デンジャラス×プリンセス
もっともな意見だと自覚してるのか、小さく首を伏せ、兄ちゃんが言葉を継ぐ。
「仕方ないんだよ。政府の人間が『アストラル・タウン』──A(エー)──の存在に気づいた時には、もう手遅れだったんだ。この国の西部、特にあの辺りは天然の要害で、攻める側は圧倒的に不利な地形でね。制圧するには相当な被害が出ることが予想されたんだ。
だから政府は、彼らの自立と自治権を認める代わりに、ある取引を持ちかけることにしたんだよ。その内容は『『アストラル・タウン』に籍を置く人間が街で犯罪をしないこと』。それをAのリーダーは、あっさりと承諾してね。その契約を反故した場合、厳正に対処することを約束したんだ」
すぐに、それを裏づけるかのような出来事が起きた。街に住んでいた幼い少女が、Aの人間に暴行された事件が発生したのだ。翌日、犯人は同じAの仲間たちによって処断された。事情を知る者によると、犯人は目を覆いたくなるような凄惨な死を遂げたらしい。やることは過激だが、約束は絶対に守るという強い意思の表れを感じるエピソードではある。
「実際、Aが誕生してからは、皮肉なことに都市や町・村レベルでの犯罪発生率が極端に減少したんだ。ボクは警備ギルドに属しているから、その変化は顕著に感じている。それまで野方図に犯罪を繰り返していた彼ら(犯罪者)が一人のカリスマによって統制され、そこに秩序というものが与えられたのさ」
複雑そうな面持ちで告げ、警備の兄ちゃんが小さく吐息をつく。。
「だから、今は政府も静観をしているっていうのが現状なのさ。言ってみれば、国のなかに、さらに別の国があるようなものでね。今はAへの道には幾つもの関所が設けられ、外部から訪れる人間は容易に街に近づくことすらできないんだよ」
無念そうに下唇を噛みしめる兄ちゃん。気持ちを同じくするように、村長さんや村人たちも、みな暗い面持ちを浮かべている。
そんな彼らを瞳の動きだけで眺めやり、それからサーシャは、ふんと一つ鼻を鳴らしてやった。
「だから、何? そんなのアタシには関係ないわ。問題は、エリナさんを襲った犯人がそこに逃げ込んだのかもしれないってことでしょ」
「……話を聞いていたのか、おチビちゃん。Aには、ここにいるような、まともな人間は誰一人として存在しないんだ。犯罪者たちの街なんだぞ? 外部の人間には手を出さないと言っても、領土内に入ってしまえば話は別だ。心配しなくても、今回の事件について事が明るみになれば、犯人はきっと相応の裁きを受けるはず。だから僕たちは大人しく……」
「だーっ! 男のくせに、ごちゃごちゃとっ! そんなのアタシには関係ないって言ってんの! てか、次おチビちゃんって言ったらマジ埋めるからな、お前!」
びしっと人差し指を突きつけ、それから、ばさりとマントを翻す。
「おい、貴様。このボンクラ警備兵の言うとおりだぞ。お前みたいな子供に、一体何ができる? それどころか、のこのこ行って捕まりでもしてみろ。何をされるか、わかったもんじゃないんだぞ」
ご丁寧に忠告をくださる村長を首だけで振りかえり、サーシャは不敵に唇を釣り上げた。
「面白いじゃない。ホントにアタシみたいな、コ・ド・モが、行ってもムダなのか。試してみましょ(はあと)」
うふっと挑発的に片目を閉じる。呆れたように半口を開けていた村長が何か言おうとした──その時だった。
「シャナンが逃げたぞ!」
突如、響いた声に、この場にいる全員の目が否応なく引き付けられる。
「何だと? おい、どういうことだ!」
予期せぬ展開に奇しくも平静を取り戻した村長が、怒鳴るように叫んだ。
「そ、村長っ! そ、それが、ちょっと目を離していたスキに、広場に吊るしていたはずのシャナンの姿がいつの間にか消えてしまったんです!」
「な、何だとォ?」
事の重大を認識しているのだろう。真っ青な顔で平謝りする村人を前に、この場にいる人々の間から、一斉にどよめきが起こる。
「なんと……。逃亡したというのか! しかし、一体どうやって……? 見張りは、ちゃんとしていたんだろう?」
「じ、実は、エリナ様のことが心配になり、少し持ち場を離れてしまったのです……。少し経って戻ってみたら、このようなことになってしまい……。迂闊でした!」
今にも泣きだしそうな表情で、村人が必死に頭を下げる。エリナさんが心配なのは誰もが同じこと。それを理解しているのか、村人の間から彼を非難する言葉は一切出てこなかった。それは村長も同じようで、諦めたように彼から目を反らすと、悩ましげに眉間に皺を寄せながら小さく唸る。
「うむぅ……。ここに来て、シャナンが逃げてしまうとは……。ん、待てよ。……あいつが自由になった途端、『ジョーカー』が現れた……? ということは、まさか。エリナを襲った犯人は……」
「間違いない。シャナンですよ! 村長も知っているでしょう! ティアラを盗んだ『ジョーカー』は、あいつなんですから!」
「そうです! あの野郎、そのまま『アストラル・タウン』に保護してもらう腹づもりなんですよ! そうすれば、誰も手出しをすることができなくなる!」
「くそっ! なんてやつだ! ティアラを盗んだあげくエリナ様にまで手を出すなんて!」
ツンデレ逃亡の事実に、沈下していた彼らの意気が奇しくも熱を帯びだす。
(ツンデレが、逃げた……?)
妙だ。ここに来てツンデレが脱走するなんて。あまりにもタイミングがよすぎやしないか。そもそも、一人でどうやってあの厳重な縄を解いたというのか。
村人たちの口汚い罵声が次々と頭上を飛び交っていく。そんななか、サーシャは、ちらりと村長に横目を向けた。視線の先の義父は深く俯いており、その表情を窺い知ることはできない。
「ねえ。ちょっと聞くけど、ツンデ……シャナンの見張りって、毎日、担当する人って決まってたの?」
「え。あ、は、はい。一応、村の男たちが交代でやることになっていまして。村長の奥さんが作ったスケジュールを元に、ローテーションで見張り番を決めていました」
「奥さん、ね」
サーシャが呟くと、ちょうど家の入口から、その奥さんが出てきたところだった。事の衝撃からか透き通った肌は冷たく青ざめて見え、そそくさと村長に歩み寄ると、ひそひそと何かを耳打ちする。途切れ途切れに拾いあげた単語を聞くところによると、どうやらエリナさんの具合に関する事らしい。大事には至らないらしいが、傷が思ったより深く、これから街に行って魔導薬を購入してくるとのことだ。
そんな二人のやり取りを遠目に見つめながら、サーシャは内心で巡らせる。
違う。犯人は、ツンデレじゃない。一度犯人として捕まっているあいつが、なおも『ジョーカー』のフリをして犯行を重ねるなんて不自然だ。そもそも、あいつには事件当日のアリバイがちゃんと存在する。犯行の手口はまだ未解明のままだが、それ次第では誰もが犯人になりうる可能性が残っているのだ。
それに、これはサーシャの極めて主観的な意見だが、あの不器用な少年が女の子、それもエリナさんを襲うなど天地がひっくりかえってもあり得ない。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro