シロクロモノクローム
第十七話:ぼくは死にたくない
<修正>タグを打ち込むと、キーボード型だったデバイスは、また形を変えた。
その形は、まるで、一本の巨大な注射器だった。先端の注射針が鈍く光る。
規格外の大きさの注射器だ。こんな注射器で刺されたら、ぼくはもれなく卒倒する自信がある。しかし、これをどうしろと?
「<修正>のやり方は簡単だ。バグにその注射針をぶっ刺して、データを吸い出すんだ」
ぼくは言われるままに、犬のようなバグに近づき、注射針を構えた。
一瞬、バグの目を見てしまい、刺すのを少しためらった。
「殺らなきゃ殺られるぞ」
クオリアさんはそんなぼくのためらいも、どうやらお見通しらしい。
ぼくはいままでいつ死んでもいいなんて考えていた。けれど、実際に死に直面して、それはただ斜に構えただけの格好付けだったと身をもって知った。
ぼくは、死にたくない。
注射針がバグに刺さると、さっき棒切れで鼻をたたいた時とは比べ物にならないくらい、悲痛で、身の毛がよだつような断末魔が響いた。
注射器に液体が流れ込んでいく。そして、それに反比例してバグは干からびていく。
(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい)
気がつくとぼくは心の中で、何度も何度も、バグに対し謝っていた。
涙がとめどなく流れた。
悲しいのではなく、自分の行いが、ただ怖くて、怖くて、怖くてたまらなかった。
作品名:シロクロモノクローム 作家名:伊織千景