから結構不安だったりして……って、いたっ! ちょ、なーにぃ、この枝ァ。どんだけトゲトゲしてるのよぅ! もうっ!」
一人旅の寂しさを紛らわすように大声で文句をこぼしながら、道なき道へと足を踏み出しかけた、その時だった。
がさりと背後で枝葉がうごめき、サーシャは反射的に身構える。
「……ひゃっ! ななな、なに、なに、なに? もももももも、モンスター? ……ちょっと、そこにいるの! 隠れてないで出てきなさいよ!」
愛用のレイピアを正眼に構え、震える声で怒鳴りつける。へっぴり腰なのは気にしない。これはわざと怖がっているように見せかけて、相手を油断させる立派な作戦なのだ。
ここまで辺境仕様のモンスターの姿を何度か見かけたが、うまくやり過ごすことができていた。しかし、どうやら今回ばかりはそうはいかないようだ。すでにサーシャの姿は相手に確認されているため、このまま逃げ出しても背後から襲われる危険性がある。
恐怖から口元を意図せず笑いの形に歪めるサーシャの目の前で、前方の茂みが大きく左右に揺れた。頭上で輝く月明かりが唯一の光源のため、視界はひどく悪い。後先考えずに村を飛び出してきてしまったので、ランタンの類などを持っていないのだ。
厚く生い茂った枝葉を通して到達する月光はひどく頼りなく、視線の先の暗闇の奥を窺い知ることはできない。
「ちょ、ちょっと、聞いてるの? ……しょ、しょうがないわねぇ。アタシ、今ちょっと急いでるから、今回は特別にアンタのコト見逃してあげるわ。五秒数えるから、その間に、どっか行っちゃいなさい。ね? わかった? いいわね? お願いだから、どっか行ってよ……? そ、それじゃ、数えるわね! い、いーち。にぃー……?」
後ずさりと同時にカウントダウンを始めた──次の瞬間。野太い咆哮とともに暗闇から巨大な影のようなものが飛び出してきた。人間を遥かに超えた跳躍力で、サーシャの頭上目がけて舞い躍る。
「ひぎやあぁあぁあぁあっ! く、来るなっ! ばけもの! あっちいけっ! きゃあああああ〜! たたたた、たべられるぅうううううううーっ!」
レイピアを放り出し、その場にしゃがみこんだ、刹那。両手で頭を抱えるサーシャの傍らに、別の方角から、とんと何かが軽やかに降り立った。間髪入れずに、頭上で風を切り裂く鋭い音が乱舞する。続けて、どさりと何かが崩れ落ちるような重量感のある音響。
一体何が起きたのかと、恐る恐る頭を持ち上げる。視界に飛び込んできたのは──イノシシ型のモンスターが地面でぴくぴくとその巨体を痙攣させている光景だった。
どうやら、サーシャがこのイノシシモンスターに襲われそうになったところを、何者かが助けてくれたらしい。
そしてこんな窮地を救ってくれるのは、いつもあいつしかいない。
「ふぇ、ふぇいふー(フェイルぅ〜)。アンダ今まじぇ(今まで)あにやってだのじょー……?」
涙目で振り返った先にいたのは──見知ったメガネ騎士ではなく意外な人物だった。
「大丈夫か。おチビちゃん」
張りのある第一声を放ったのは、何とあの警備の兄ちゃんだった。何でこいつが、こんなトコに? と困惑ししつつも、立たせてもらおうと伸ばした両手を引っ込め、すぐさま立ちあがる。服のホコリを念入りに払ってから、こほんと一つ咳払いをすると、努めて平静を装いながら言った。
「あー。えー。ええと……。な、何でアンタがこんなトコにいんのよ」
じろっと横目を投げつけると、兄ちゃんが相変わらずの純真無垢な顔で微笑んだ。
「決まってるだろ。おチビちゃんが心配だから、ついてきたんだよ」
「はあ……? てか、その前にアンタ、ティアラ盗難による契約違反で拘束中の身でしょ。勝手に村を出たら逃亡したと思われちゃうじゃない」
「はは。心配してくれてるのか。ありがとな。だけど、大丈夫。村長さんも、きっとわかってくれるさ。それに、オレは逃げたりなんかしないよ。自分が犯したミスの責任は、甘んじて受け入れる覚悟さ」
親指を突き出し、堂々と言い放つ。おいおい。この兄ちゃん、マジ言ってんのかよ。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro