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レンタル彼氏。~あなたがいるだけで~

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 確かに、挙式のときのキス、あれはやり過ぎだったとは自分でも反省している。今の美奈恵との関係はあくまでも契約を結んだ雇用主と雇われ人だ。あの濃厚なキスは明らかに職権乱用の越権行為だった。
 だが、哀れな片想いを続けて二十二年、あれくらいのキスは神さまも大目に見てくれはしないだろうか。
 別に剛史は下心で美奈恵のレンタル彼氏役を買って出たわけではない。保育園を作る夢が美奈恵にとって、どれだけ大切なものであるかは知っている。
 美奈恵は自分の育ちにというか過去に深いトラウマを抱いて成長した。五歳で自分は両親に棄てられたという想いがいまだに彼女を縛り付け苦しめているのだ。更に、彼女を引き取って育てた祖母が両親を事あるごとに罵ったために、余計に彼女の中で両親への想いは複雑なものになった。
 彼女は両親を人生の落伍者と見なし、自分はそんな風に生きたくはないと思うことで何とか両親への複雑な想いを克服しようとしている。しかし、眼を背け続けている限り、美奈恵は一生、トラウマから抜け出すことはできないだろう。剛史はそう考えていた。
 確かに彼女の両親は世間においては落伍者といわれるかもしれない。だが、京都にいる自分の両親と比べて、果たして、どちらが幸せだったのか。
 剛史の父は医大在学中に恩師の娘と婚約し、婿養子に入った。そして剛史と妹が生まれた。待望の長男に両親は小学生の頃から家庭教師までつけたが、彼は高校一年で退学してホストになった。彼が物心ついたときには父母は既に家庭内離婚の状態で、剛史は二人が仲良く何かをしているところを見たことがない。
 噂では祖父の跡を継いで近くの医院で開業医をしている父は雇っている若い看護士と愛人関係にあるという。そんな家庭が面白くなくて、彼は一時荒れた。現実から眼を背けたかったのだ。
 しかし、結局逃げてばかりでは何も生まれないと判った。自分は勉強も嫌いだし、父の跡を継いで医者になりたいと思ったこともない。今更、大学へ行く気もないが、かといって、このままでは、それこそ一生風俗業界で生きていかなければならなくなる。
 流石に一人の人間として、それは嫌だと思った。しかも、ホストは若い中は良いけれど、いずれ歳を取れば、できなくなる。今の中にやり直しがきくものならばと考えているときに、ホストクラブの店長から北のN市で新規開業するという話を持ちかけられた。
 聞けば、新しい店は風俗ではないというし、困っている人を助ける人助けが店の方針と聞いて、面白そうだしやり甲斐もありそうだと思って店長に付いていくことに決めた。正直、先の予想はまったく立たなかった。京都のホストクラブでは常にナンバー3以内を維持していた。
 また、店長からの話を聞く直前には、AV男優としてビデオに出ないかとスカウトされたこともあった。堅気では到底望めない高額な出演料を提示され、心が少しも動かなかったといえば嘘になる。
 しかし、そんな時、決まって一人の女の子の笑顔が瞼にちらついた。大勢のいじめっ子に敢然と立ち向かい、苛められていた自分を庇ってくれた勇気のある女の子。いつも太陽を浴びて咲き誇る向日葵のように笑顔の可愛らしい幼なじみだった。それが、彼の初恋だった。
 今、AVに行けば、一時的に稼ぎは良くなるかもしれないけど、多分、俺は一生、風俗から抜け出せなくなる。そんな危機感はあった。ましてや、青臭いと言われても、好きでもない女と仕事とはいえヤルのはいやだった。
 俺が抱きたい女は一人しかいない。
 そう思っていたから、ホスト時代も客から求められても、けして寝たことはない。もちろん、十六歳でホストになった自分が童貞であるはずはないが、客に誘われても上手く交わすか、或いは応じてホテルに行っても、口淫や手淫で客を達かせてやるだけで、本当の意味でセックスをすることはなかった。
 何故、女と寝ないのかとホスト仲?に問われ、
―俺は惚れた女としかヤラない。
 そう応えると、皆は彼を馬鹿だと嗤った。
 しかし、それは剛史の本心だった。
 このまま風俗の水にどっぷりと頭まで浸かれば、その子の向日葵のように眩しい笑顔を二度とまともに見られなくなる。彼女にふさわしい男になれるかどうかまでは判らないが、少なくとも、その可能性を自ら絶ちたくはなかった。
 そして、店長について、この北の都市に来たのだ。まさか、そこで初恋の女に再会するとは想像もしなかった。もしかしたら、自分とこの女は縁なんてものがあるのかもしれないとひそかに、らしくないことを考えたのも事実だ。
 上辺だけは世間体を取り繕って離婚はしないが、とうに破綻している自分の両親と、世間的には落伍者と見なされても最後まで寄り添い合って死んでいった美奈恵の両親の一体、どちらが幸福だったのだろう。
 それは容易く応えが出る問題ではないかもしれない。しかし、彼は美奈恵に現実を見て欲しかった。また、それを無視して美奈恵が幼時に抱えてしまった大きなトラウマを乗り越えることはできないことも判っていた。
 美奈恵にとって保育園設立は最早、悲願といっても良い。その大きな夢がこれまで彼女の脆くも崩れそうな心を支えていたのだから。彼女が心から望むなら、剛史もまた応援してやりたい。
 美奈恵を棄てたという男を憎らしいと思うよりは、むしろ感謝したいくらいだった。美奈恵と再会してから六年の歳月が流れている。確かに風俗からは脚を洗ったものの、彼はいまだに胸を張って他人に誇れるような仕事についたとは言い難い。
 先の読めない状態で美奈恵に告白もできない。意気地のない自分が愚図愚図している間に、美奈恵は他の男と恋に落ち、さっさと結婚の約束までしてしまった。
 自分と再会したときはまだ処女だった美奈恵がその男によって早々と摘み取られてしまったのを知った時、怒りに眼裏が真っ赤に染まった。その男を引きずり回し、殴り倒してやりたい凶暴な気持ちにすらなった。
 だが、すべては自分が招いたことだ。そこまで美奈恵を大切に思うのなら、もっと早くに告白していれば良かった。だとすれば、自分にも美奈恵の初めての男になるチャンスはあったのだ。
 でも、自分には勇気がなかった。高一で中退、ホストを五年続けて今もレンタル彼氏なんてやっている自分を美奈恵が受け容れてくれるだろうか? それは何も単なる今のような友達というわけではない、将来のことも真剣に考えながらの交際、つまり恋人としてのことだった。
 もし、拒絶されたら、二度と美奈恵には逢えなくなる。それが怖くて臆病者の自分は今までどおり、彼女に対しては「友達」のスタンスでいるしかなかった。
 美奈恵が結婚すると知った時、剛史は心に誓った。
―男なら、惚れた女の幸せを陰ながら見守っていこう。
 別に格好つけたわけではなく、純粋に思った。美奈恵がその男を好きで、その男も美奈恵を幸せにしてくれるのなら、それで別に良いじゃないかと考えたからだ。
 せめて潔くこの想いは奥底に封じ込め、美奈恵の幸せを遠くから見守っていけたなら良いと静かな諦めの想いでいた。