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デンジャラス×プリンセス

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 この兄ちゃんこそ、対『ジョーカー』を想定して領主さんに雇われた、腕利きの傭兵その人だ。
「また遊びにきたのかい? そうだ。おチビちゃんも一緒にどうだ? 今ちょうど、木を相手にトレーニングをしている最中なんだ」
 そう言って、手に持ったバスタードソードクラスのバカでかい木刀をブンブン虚空に振り回す。 
「うん。せっかくだけど今度にしとくわー。てか、アタシはおチビちゃんじゃなくて、ヒメタマだって何度言ったら分かんのー……って。ま、それはいいや。でさー。ちょっと、おにーさんに改めて聞きたいことがあるんだけどー」
 そうサーシャが話している間にも暑っ苦しく動き回りながら、兄ちゃんが快活に答える。
「おお。なるほど。騎士様のマネごとでもして遊ぼうってことか。はっはっは。しょうがないなー。ボクでよければ付き合うよ。さあ、何でも聞いてくれ。カワイイおチビちゃん騎士さん」
「うん。だから、おチビちゃんじゃないって言ってんでしょ? ……あのさー。おにーさんって、事件当日は、ここでずっと一人で見張りをしてたのよね?」
「ああ、そうだよ。犯行予告当日は不測の事態に備えて二十四時間体制で監視についていたんだ」
「確か、おにーさんって犯行予告日の前日の朝から警備の仕事に就いてたのよね。その間に、何か変わったコトってなかった?」
「変わったこと、か。特に……いや、一度だけあったかな? 確かあれは、ボクが初めて警備についた夜のことだったな。
 ほら、その日はちょうど『紫月(パーピュア・ムーン)』の周期に入っていたでしょ? 夜空に輝く紫色の月が何ともミステリックでさー。僕も思わずテンション上がっちゃって。それで、あの月をモチーフにした必殺技を編み出そうと木刀を手に詰所から外に飛び出したんだ。
 そうしたら、ほら、あそこ、ちょうど木が密集している場所があるだろ? そこに一瞬、影のようなものが過ったんだよ。「む? おのれ、怪しいヤツ!」と、すぐにその場へ駆け寄ったんだけど、僕の間合いに入った途端、まるで蜃気楼のように、ふわっと影が消えちゃってさ。いやあ。さすがにアレには驚いたね」
 大げさなジェスチャー混じりに当時を振り返り、兄ちゃんが子供のように笑う。
 兄ちゃんの話に出てきた『紫月』とは、四年に一度、夜空に浮かぶ月から紫の燐光が立ち昇る世にも珍しい現象のことだ。その神秘的な紫の月は三日ほど続き、最後の満月の日は『紫天月日(してんげっか)』と呼ばれ、昔から大変演技のよい吉日とされている。実際にサーシャも見たが、あの夜の黒が払われ、代わりに天が紫のヴェールに彩られる独特の光景は、言葉では言い表せないほど美しい。例えどんな稀代の芸術家でさえも、あの見るものすべての感性を揺さぶるような繊細な美を真似ることは決してできないだろう。
『紫月』の周期に入ると、地上の生きとし生ける生物すべてに魔力の増幅を始めとした様々な恩恵が与えられる。『紫月』については、その詳しいメカニズムは解明されておらず、とある学者たちの説によれば、大気中に放出された魔力の残滓が何らかの影響を及ぼし発生する超自然現象の類らしい。
 犯行当日は、奇しくもその『紫天月日(してんげっか)』であり、この村にとっては縁起のいい日どころか、極めて不吉な日となってしまった。
「ふーん。影、ね。見間違いとかじゃなくて?」
「はっはっは。見くびらないでくれよ。ボクはこう見えて、ギルド内でも屈指の守護者(ディフェンサー)なんだよ。怪しい人物や気配を捉えるのは、お手の物なのさ。それにしても、なかなか騎士様ぶりが板についてるじゃないか。おチビちゃん」
「うん。だから、おチビちゃんじゃないっつってんだろ? ふむ。宝物庫に現れた謎の影、か。てことは、犯行日前にすでに何かしらの事件の兆候があったってこと……?」
 兄ちゃんの話が真実なら、犯人が現場を下見に来た可能性が高い。
「一応、村長閣下に報告したんだけど、おチビちゃんと同じく、どうせ見間違いだろうって一蹴されちゃってさ。でも、その代わり事件当日については、特に変わったことはなかったな。その日も、いつものようにトレーニングをしていたら、帰宅した奥さんが宝物庫のカギが開いていることに気づいてさ。いやあ、このボクとしたことが。そんなこと全然気がつかなかったよ。あっはっは」
 暢気に笑ってやがる。この人、自分が重大なミスを犯したことをちゃんと理解してるんだろうか。アンタ、もしかしたらこのまま死罪になるかもしれないんだぞ。
「……ん? アレ。そういえば、あの時、村長さん一家の他にも知らない人たちがいたな。あれ以来見てないから、多分この村の人じゃないんだろうけど」
「知らない人……? ふーん。どんな人だった?」
「うーん……。一言でいうと『チビでデブでハゲで汗だくで口が臭そうで……』。とにかく、とても冴えない感じの男だったなあ。でも、村長さんは彼に対してやけに腰が低かったけど……。どこかの、お偉いさんだったのかな?」
 くりくりした瞳を斜めに上向け、兄ちゃんが首を捻る。恐らく、そのオジサンこそが村長さんたちがわざわざ出迎えに行ったという人物その人なのだろう。しかしそれにしても、渦中の人物が、兄ちゃん曰くそれほどまでのキモメンだったなんて。ちょっと見てみたい気もするけどさ。
「でもさー。あんなダサいメンズに限って、とんでもない美人の奥さんがいたりするんだよねー。まったく。いくらお金と権力があるからって、おチビちゃんは間違ってもあんな男を選んじゃダメだからね? 男と女を結ぶものは、何と言っても愛なのさ、アイ!」
「うん。ご忠告ありがと! 優しい、おにーたん(はあと)。……ってか、オチビちゃんじゃねえっつってんだろ、てめェ」
 前半の、ぶりっ子キャラから一転。サーシャの殺気を含んだ視線にも、警備兵の兄ちゃんは、どこ吹く風。ニコニコと少年のように無邪気に顔を綻ばせ、愛刀である木刀を鼻歌交じりに磨いている。本当にこいつは世間で言うところの優秀な傭兵なのだろうか。何だか、とても怪しく思えてきたぞ。
 とにかく収穫はあった。犯行日前に見たという怪しい人影。それと、村長さんたちと宝物庫に現れたというキモメンの存在。どちらも、今回の事件とは無関係ではないはずだ。
「うん。色々と、ありがと。おにーさん。何かあったら、また来るねん」
 昼間の暑さは幾分和らぎ、最後の残照が緑の木々を鮮やかなオレンジに染めている。そろそろ日も暮れるころだ。こうなると、できることは限られてくる。捜査は一端中断し、翌日以降にするとしよう。
「おお。いつでも遊びにおいで。お兄さん、ここでおチビちゃんのこと待って……んぎゃあああああああぁァアァアッ!」
 ぱちんと指を鳴らし、魔導を発動。火だるまと化した『ダメ警備兵』を捨て置き、エリナさんが用意してくれた宿への帰路に着く。
 あー。なんか疲れたな。今日の夕飯、なに食べよ。

「その様子だと、どうやら進展はないようだな」
 翌日。今日もお日様元気いっぱいな午後の昼下がり。
 場所は村の入り口からほど違い場所にある大広場。名物である樹齢四百年の大樹の下で、のっぺり休んでいると、すぐ前方の柱付近から哄笑混じりの声が降ってきた。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro