デンジャラス×プリンセス
少女の話によると、犯行予告前日から当日の朝にかけて、ツンデレは夜通し労働をしていたとのこと。しかも、その場所はどんなに急いでも半日以上はかかる距離にあるらしい。
村長さんたちが帰宅し、奥さんによってティアラが盗まれていることが確認されたのが、犯行予告当日のお昼前後のこと。少女の目撃証言が真実ならば、その時間にはツンデレはどうやっても村に戻ってこれないことになる。つまるところ、ツンデレには列記としたアリバイがあったのだ。
そういえば、犯行予告日にツンデレの姿を見たという村人は一人もいなかった。元々、普段から村人たちと関わることがほとんどないため特に気にも留めなかったが、実際にはツンデレはその日は村にいなかったのだ。
そうなると、同じく村を不在にしていた村長さんたち同様、ツンデレにも犯行が不可能ということになる。そもそも容疑者のなかで唯一ツンデレだけが村に残っていたと思われていたゆえ、証拠もなしに彼が犯人扱いされていたのだ。
「……村長さんたちが出立したあとにツンデレも村を出て、そのままずっと働いていた。てことは、犯行予告前日からティアラが盗まれるまで、容疑者全員が村にいなかったってことになる……。でも、それにしたっておかしくない? あいつ、なんでそんな大事なコトを今まで隠してたの……?」
当然のように生じる疑問。なぜあいつは、皆の前でその事実をはっきり主張しなかったのか。
いや。
それとも、言えなかった……?
「『ジョーカー』が現れたぞ!」
サーシャの思念を打ち破ったのは、そんな村人の切迫した叫び声だった。
「『ジョーカー』だって? 本当か!」
弾かれるように声のする方へ振り向くと、ちょうどその男がサーシャたちのいる方向へ走ってくるところだった。片手には伐採用と思われる斧を持ち、声を聞いて駆けつけた同僚と思しき男性二人組に早口で捲し立てる。
「ああ! 何でもエリナ様が襲われたらしい! 相手は、顔に道化師の面をつけた、全身黒づくめの輩らしくてな。目撃した奴らによると、姿形はあの噂の『ジョーカー』とまったく同じだったそうだ!」
「ちょっと、アンタたち、その話ホントなの?」
血相を変えて駆け寄るサーシャに初めこそ戸惑いながら、事情を知る村人が神妙に頷く。
「あ、ああ。オレが見た時は、ちょうどエリナ様が自宅に運ばれていくところだったんだ。その話を聞きつけて、心配した村人たちが続々と集まってきていてな。ご自宅の前は、えらい騒ぎになってるぜ」
話半ばで軸足を蹴り、サーシャはすぐさま駆けだした。
「あ、お客さん。待ってください。アタシもいきますぅー」
慌てた少女の声を置き去りに、サーシャは一直線に村長の家を目指した。
村長さんの家の前は、すでに大勢の人々で、ごったがえしていた。
老いも若きも男も女も。エリナさんが襲われたという話を聞きつけ、心配した村人たちが大挙して訪れているのだ。その数、ざっと百人以上。エリナさんの人望の深さを窺わせる光景だ。
「ちょっと……ゴメン! 通して……ちょうだいっ!」
そんな村人たちの体を右に左にかき分け、人垣の最前面を目指して強引に進んでいく。押し合い、へし合いの、まるでお祭り状態だが、持ち前の小さな体を利用してスルスル前へと移動。小柄な体型でよかったと思う数少ない瞬間だ。
ほどなくして人壁から顔を突き出すと、そこには村長さんの自宅入口を守備するように仁王立ちする数人の屈強な男たちの姿があった。そのなかには、あの警備兵の兄ちゃんの姿も見える。心配した村人が押し寄せようとするのを必死に食いとめているのだ。
そんな彼らの一人に飛びつき、サーシャは叫んだ。
「アタシ『トラブルシューター』のサーシャっていうの! エリナさんは、アタシの依頼人よ。少しでいいから、彼女と話をさせて」
「し、しかし、今は誰も通すなときつく言われて……」
「誰によ! それより、エリナさんのケガの具合は? 命には別状ないんでしょ? 襲撃された時の状況は? 相手の人物について、詳しい情報を教えて!」
「ぼ、僕に言われても、わかりませんよぉ!」
体格はしっかりしているものの、どこかメンタルの弱さを滲ませる男が、眉をへの字に曲げる。こうしているより直接話をした方が早いと思い直し、警備の連中を無理やり突破しようと試みた途端、がっと何者かに後ろから肩を掴まれた。物凄いパワーだ。身体が全然動かない。反射的に振り向くと、そこには、はたしてあの雇われ警備の兄ちゃんの姿があった。
「ダメだよ。おチビちゃん。今は誰も入れるなって、村長さんに支持されてるんだから」
諭すような口調だが、言葉の端々には有無を言わさぬ響きがある。それでも無視するサーシャに、兄ちゃんが続けて語りかけてくる。
「それに、この人数で押しかけていったら、どうなると思う? 今は、お嬢様は安静にしなくちゃいけないんだ。おチビちゃんだって子供じゃないんだから、それくらい……って、らぐぎゃああああああああああああああああっ!」
「おチビちゃんって呼んでる時点で子供じゃないのよ! いいから、アンタは黙って寝てろ! そんなん承知でアタシは行動してんのよォ!」
雷系の魔導の衝撃が残る兄ちゃんをサイドキックで蹴り飛ばし、ドアノブへ手を差しだした、その時だった。目前の扉が、ゆっくりと外に向かって押し開かれていく。面積を増した隙間から村長が完全に姿を見せた途端、サーシャを含めて大騒ぎをしていた人々が、堰を切ったようにぴたりと静まり返った。
「娘が襲われた」
緊迫した空気のなか、サーシャの視線の先で村長が告げた。力なく下げられた腕の先は、何かを堪えるように微かに震えている。
「犯人は、『ジョーカー』の姿をしていた。恐らく、ティアラを盗んだ犯人と同一人物の仕業だろう。現場を目撃した妻の話では、ヤツはエリナに危害を加えた後『アストラル・タウン』と呟き、去っていったらしい」
「あ、『アストラル・タウン』だってェ?」
その聞きなれない固有名詞を耳にした途端、地面に転がっていた警備の兄ちゃんが、ガバリと跳ね起きあがった。端正な眉を中央に寄せ、唸るように低く声を上げている。
「ちょっと、何なのよ。その……『アストラル・タウン』って」
苛立ちも露わに問いかけるサーシャに、ちらりと村長が横目を寄こしてくる。
「確か娘の話では、お前はこの国の出身ではなかったな。……『アストラル・タウン』とは、別名『犯罪者たちの楽園』と呼ばれている、その名の通り、悪魔たちの巣窟のことだ」
「悪魔の……巣窟……?」
怪訝に眉を潜めていると、村長の話を補足するべく兄ちゃんが口を開いた。
「『アストラル・タウン』は、この村から西方に約五メルスほどいった、山岳地帯を中心に栄えた自由都市でね。今から十数年ほど前に、とある男が独立宣言をし、誕生した都市なんだ。外部からのあらゆる干渉を受けない自由な都市を謳い、現在に至るまで、街を追われた犯罪者たちを匿う街として、国の特別指定地区に定められているんだよ」
「犯罪者たちって……。何よ、それ。何で、そんな場所をむざむざ放置してるの? この国の司法は、いったいなにやってんのよ」
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro