ナギとイザナギ
それからまた、数日がたったある日。
さぎりは体調をこわして学校を休んでいた。
大地がしきりに何があったかを聞いてきたが、僕にだってわからない。
そこで、ふたりしてさぎりの家に足を運んだというわけで。
もちろん、イザナギさんも一緒だった。
「イザナギさん。僕、なぜかわからないけど、あのイザナミって人が関係してるように思えて」
イザナギさんは不思議そうに僕を見下ろしていた。
「おい、ナギ。誰のこと言ってんだ」
蚊帳の外の大地はほっといて、僕はインターホンを押す。
「ありがとう。来てくれたの。あっ、イザナギさんも」
さぎりは心底うれしそうに言った、こうなること、わかってるんだから、イザナギさんだけ来ればいいのにね。いじわるな神様だよ。
「さぎり。すまない」
小声でつぶやくイザナギさんの言葉を、僕は聞き逃しはしなかった。
「どういう意味、さっきのは」
僕はイザナギさんに耳打ちした。
「今は何も聞くな、このあいだ、そう言ったはずだ。近く打ち明ける」
「いつだよ、それ」
僕は膨れ面でイザナギさんにスネてやった。
「さぎり。最近、息苦しくはないか」
イザナギさんはさぎりの髪に手をかけて囁きかけた。
けっこう、プレイボーイだよね、イザナギさんって。
小学生に手をかけるなら、ロリコンか。けどロリータってあまりいい表現じゃないし、神様にたいする言葉でもないけどなぁ。
まあ、イケメンだから、こういう図式も許されるとは、思うんだけど。
「はい、でも、イザナギさんが来てくれたから、きっと大丈夫」
ほらね。さぎりがうっとりしながら、いうんだもの。僕は、面白くないんだ。
「そうか。それなら、いいんだけどさ」
白い歯を見せて笑うところは、立派な好青年だけどね。
ああ、なんだか、背中がかゆいや。
大地がイザナギさんの姿を見たら、発狂するに違いない。想像すると面白いな。
「ナギ。何、にやついてんだ、気味悪いな」
「なんでもない」
「なんでもなくねえだろ。その顔は」
大地が言うほど、面白さが増してくるから不思議だった。
<<
その日の晩は、僕と大地と、そしてイザナギさんの3名で、さぎりの家に泊まりこんだ。
大地がそれを言い出したんだ。イザナギさんは大地のことを避けたがってるみたいだし、苦手といっていたから、不服そうだったけど、さぎりを守らなきゃならないと思ったからか、同意してくれた。
「まあ、やつの言い分も一理ある」
そんなこといって、きっと、イザナギさんには何か考えがあるんだろう、僕にはわかってるんだ。
僕は今度こそ何も聞かずにイザナギさんの意見に従っておこう、と思った。
神様には秘密が多いということも、僕は学ばせてもらったからね。これ以上何も言う必要はなかった。
イザナギさんはさぎりの部屋に入ったきり。いくら神様でも女子の部屋に、といいたかったけど、意見しないと決めた以上、我慢するしかない。
僕は男だ。約束は守るぞ。たとえ、不本意であっても、だ。
僕と大地がうとうとしかけた夜半過ぎ、さぎりの部屋で物音がした。
つづいて、さぎりの悲鳴が。ただごとじゃない。
僕は金属バットを手に、部屋へ殴りこんだ。
窓は全開になっており、ピンクのかわいらしいカーテンは強風にあおられ、はげしく揺れていた。
不意打ちをしたからか、部屋はさほど荒れておらず、侵入者はさぎりを羽交い絞めにし、束縛していた。
「たすけて、イザナギさん」
さぎりはか細い声で助けを呼んでいた、だがイザナギさんは気を失って倒れている。
「さぎり、いま、助けるからなっ」
「いつかの坊やだね、あいにくだけど、あなたに勝ち目はないのよ。イザナギでさえ、あたしの敵じゃなくなったんだから」
「なにっ。どういう意味だ」
返事代わりのつもりか、台風並みの突風が吹き荒れて、僕は吹き飛ばされ、壁に身体を打ち付けてしまう。
「いやあっ、ナギッ」
「ほほほ、殺しはしないよ。ナギといったね。よく見ると、ツクヨミの幼い頃によく似ていること。ツクヨミは私の長男だけど、いまじゃ夜を治める王様さ。それはそうと、さあいくよ、小娘。あんたは目障りだ。消させてもらう」
「消すって。どうする、気」
さぎりの意識を魔法か何かで眠らせ、イザナミは窓から姿を消してしまった。
「ま、待てッ」
あとを追おうと起き上がるが、全身に痛みが走り、がっくりと膝をついた。
「イザナギさん、イザナギさん。さぎりが、さぎりが」
そして、目の前が真っ暗になった。
「困ったことになってしまった」
気がつくと、額の血をぬぐいながら、イザナギさんがうなだれている姿を視界で捉えた。
「あ、たいへんだ。さぎりがイザナミにさらわれたよ」
「取り返しのつかないことになってしまった。俺じゃイザナミにかなわなかったんだ」
「なっ、なんだって。それじゃ、さぎりはどうなるの」
イザナギさんは、ゆっくりと頭を振った。
「方法がないわけではない。だが、あまり気は進まない」
「そんなこと、言ってる場合かよ。さぎりの身に何か起こったら、どうするんだよ。イザナギさんは神様だろ、なんとかしてよ」
「わかっている」
イザナギさんは、のっそり立ち上がると、大地のほうへ歩いていった。
「な、なにっ」
「は。何か始まるってのか」
「それが」
イザナギさんは、大地の正面で手をかざし、何事かぶつぶつと呟いた。
「解放、これでよし」
大地は一瞬だけ目を閉じていたが、次の刹那、両目を丸く広げて叫んだ。
「あんた、だれだ。もしかして、イザナギさんか」
「いかにも」
イザナギさんは、あまり笑わず、この行動に気乗りしてないようだった。
「よかったな、大地にもイザナギさんが見えるんだ」
「ああ。なんか、うれしいよ。ナギとさぎりにだけ見えて、おれには見えなかったんだぜ、そのイザナギさんがおれの目の前にいるなんてよ。興奮するなって言うほうが無理だろ」
まあ、熱血漢の大地のことだ。こうして騒ぐことくらいわかってはいたが、うるさい。
「話は後だ。さぎりを助けに行く。それには、大地。おまえの家に祀られている家宝の剣があるはず。それを貸して欲しい」
「家宝の剣だって、そんなのあったかな」
「その剣がないと、さぎりを救えないんだ。持ってきてくれ、早く」
大地は思い出そうとしているようだが、記憶があやふやのようだった。頼りないなぁ。
「よく思い出せないんだよなぁ。かあちゃんにでも聞いてみる」
「イザナギさん。僕たちも行ったほうが早いんじゃないの」
「いや、俺は、あの家に入るのは、ちょっと好きじゃない」
と、この期に及んでまだいうのか、この男はっ。
「だからぁ、そういうこと言ってる場合じゃないでしょっ。いくよ」
無理やり引っ張って、ようやくイザナギさんと3人で大地の家に向かうのだった。
大地のおばあさんが家宝の剣を貸してくれて、イザナギさんは胸をなでおろしていたに違いない。
なにせ、これがあれば、さぎりを助けられるからね。
「でもさ、イザナギさん。この剣でどうやって助けるの」
僕が尋ねると、イザナギさんは剣を腰に装備しながら言った。