パワーガール
あたしの家は心斎橋から歩いて15分のところ。場所は日本橋。でも、おたくじゃないよ。ゲームはたまにするくらい、アニメは一切見ない。日本橋って独特な世界観あるからね。電気屋とかアニオタグッズとか。あたしは興味ないけど。今、あたしは一人暮らしをしている。もうすぐ3年目。自由で気楽で、楽しくて仕方が無い。何にも囚われることなく自分の好きに時間を使える。お風呂だって入りたい時にはいれるし、夜中にふらっと出て行くこともできる。うん、一人暮らし万歳。
オートロックの鍵を開けてエレベーターに乗る。部屋は5階。南向きだから日当たり良好。唯一我慢できないのは、お風呂とトイレが一緒ってこと。就職したら絶対にお風呂とトイレ別の部屋を借りる。家賃が上がったとしても、それだけは譲れない。
「ただいまー」誰に言うわけでもないのについ声を出してしまう。習慣って怖い。靴を脱いでカバンをベッドへ放り投げそのままベランダへ。まずは、帰宅後の一服。部屋は禁煙にしてるから中では吸わない。部屋の壁が汚れるから。匂いも染み付くしね。
そして、エアコンをつけてテレビをつける。一連の流れ作業。今日は水曜日だから、吹奏楽の旅の日だ。あたしあれ好きなんだ。青春って感じしない?冷蔵庫を開け、コーラをがぶ飲み。冷蔵庫には2リットルのコーラは常備。もちろんカロリーは0のやつ。そこはこだわってます。飲み物でカロリーとるなんて余分じゃない?それなら、飲み物の分のカロリーを他の美味しい食べ物であたしは使いたい。
お風呂も済ませ、明日のお弁当の準備も済ませた。意外と家庭的でしょう?お弁当作って持って行ってるなんて。料理好きだから。自分好みの味に出来るし、食べたいもの好きなだけ入れられるし。何より、節約になる。一人暮らしもなかなか大変だよ。
ケータイが鳴った。受信ボックスを開くと、一件のメール。件名が”何でも屋”だったからすぐに分かる。依頼だ。どんな内容かなと思ったら、今すぐの緊急依頼だった。メールには、”街で知り合った男と飲んでいるんだけど、帰らしてくれない。本当にうざい。このままじゃ朝迎えちゃう、リルハヘルプ!”と書いてあった。相手はあたしの幼なじみのユカ。こんな時間から外に出たくなかったけど、幼なじみの頼みなら仕方ない。素っぴんで部屋着のまま自転車の鍵を持って外へ出る。あたしはオンとオフが激しい。オフの時はこれでもかというくらい気を抜く。素っぴんで外に出ることに抵抗も何もない。人とすれ違ったところで、一度きりだし。一期一会の相手たちに素っぴんばっかり見せてるから出会いがないのかな。ドンマイ。
ユカはバーにいると言っていた。店はあたしたちがよく飲みに行く店。きっと、こうなるかもしれないと予測してユカはあえてこの店を選んだんだろう。分かってるならそもそも男についていくな。
店のドアを開けて中へ入る。角にユカと男がいるのが見えた。だけど、まだ行動はしない。ユカに”到着”とだけメールを送りカウンターへ向かった。
「よ。シローちゃん。」シローちゃんはバーのマスター。
「あら、リルハじゃないの。こんな深夜にうちに来るなんて珍しいわね。」
「ユカのせいでね。」と言いユカの方を見る。
「ああ、ユカね。めんどくさい男に捕まったわね。ずっと口説かれてるわよ。」
「だから、助けてだって。そこで、こんな深夜にあたしが登場したってわけ。」」
「なるほどね。で、どうするつもりなの?」
「シローちゃん、あいつお酒強そう?」
「ここに来て何時間か経ってるけど、お酒の減りがかなり遅いわね。あれは多分無理して飲んでるわよ。」
「なるほど。よし、シローちゃん!ちょっと協力してくれる?」
「可愛いリルハとユカのためならお安い御用よ。」
「さすが!」
そう言って二人で顔を付き合わせて打ち合わせをした。そして、行動開始。
今偶然見つけたかのようにあたしはユカヘ近づいて行く。
「あれー?ユカじゃん!久しぶり。こんなところで何してるの?」とあたしはユカに振る。
「え?リルハ?うそー、いつぶり?」ユカはあたしに合わせる。そして男を振り向き、
「この子あたしの友達なんだけどさ、3年ぶりなんだー。ホント偶然。」
「ユカ変わらないね。このあと空いてたりする?あたし今日終電逃しちゃってさ。良かったら泊めてほしいんだけど。」とお願いをしてみる。
男の様子を伺うと、あたしをものすごい邪魔な目で見ている。そりゃそうだよね。男の中ではもうすぐユカを落とせると思っているんだろうから。御愁傷様。
「ね、ジュンくん。せっかくなんだけどさ、あたしこの子泊めてあげたいから今日のところは…ダメ?」とユカが上目遣いに男を見る。ジュンくんという男は、
「えー何でだよー俺が先約だっただろう?いいじゃん。それかその子も一緒に3人で飲もうよ。」と食い下がる。
「久しぶりの再開だしジュンくんいない方が話しやすいんだよ。それに、リルハ人見知りするから。」大嘘。ユカが適当なことを言う。それでも男は引き下がらない。
「じゃあさ、俺とリルハちゃん?で勝負しようよ。勝った方がユカをお持ち帰り。どう?」この男バカか。お持ち帰りと言ってしまっている。魂胆が見え見えだよ。
「えっと、勝負って何ですか?」と遠慮がちにあたしが聞く。内心では大爆笑中。だって、こんな口調合ってなさすぎて自分でも気持ち悪い。
「そうだな、ここはバーなんだからやっぱり、お酒で勝負しよう!根比べだ。」
この男、あたしがお酒に弱いと思ってるな。とんでもない間違い。勝てる勝負を提案したと思っているのか男はニヤニヤしている。だから、あたしは乗ってやることにした。
「お酒はあんまり強くないけど、頑張ってみます。その代わり、もしあたしが勝ったら、潔く退散してくださいね。」する前から勝負は決まってるのに。
「マスターさん、この店で一番度数が高いお酒2つ下さい。」と男が言った。
自分は飲めるつもりなんだろうか。シローちゃんが一瞬ニヤリとしたが、すぐその表情を隠してお酒を作り始めた。私はと言うと、何を飲まされるのか分かっていないフリをした。その方が都合が良い。
男がグラスを2つ持って戻ってきた。「お待たせ。はい、こっちがリルハちゃんの。マスターがサービスしてくれたよ。」と言って渡されたグラスにはチェリーが浮かんでいた。男の持っているグラスには何も入っていない。
「じゃあ、せーので飲むよ。本当に知らないよ。リルハちゃん。」確認したところでどうせ飲ませるくせに。
「いいですよ。」とあたしは言う。
ユカは何食わぬ顔で勝負を眺めている。ユカもこの先が見えているんだろう。
「よし、かんぱーい」と言い男がグラスを傾ける。あたしもグラスに口をつける。