アインシュタイン・ハイツ 105号室
そこは、アインシュタイン・ハイツの前だった。携帯を引っ張り出して時計をみると、出発をして三十分ほど経っている。再び歩き始めた彼女について家に帰りながら、私の中の方位磁針は完全にくるってしまったんだろうか、と木枝はそっと溜息を吐いた。最初に家を出て進んだ方とは反対の道から帰ってきたとはいえ、こちらの方角に戻ってきているという感覚は全くなかった。どこの道をどう通ってここに帰ってきてしまったんだろう。ちょっと不審なくらい首をかしげながら振り返って通りを見回すも、もちろんおかしなことは何もない。普通に学校にはたどり着くのだから、まさか道が円形になっているわけもないだろう。時空が歪んでいるというのはもっとない。じゃあやはり、磁針の問題か。しばしその場に立ち尽くしていた木枝は、まあそんなこともあるか、と自室に向かおうとして、部屋の前にアインシュタインが座っているのをみつけた。さすがに部屋にはたどり着けるよと声に出さず突っ込みをいれたところで、はたと気づく。
「ああ。もしかして、迷子になってたの連れ帰ってきてくれたの?」
「なう」
ぱたん、ぱたん。アインシュタインは尻尾をリズミカルに左右に振って見せる。鳴き声に意味をみるなら、「そのとおり」でもありそうだし、「気付くのが遅い」といっているのかもしれない。あるいは、私の言葉なんて全然関係なく「今日の夕飯はさあ」といった可能性だってある。木枝には、残念ながら猫語はまだわからないので判断のしようがないが。
こうなったら、お昼を食べてまた散策だな、と心に決め、木枝は部屋の戸を開けた。
作品名:アインシュタイン・ハイツ 105号室 作家名:いまのじ@失踪中