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デンジャラス×プリンセス

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「うっさいわねー。ほっといてよ」
 小うるさく飛び跳ねる小虫を払うように、しっしと片手を振る。肌を灼く強烈な夏の陽射しも、頭上を覆う厚く生い茂った枝葉のおかげで幾分マシだ。先ほど村の露店で買ってきた果汁飲料をゴクゴク呷り、ほうっと一息。疲れた心に、ほどよい甘みが染み渡る。
「連れの色男は、どうした?」
「んー? 色男じゃないけど、あの軽薄メガネ野郎なら別行動。てか、四六時中、あんなのに付きまとわれてたら、ストレスで豚さん丸かじりにしちゃうわよ」
 情報収集の任を与えたのはいいが、真面目に仕事をしているかは微妙なところだ。実際、過去の例を振り返ってみても、今頃遊んでる可能性の方が高いだろう。それでも、サーシャがこんなに余裕しゃくしゃくなのは、仕事をないがしろにして手遅れになったことは今の今まで一度もないからだ。どうせ今回も、ギリギリで戻ってくるや「やっぱり私がいないとダメみたいですね。くすっ☆」的な、男前キャラを気取るんだろう。あー。想像しただけで腹が立つ。
「どうせ今頃、どっかのお姉ちゃんのオッパイを死に物狂いで追っかけてるわよ。ふん。あんなドすけべナンパ野郎なんか、超巨大オッパイに挟まれて死んじゃえばいいんだわ」
 イライラとその光景を想像しながら、果汁飲料を一気に飲み干す。オッパイ・サンドイッチによる圧死なら、あの男もさぞや本望だろう。
「ふっ。なるほどな」
 吊るし刑に処せられたツンデレが、小バカにするように口元を捻じ曲げる。それにしても、こいつは人の感情を逆なでするような薄ら笑いが本当に上手い男だな。世界生意気顔選手権でも開催されれば、満場一致で優勝だろう。 
「お前も、いい加減、諦めたらどうだ?」
「勘違いしないでよね! 別にアンタのために、やってるわけじゃないんだからね!」
 挑発的に口元を釣り上げるツンデレくんに反撃の一声。目には目を。歯には歯を。ツンデレにはツンデレを。
「てか、アンタどこまで評判悪いのよ。どうやったら、あんなに嫌われるわけ? マジ不思議でたまんないわ」
「そんなもの知るか。オレはオレの好きなように生きているだけだ。他の奴らのことなんか知ったことか」
「うっわー。出た! 出たよー 他人には興味ない発っ言―。いるわー。そういうクールぶってるのがカッコいいとか勘違いしてる、イ・タ・イ・奴ー!」
 両手の人差し指をツンデレに指し向け、やんややんやと騒ぎ立ててやる。さすがに気を悪くしたのか鋭い視線を照射してくるツンデレをスルーし、サーシャは今朝方、食堂のオバちゃんに恵んでもらったブルーベリーパンにかじりついた。あぐあぐ。ん! フルーティーなお味で、おいちーわあ。
「おい」
「あによー」
「……この事件に、本当に真犯人がいると思っているのか?」
「んぁ?」
「……とぼけるな。どうせ、オレの素性についても調べたんだろう?」
 パンで大きく膨らんだ顔を、ちらりと上向ける。さっきまでの人をおちょくった態度は影を潜め、どこか陰鬱そうな表情を浮かべながら、ツンデレは切れ長の瞳を遠い地平線へと向けた。
「みんなオレの姿を見て笑っているさ。いい気味だとな」
「ま、あれだけ嫌われてりゃ当然よねー」
「……村長(オヤジ)に拾われるまで、オレは散々悪さをしてきた。時には、力のないものから強引に奪ったこともあった。そうしないと生きていけなかったからだ」
「そ。タイヘンだったわね」
「オレは何も、初めから盗みで暮らしていたわけじゃないんだぜ。……初めて仕事をしたのは五歳のころだ。貿易船に積みこむ荷物運びの仕事でな。孤児救済ギルドの人間という男に仕事を斡旋されたんだ。
 その頃は、さすがにちゃんと真面目に働いていたさ。だが、いつまで経っても賃金が支払われることはなかった。騙されていたのさ。それを大人たちに主張しても、聞き入れてもらえなかった。親のいないドブネズミだと罵られてな。それでも食い下がると、複数の大人たちから気を失うまで殴られ続けた。そしてギルドの金を盗んだ犯人だと濡れ衣を着せられ、牢にブチ込まれた。それからの数か月、ずっと囚人生活さ」
「ふーん。それは、お気の毒」
「……オレは見捨てられたんだ。オレを生んだ両親から。そして世界から。ボロ雑巾のようにな。この世界は決して平等なんかじゃない。それに気付いた時、すべてがバカらしくなってな。人は、悪事なんて働かずにまっとうに生きろという。だがこの世には普通に生きたくても、それすらできない人間だって存在するんだ」
 ぎりっとツンデレの奥歯が噛みしめられる。直後、諦めたように、ふっと肩の力が抜けると、いつものように世を拗ねたような眼差しで小さく首を左右に振った。
「ふっ、オレとしたことが。お前のような世間知らずのお嬢ちゃんに話すようなことではなかったな」
「……アンタの言いたいことは、わかるわよ。アタシだって、おんなじだもん。運命って、なんでこんなにアタシにヒドイことばかりするんだろうって、すべてを憎んだことさえあったわ」
 呟きながら右手のパンを小さくかじる。ブルーベリーの酸味が口中に、じわっと広がる。
「でも、ここに来るまでに色々あってね。おかげさまで、そんな風に心を閉ざしてもしょうがない、ってコトに気づけたの。そうしたら目の前の景色が変わってさ。今では、ほらこの通り! スゴ腕美少女の『トラブルシューター』として、余の男どもの人気を絶賛獲得中でーすっ☆」
 満面のスマイルとともに、右目の前で横ピース。それから、ふうっと細長く息を吐き出すと、柱上のツンデレへ言い添えた。
「それは、アンタも同じなんでしょ。だから、ここ最近になって一生懸命働き始めたんじゃない?」
 小さく首を傾げて問いかける。「……ちっ。余計なことを」と、ツンデレは小さく舌打ちを鳴らすと、何かに思いを馳せるように遠い地平線を見つめた。しばらく無言のときが流れ、それから、ぽつりとサーシャへ尋ねる。
「……すべてを憎む、か。お前、過去に何があったんだ?」
「いやーん。れでぃーの過去を暴こうとするなんて、ダ・メよん(はあと)。そんなことしたらー。エリナたんに怒られちゃうぞ☆」
「……? な、なぜ、そこでエリナが出てくるんだ」
 見事に慌てふためいてくれるツンデレに、サーシャは思わず吹き出した。あは。こいつ、ちょっと可愛いかもしんない。
「あはは。でもさー。辛い過去の一つや二つ、誰だってあるわよね。人間なんだもん」
 楽しいことはもちろん、生きていれば苦しいことだってたくさんある。そして人生をどういうものにするかは、全部自分次第なのだ。だったら、アタシは笑うことを選ぶ。苦しいことや辛いことも、すべて笑い飛ばしてやる。
 それがアタシの人生観。
「……わからない。なぜ、お前はそんなに明るく振る舞える? どうして、赤の他人のために何かしようなんて思えるんだ?」
 自問するような調子で問いかけてくるツンデレに、少しの間を置き、返答。 
「んー。何でだろ。考えたことないわ。……ただね。自分が辛いからって、誰かの不幸を望むような人間にはなりたくないだけ。アタシは、アタシの周りにいる人すべてが幸せになってほしいと願っているわ」
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro