和尚さんの法話 「仏教と医療」
これだけ莫大な功徳を積みましたからね、この功徳が病気を治す。
これだけの供養を仏様にしたんですから、仏様のお弟子さんたちが応援に来ますわね、そういうことなんですよね。
病気は、祈願とか、祈祷とかということで、するんですけれども、功徳を積むということが大事ですね。
その逆に不徳を積むというのもありますね。
お経の中に短命の人は、それはどういう人かというと、前世で殺生を多くしているとお経に書いてあるんですね。
そしてその殺生の罪が浅い、やや軽いという人は、寿命はあるけれども、病弱。
短命の人よりは殺生は軽いけどれも病弱なんですね。
殺生は人を殺すというのだけではなくて、魚をとったり、鳥をとったり虫を殺したり、というようなことも含まれる。
或る、中国のことを書いてある本なんですが、友達が易者なんですね。
友達が来て、おまえは死相が出てるぞ、というわけです。
ものを殺したらいかんぞ、殺生をするな。
人を助けよ、殺したらいかん、と。こう言われたんです。
それからそれを心がけていたんですが、そういうことに出遭わないんですね。
或る夏の日に、縁側で腰をかけていたら夕立がだーっと、降ってきて、庭にくぼみがあって、そのくぼみに虫が死んでるんですね、
そのくぼみの虫に蟻がいっぱいたかってるんです。
それで夕立が降ってきたので、その蟻が溺れだしたんですね。
それで、その蟻を助けてやろうと、蟻を手ですくって助けるんです。
それから後日、またその友達が遊びに来て、おまえ死相が消えたな。
なにか助けたのか。
助けたというようなこともないが、蟻をちょっと助けたけど、それしかない。
それしかないなら、それだろう。
それによって、おまえの命は延びたぞ。ち、いう話しがその本に出てました。
我々はなんとなく、病気をしたり怪我をしたりしてますけれど、みんな因縁なんですね。
前世の因縁なんですね、偶然というのは仏教では言わないんです。
偶然というのはひとつも無い。全てが必然なんです。
「過去の因を知らんと欲せば現在の果を見よ」と。
自分が過去にしてきてるんですね、それを自分が知らないだけですね。
兎に角、善いことをしたら善い報いを受けるし、悪いことをしたら悪い報いを受けるんですから、
なにか悪いことがあれば、前世でなにか悪いことをしたんだな、とこう悟ればいいわけです。
「未来の果を知らんと欲せば現在の因を見よ」と。
来世に生まれ変わってきたときに、どんな人生を辿るかと、知りたかったら、日頃行いを積んでるんだから現在の因を見よということですね。
ですから、病気にも前世から持って生まれて来た病気もあるわけですね、ほとんどそうなんだろうでしょうけどね。
『お加持』
和尚さんの檀家さんの話なんですが、戦時中に内地へ徴集されて、軍事工場へ行ってたんですね。
ところが、盲腸になったので、誰か看病に来るようにと軍から知らせがあって、母親が看病に行った。
お国のために大勢の人が行ってるわけですが、夜中に息子が唸ったりしたら眠れないし、疲れてるのに気の毒だと思ったんです。
それで息子が寝てる横で、一所懸命に弘法大師にお祈りしてたそうです。
どうぞ、苦しまずに安らかに眠らせていただきたいと、一所懸命に祈ってた。
そして何の苦痛も無く、すやすやと眠ることが出来て、あくる朝になって息子が、
昨夜、弘法大師様が来て、身体を撫でてくれたというのです。
お加持してくれたんですね。
息子さんは母親が弘法大師をお祈りしてることは知らない、母親は声を出さずに心の中で祈ってたから知らないわけです。
実際にそういうことがあるわけですね。
それから、寺の近所の人が子供を連れてきた。
その子供は、おしっこが近いのでご祈祷して欲しいというので来たんですね。
お医者さんへ行っても、なかなか治らない。
お医者さんは、この子はちょっと神経質で、幼稚園の先生に怒られたんと違いますかと、いうわけです。
そりゃ怒られたこともありましけれども、然し、どうしたっておしっこの近いのが治らない。
そのお婆さんと、お孫さんとそういう話をしていたら、一匹の犬の霊が出てきたそうです。
それで和尚さんが、お婆さんに犬を飼ってるんですかと聞くと、
いいえ、犬は飼っていませんと。
では、近所の犬が遊びに来てたことはありませんかと。
あ、それはあります。
その犬はどうしましたか。
その犬はもう死にました。
いつも家へ遊びにきていました。
いつも食べてるときに遊びに来るので、いつも食べるものをあげてたんです。
これは、この犬が付いてるんだと和尚さんが思ったんですね。
病気と違って、犬が付いてるんですね。
犬はおしっこが近いですよね。
この子には犬が付いてますと。
そういえばこの子は犬みたいに。。。とお婆さん。(笑)
犬は餌をもらえると思って付いてるから、これから少し食べるものを置いてあげて、食べよしと言うて供養をしてあげなさい。
犬は死んでるけど、霊はいますからね。
付いてる犬を離したらいいんですからね。
それからおしっこの近いのは治りましたそうです。
他の話になりますが、これも寺の近所の人で、今はもう大人になって結婚もして奥さんですが、
子供の頃に、目が赤くなって学校でも、校医さんに診てもらってますが治らない。
寺の裏の方に住んでるお爺さんが、その子に、ここのお地蔵さんは眼のお地蔵さんやから、遊んでるんだったらお地蔵さんを拝みなさいと。
一日一遍、此処へきてどうぞ眼を治して下さいとお願いして拝みなさいと言ったんです。
子供は素直に拝みに来て、すかーっと、治ってしまったんです。
また別の男の子なんですが、いつもお寺へ遊びに来てた子ですが、いつも耳垂れを出していて、その子も学校の校医に診てもらってるんですが治らないんですね。
或るときに、寺の境内で蝉をとってるんです。
それで和尚さんがその子に、寺の境内で殺生したらいかんぞと。
そしてその蝉をお地蔵さんの前へ供えて、この蝉を全部逃がしてやりますから僕の耳を治して下さいと、お地蔵さんに頼みなさいと言うたんです。
するとその子は、ここのお地蔵さんは眼のお地蔵さんやろ、耳が治るかと言うたんですね。
神仏は眼とか耳とか専門じゃないだと、なんでも聞いてくれるんじゃと、初めに眼を治したお地蔵さんやからその名前がついたけど、眼のお地蔵さんに安産を頼んでも、安産のお地蔵さんに眼を頼んでも、そんなことは関係ないんやと。
まあ、そうして一遍やってみなさいと。
そうして、そのとうりに蝉をお供えして逃がしてやると耳垂れが治ったんです。
和尚さんが拝んだのでもない、子供がお願いして治ったんです。
そういうことがざらにあるんですね。
今はもうお婆さんになってる人で、昔はもっと若かった人なんですが、その人に弘法大師が見えたんです。
そういう人は、必ず誰か弘法大師を信仰している人がいるんですね。
それでお宅は弘法大師を信仰なさっていますかと聞いたら、はい、私もしますけど、家の母が一所懸命に信仰していますと。
家の母というのは、姑さんですね。
作品名:和尚さんの法話 「仏教と医療」 作家名:みわ