デンジャラス×プリンセス
団子をお供に、しばらく放置すること十分強。地面に寝転んで、手足をじたばたさせていたフェイルが、一転して通常モードで問いかけてきた。どうやらこれ以上、構ってくれないと悟り、諦めたらしい。この男の扱いは、もう十分すぎるほど慣れているのだ。
「んー。いい人だと思うわよー。おまけに、エリナさんに負けず劣らずの美人だしねー」
「それは、十分承知しております。私が伺っているのは彼女の心象の方です」
はぐはぐ団子を咀嚼するサーシャに、真面目モードのフェイルが再び問いかけてくる。この落差にも、もう慣れたものだ。
「んー……。まだよくわからないけど、でもでも気になることが、いくつかー」
興味深そうなな瞳を寄越すフェイルに、ぴんと人差し指を立てて説明。
「村のみんながツンデレを犯人だと決めつけてるなかで、なんであの人だけがあそこまでヤツを信頼できるのかしら、と思って。小さい頃から一緒にいるエリナさんがあいつをかばうのはわかるけど、後妻の奥さんとツンデレはまだ二年そこそこの付き合いなんでしょ。いくら家族とはいえ、あそこまで無実だと言い張るなんて、ちょっと違和感アリアリよ」
「それだけ、奥さまのご家族に対する愛情が深いという証拠ではないでしょうか」
確かにそういう見方もできなくもないが、それだけで納得するのは少し無理がある。
「それと、もう一つ。犯人についての質問をした時にね。奥さん、右手を反対の手で押さえつけたの。あれは、ウソをついているときにでる典型的な仕草の一つね」
人はウソをつくとき、余計な仕草やジェスチャーをすることを防ごうと、無意識に自分の手を隠そうとする心理が働くのだ。手の内を隠す、とはよく言ったものね。ちなみに、口や鼻の下などを手で触るような仕草も同様。こちらは表情から心理を読まれないようにとの心理が働くためだ。
「ふむ。そうなると、奥さんは犯人に実は心当たりがある、と?」
「前も言ったけど、アタシの分析は絶対じゃない。でも、仮にあの場でウソをついていたと仮定するならば、奥さんは犯人に心当たりがあるのに、あえてその矛先を『ジョーカー』に向けようとしていたってことになるわ。それはつまり、どういうことなかというと……」
「自分が犯人であるか、もしくは奥様が真犯人をかばっているか。そのいずれかということになりますね」
肯定代わりに小さく肩をすくめる。それから残った団子を口に放り込むと、サーシャは「よっと」と勢いをつけてベンチから立ち上がった。
「どちらへ行かれるのです?」
「今回の事件の肝は、何といっても犯行手口よ。それさえ明らかになれば、少なくともツンデレの無実は証明できるかもしれない。だから、アタシは一度現場に戻って警備の兄ちゃんに詳しい話を聞いてみることにするわ」
この事件、最大の謎。宝物庫からティアラを盗んだカラクリを解き明かす。
「そうですか。では、日が暮れる前に参りましょう」
「ストップ。時間も限られてることだし、これからは手分けして捜査しましょう。とりあえず、アンタは犯行前日に村長さんたちが出かけたっていう街に行ってきて」
「村長さんたち、ですか」
「うん。お祭りのために、どこぞのお偉いさんを迎えに行ってたんでしょ。みんなの前日のアリバイを調べるついでに、そいつが一体何者なのかも調べてきてちょーだい」
予告状が届いたのにも関わらずに村長さんたちが村を留守にしてしまった最大の理由は、その例の約束事があったからに他ならない。つまり、そいつは村長さんたちにとって、よほど重要な人物というわけだ。その人物が事件に関係しているかはさておき、容疑者の周囲は念入りに調査しておくべきだろう。
「この際、必要な人間関係はすべて洗い出しておきましょ。場合によっては、村長さんたちのアリバイも崩れるかもしれないし」
仮にその人物も事件に関係しているならば、ここまでの一連の流れのすべてが真犯人のアリバイ作りに利用された可能性も出てくる。その場合は、必然的に真犯人の目的はツンデレを犯人に仕立て上げることになるだろう。今回はツンデレが自ら村に残ることを申し出たようだが、犯行予告があったことを理由にすれば、あいつ一人を村に残すことは容易なことだ。
「しかし、姫様を、お一人にするわけには……」
「だいじょーぶよ。今回の事件に、危険がないことはわかったっしょ? ほら、時間がないんだから、行った、行った」
「ちょ、ちょっと、姫様。そんな……押さないでください」
困惑するフェイルを、ニコニコ顔で村から送り出す。
「気をつけてねー。ちゃんと、ご飯食べるのよー」
強引に事を進めるサーシャに、渋々といった様子でフェイルが村を後にする。そんな相棒を、ぶんぶんと両手を振って見送ると、サーシャは緩んだ表情を一気に引き締め直した。
犯行手口もそうだが、そもそもこの事件の難しいところは動機の部分にある。ティアラが消失すれば村の存続、ひいては一家離散の危機にすら晒されてしまうことになり、犯人においてはその結果が予想できないわけではないだろう。
それにも関わらず、犯行はおこってしまった。となると、犯人はこの村や村長一家に対して強い恨みを抱いている人物ということになるのだが、今のところあの家族からはそのような様子は見えてこない。
だからこそ村一番の悪童として名高いツンデレが動機の面でも疑われてしまうのだ。
今回の事件、動機も重要なファクターであることは間違いないだろう。
そちらの方はフェイルに任せておくとして、やはり問題は犯行手口。二十四時間監視体勢のなか、誰にも見つからずに宝物庫からティアラを盗み出すことが果たして可能なのだろうか。
「ん。ココであれこれ考えててもしょうがないか。やっぱ、もう一回、あの警備兵さんのトコに行ってみよう」
迷った時は、行動あるのみ。導き出した結論に改めて頷き、くるりとスカートの裾を翻して方向転換。
「……今さらだけど、一人で都会なんかに行かせちゃって大丈夫だったかしら」
じとっとした眼差しで、フェイルが去った背後を振り返る。以前、依頼関係で同じようにサーシャと別行動を取った際、あのエロメガネは街で知り合った若い女性の家にしけこみ、そのまま三日間ほど帰ってこなかったことがあるのだ。
「ま、タイムリミットがあるのは知ってるんだし。あいつも、そこまでバカじゃないわよね……」
小枝で戯れる小鳥たちへ、ぽつりと問いかける。小鳥は小さく首を捻るような仕草を見せると、直後に一斉に大空へと飛びたっていった。
都会の女の子にかまけて仕事をおろそかにしたら、マジでぶん殴ってやるからなー。
宝物庫に顔を出すと、若い男が近くの大木と向き合い、何かをしていた。
「……おにーさん、おにーさん。アンタ、いったい何してんの?」
「ん? ……おお、おチビちゃんじゃないか」
きらきら光る球の汗を額に散りばめ、男が満面のスマイルでサーシャに向き直る。
ざんばらに短くカットされたオリーブ色の髪に、無駄にイケメンの甘いマスク。背はそんなに高くないが、歴戦の猛者らしくがっちりした体格で、コバルトブルーで装飾されたプレートメイルがよく似合っている。
作品名:デンジャラス×プリンセス 作家名:Mahiro