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203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』

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5/4 GW4日目




「さて、どうしようか」
 と、実に落ち着き払ったことをぼやいているが、実際のところ冷や汗だっらだらの心境だった。「さ、ささ、さてて、どど、どうしよっか?」もう一度呟いたら、より今の心境を表現できた。それがよかったのやら、よくないのやら。
 数分前、俺はシャワー室で汗を流していた。遠出用の小さいシャンプーと石鹸を傍らに置いて、ごしごししていたわけだ。
 会社から帰宅し、会計事務より優先された力仕事との戦闘によりへとへとだった俺には近くの銭湯まで歩く体力は残されていなかった。……ああ、決してジャレではない。
 そんなワケでハイツの一階にあるシャワールームを使うことにしたのだ。シャワールームを使う場合は前もって予約ノートに名前を書いておかないといけないのだが、使いたいときに予約が入ってなければすぐに使用してオーケーという暗黙の了解がある。ということで、体の汚れを落とすべく、そしてすさまじい生命力を誇る我が髭を刈り取るべく、俺はシャワールームへと突撃した。
 ……したのだが、服を脱ぐ前に、「風呂上りのコーヒー牛乳が欲しいところだな」と思い、近くのコンビニまで出かけて雪○コーヒーを買ってきたのだ。
 二階へ上がる気力がなかった俺は、一階のシャワールームの使用予定表を見て予約を確認し、大きな空白をしばし見つめた後にシャワールームへ入った。
 そして熱っついシャワーを浴びて体をくまなく洗い、ぎゅっと目をつぶって毛が抜けないように丁寧に頭をまさぐった後、シャンプーを洗い落として目を開けると――
 真っ暗だったのだ。
「は?」
 な、何だ? 失明? いきなり? いや、確かに最近疲れ目であったはずだし、そういうことも起こる歳かもしれないけどいきなりすぎるだろ! と、三十回ぐらい縦振りした未開封のコーラを開けたが如く、思考が一瞬で溢れたのだが、よぉく目を凝らしてみれば未だに流し続けているシャワーから噴射している水のラインが見えてくる……ような、こないような……どうなんだろう。
 とりあえず、シャワーを止めてさっさと外へ出「あっぢ!?」……お湯を止めるためにノブを捻ろうとして、横の金属部分を思い切り掴んでしまった。
 火傷した手の平を冷やしてからようやくシャワールームから出た。更衣室からハイツの廊下に顔を出して、等間隔に並ぶ窓から月明かりが差し込んでいるのを確認して、ほっと一息つく。失明ではなかったらしい。廊下の奥や横の共有スペースを覗いても明かりがないから、きっと停電だろう。と、俺は呑気にそんなことを考えていた。
 で、その時はまだ俺は素っ裸で、服を着ることよりも自分の目の状態の確認を優先したのだ。きっとそれは正しいことだろう。誰だっていきなり目の前が真っ暗になったら不安になるだろう。だから俺のその行動は正しいはずだ。
 しかし、時には正しい行動も仇となることもある。といっても、先に服を着ようとしても同じことではあったのだろうが、『もしかしたら、こんなことしていないで真っ先にそれをしていれば、未来は変わったかもしれないのに!』といった後悔は浮かばなかっただろう。
 それで、何があったかというと――さあ服を着よう、と手を伸ばした先には、あるべきはずのTシャツと短パンとトランクスが無かったのだ。
「あれ? うそ?」
 ついでに、バスタオルもありませんでした。
「お、おおお、おち、おおち、落ち着けたらいいなぁ」
 と、動揺のあまり、冷静な自分を夢想して意識が吹っ飛びそうだったのだが、何とか持ちこたえて一つ咳払い。だがその咳払いが、どうも間抜けな響きでさらなる焦りを生む。
 ――とまあ、そういうことがあって今に至る。
「さ、ささ、さてて、どど、どうしよっか?」
 くまなく辺りを探して、綿やポリエステルの類が全くないことを確認して、体の色々な部分が縮こまりあがってしまった。三十代後半のオッサンが、マッパでピンチである。ここに至って、一階のシャワールームを使用したことが更に俺を追い詰める。もし二階のを使用していれば、自分の部屋まで数秒とかからなかっただろうから。
 とにかく、数分前までは更衣室に確かに服は置いてあったはずなのだから、考えにくいが、何らかの原因でどこかに移動してしまったんだろう。それじゃあどこへ行った? と考えて、一番可能性が高い共有スペースへ向かうことにした。
 妙な清々しさを覚えて、俺ってそういう性癖ないよなぁ、と自分に不審を抱きながらソファの影などを覗き込む。まぁあれだ、幼少期は素っ裸で公園で遊んでたから、その頃の記憶に刺激されたせいだ。うん、そうに違いない。
 月明かりは案外に明るい。といっても、他人の顔を見分けられるほではない。が、しかし、着ていた白いTシャツぐらいは見つけられるはずだ。
 はずなのだが……見当たらない。Tの字一つも見つからない。またお土産ないかなぁ、と覗き込んだ台所にも何もない。
 本当にどこへ行ったのやら、と肩を落としてソファの影に座り込む。汗が冷えたのか、「ックション」くしゃみがでる。
 仕方ないから、電気が点くまでに部屋に戻ろうと考え、立ち上がった。
 その時だった。
「! ……やばい、やばい……!」
 共有スペースの入り口にロウソクと思われる明かりが一つ揺らめいているが見えて、俺は再びしゃがみ込んだ。見つからなかったらしい。
 部屋へ入ってきた方が誰かは分からないが、台所にロウソクを置いて何かをしているようだった。見つかる前に退散しようと思い、物音を立てずに部屋の出口へと向かった。
 ――のだが、
「!?」
 さすが俺、というか何と言うか……転んでしまったのだった。
「(ぬぉおおお!!)」
 ここで音を立ててしまえば、すぐそばにいる方に俺の裸を見せ付けてしまうことに。俺は心の中で気合を発して、思い切り頭を丸め込んだ。
 体も折りたたんで、ダンゴムシをイメージして丸まる。
 そうして俺は音を立てずに、でんぐり返しに成功したのだった。
 おしまい。
 ――だったらいいなぁと思うが、そうは問屋が降ろしてくれないんだ。こういう場合。
 共有スペースにいた方には気づかれなかったが、停電が長引けば、次々に部屋から住人が出てくるだろう。俺は急いで、廊下を駆けた。
 月明かりに照らされて、真っ裸のオッサンが疾走している姿は、傍から見ればどう映るのだろう。シュールなのだろうか。もし俺がボディビルダーだったら、その肉体の芸術性に感動するのだろうか。まあどっちにしろ、犯罪チックであることには変わりないんだよなぁ……。
 廊下は大して長くはないので、階段まで辿り着くには一分もかからなかった。
 そして、階段の手すりを掴み、一気に駆け上がろうとしたときだった。
「ん? ……んんんんん!?」
 横の壁から、煙が上がった、と最初そう感じた。
 しかし良く見ると、煙は流動的ではなく、何かしらの形に成っているような気がして、つい目が行ってしまった。
 その煙のような何かは移動し、一階と二階の間の踊り場の窓から差し込んでいる月明かりに照らされたところで、ふと動きを止めた。
 照らし出された煙を見て、俺の足も完全に止まってしまった。
 煙だと思った何かは、女性だったのだ。