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風の詩が聞こえるかい

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夏の陽射しがまだ残る街から、それほど遠くない山の手へと男は車を走らせていた。
国道から脇道に逸れて、やや道が細くなり始めた。さらに脇道へと入る。
此処から峠までは、ほとんど一本道。晴れた空を 時折見上げながらゆったりと走っていた。
上り勾配のカーブをひと折れするごとに緑は深く鮮やかに見え、緑のトンネルのようだった。

男は、外の空気を感じようと、カーエアコンを切り、ウインドウを開放した。
流れ込むように入って来た風が、エアコンで冷えていた体をさらに心地良く掠めていく。
「もっと早くに窓を開ければよかったな」
そんな独り言もつい口をついて出た。

山道の途中で、土手の崩れを修復する作業者数名を見かけたが、峠が近づくまでには、他の車にも人には会わなかった。
街では人が忙しくしているだろう平日の山は、静かだった。

開けたウインドウにあたる風の音に混じって、遠くからエンジンの音? …いやバイクのマフラーの音だ。
男は、やや不満げに口を歪めた。
「こんな日に暴走するなよな」
近づくバイクの音を耳にしながら、その姿が見えるのを何となくバックミラーで確認していた。
ずいぶん、音が近づいてきた。
こんな山道を快走してくるくらいだ、中型か、もしくは大型バイクだろう。
音は、一台。それは、ありがたいことだった。
「早く通り越して行ってくれないかな」
握るハンドルを指先でコツコツと叩きながら、その時を待った。

すぐ後ろのカーブを折れたのだろう、ひときわ大きく吹かしたマフラーの音とともに その姿がサイドミラーに映った。
真っ赤なライン柄の入ったのフルフェイスのヘルメットと黒いライダースーツ。
「格好つけてるヤツか」
男は、ややアクセルを緩め、そのバイクを遣り過ごそうと思った。
後ろに近づいたのを見計らい、片手を窓の外に出し『お先にどうぞ』と合図を送った。
了解の意味なのか、バイクはヘッドライトを照らすと、男の車を抜きに掛かった。
フルフェイスのヘルメットと同色の真っ赤なバイクのボディが、車の右側に並んだ。
作品名:風の詩が聞こえるかい 作家名:甜茶