小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』

INDEX|36ページ/39ページ|

次のページ前のページ
 

 しかし私はこれからどう行動してよいものかわからない。
 私は今日、ついに約束を破棄しようとしていたのだ。彼女はきっと約束を守ろうとしていてくれたというのに。
 そして私が今まで約束を守ろうとした理由は、決して純粋なものではなく、もしかしたら彼女にとってはおもりになるかもしれないような、純粋なものではない。そして、彼女にはもうすでに新たな家族がいて、私は姉ではなく、ただの『このみ』なのかもしれない。
 だから私はどう話しかければいいのかわからなかった。話しかけてもいいのかわからなかった。家族として接してもいいのか、それとも赤の他人として話せばいいのか、わからない。
 しかし、次のみかちゃんの台詞を聞いて、私はいつだか聞いた尾路山の台詞を思い出した。

「このみお姉ちゃん!」

 尾路山は、『人間は考えすぎる』と言っていた。
 その通りだ。私は考えすぎだったのだ。ぐだぐだと言い分けのようなことを考える前に、私は彼女に言わなければならないことがあった。
 いや、違う。そうではない。
 私には、言いたいことがあるのだ。
「おかえり、みかちゃん! 会いたかった。会いたかったよっ!」
 言い終わったのと、走り出したのは、どちらが先立ったろうか。
 視界が歪む。
 もう女も年齢も色気や何もかも、全てを放り出して、家族との再会に涙を流した。
 みかちゃんが、両腕を差し出しながら走りはじめた。
 あと数歩で私は彼女を抱きしめられる。もしかしたら抱きとめられる側かもしれない。
 それでも私は姉なのだから、抱きとめてあげたいと思った。
 私がお母さんや姉さんたちにそうしてもらったように、抱きしめてあげたいと思った。
 それはとても優しくて。
 そしてとても力強いのだ。

 そしてその瞬間は、私から零れ落ちた一粒の透明な雫が、この空間にわずかな虹色を投じたの同時に訪れた。