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風の詩が聞こえるかい

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あ。瞬く間に男の車を抜いていった。
その後ろ姿は、案外肩幅は狭く腰も小さい、張り付くようなライダースーツの所為だけではなく華奢に見えた。
「おんな?」
確かに、バイクや服装の色目からしても女性だろうと男は思った。
黒のライダースーツの背中には、何処かのチームの名だろうか、 通りすがりには読み取れなかったものの流れるような文字が描かれていた。
「おんな……」
そんな確信を得たような予測は、男の快適な速度を保つ脚に変化をもたらした。

少し深めに踏み込むアクセル。
それに伴い上がるスピード。
注意の要る勾配のカーブ。

過ぎていったバイクは、ひと折れするカーブごとに体を倒し、体重移動をさせながら滑らかに走っていく。
男は、そんな美しいフォームに触発されて、車の中でハンドルを握り、体を倒す。
カーブ手前に立っている補助標識を目で追い、R表示を無意識に読み上げる。
「300・・・・・・ 400・・・・・・ 250!きついなぁ」
バイクに離されていく。

急に目の前が開け、太陽の陽射しが道路に射してきた。此処が峠なのだろう。
道路脇に 三台ほど停車できるスペースが設けてあった。男は車を寄せた。
先ほどのバイクは、見当たらない。男は、ふっと息を漏らした。
「何やってんだか」
広がる青空の端から グレーの重苦しい雲が近づくのが見えた。
「まだ、雨は大丈夫だろう。さてと続きはのんびりといきますか」
車のセレクター(セレクトレバー)をリバースに入れ、ゆっくりとスペースから離れた。

道は、なだらかに下り勾配になっていったが、まだカーブがある。
ふたつほどカーブを過ぎると、低く生い茂った緑の木の下にまた停車ができるスペースがあった。
此処は、先ほどよりも狭く、大きめの車ならば一台くらいが無難だろう。
そこに、あの真っ赤なバイクが止まっていた。
男は、そこに車を寄せながら、バイクの主を探した。
もしや、木々の間で用を足しているかもしれない。そんな憶測を交えながら目は辺りを見回していた。
作品名:風の詩が聞こえるかい 作家名:甜茶