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レンタル彼氏。~あなたがいるだけで~

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 美奈恵は更にバッグから安物の二つ折りケータイを出した。いざというときのために持ち歩いているが、現実にはスマホ派なので出番はまったくない。が、こういうときは役に立ってくれるものだ。あまりにも使わないので廃棄処分にしようかと思っていたのに、廃棄しなくて良かったと思いながら、既に頭の中のアドレス帳に登録してある馴染んだナンバーを押す。
―もしもし。
 しばらく呼び出し音が鳴った後、くぐもった声が聞こえてきた。
「剛史(たけし)ってば、今、何時だと思ってるのよ? まさかまだ布団被って寝てるんじゃないでしょうね」
 きびきびとした調子で話しかけると、向こう側で間の抜けた大きな欠伸が聞こえた。
「やっぱり、寝てたのね。堅気の人間は皆、起きて働いている時間よ」
 遠慮なく言ってやると、剛史が苦笑いする気配が伝わってくる。
―俺は堅気じゃないから、良いんだよ。ところで、なに? 美奈が俺のことを思い出すなんて、どうせろくでもない用事があるに決まってるから、嫌な予感するんだけど。
 美奈恵は小さく息を吸い込んだ。
「折り入って頼みがあるのよ」
―ほーら、どうせ、ろくでもない頼みに決まってるんだ。言っとくけど、もう、お前の友達の恋人役なんてのはお断りだぞ。
 そのひと言に、美奈恵は小さく笑った。
 竹井剛史、名前がヘンだと小学校の頃は苛めに遭い、他の男の子たちに泣かされる度に美奈恵が庇ってあげた―要するに幼なじみである。
 京都の名門附属学園は中学・高校は女子校だが、幼稚園・小学校のみ共学であった。剛史は医者の息子で、小学生の頃から家庭教師がついていたほど教育熱心な家庭の子だった。六年間、何かといえば苛められる側だった剛史を折に触れて庇ってやった美奈恵である。
 それが偶然にも、この北の町で再会することになったのは数年も前のことになる。当時、美奈恵は社会人二年目だった。健吾に出逢う前の出来事である。
 剛史はやはり京都の名門私立中学に進んだものの、その附属高校一年の夏休み前にあっさりと退学していた。そのまま新京極辺りのホストクラブにスカウトされて、しばらくホストとして働いてから、店長が独立するに際して引き抜かれて新しい店の副店長となった。
 それが、何とこの京都からはるかに離れた北の都市だった。京都のホストクラブは全国規模のチェーン店で、店長は雇われ店長だったこともあり、この際、故郷に戻り自分の店を立ち上げたいと考えていたのだ。
 その店長の故郷がN市だったというのだから、人の縁―もとい腐れ縁とは判らないものだ。店長は前山(さきやま)といい、美奈恵も知らないわけではない。丸顔で小柄で見かけは好人物に見えるし、実際良い人だけれど、なかなかのやり手だ。
 剛史は引き抜かれて、前山についてN市にやって来た。そのまま前山の開いた店の副店長におさまったのは、やはり先山の人柄や才能に惹かれるものがあったからだと、これは剛史自身から聞いた。
 その剛史との接点は、銀行の同期の女子行員がめでたく結婚退職し、その披露宴に美奈恵も呼ばれたときのことだ。出席者の少ない新郎側の友人役として何故か剛史が雇われて出席していた。
 先山の経営する店はホストクラブではない。一応、表向きは「人材派遣クラブ」になっている。例えば、もう余命少ない親を安心させるために、結婚相手を紹介したいが、恋人がいない。そういう人が申請すれば、人材派遣クラブから「代役」をレンタルできる。つまり、女性の恋人が希望であれば、レンタル彼女、男性の恋人希望ならば、レンタル彼氏ということになる。
 もちろん商売だから、無料ではなく有料である。若い年代だけでなく、熟年世代にも対応できるように、クラブには様々な年代の人が登録している。彼女の両親に挨拶に一緒に行く「母親役」なんていうのまである。こういう場合はレンタル母である。
 または恋人がいなくて淋しい人がたまにはデートしたりして恋人がいる気分を味わいたい。そういう人が申請すれば、レンタル彼氏も彼女も貸し出すから、内実は純然たる人材センターでないのは明白だ。
 しかし、現実にはそういった風俗的な目的での依頼よりは、結婚式の数合わせだとか、友達に見栄張って彼氏がいると言ったものの、本当はいないのに、逢わせると約束してしまったから―などと、切羽詰まった依頼が多いのは確かである。
 そんなわけで、剛史もそのときは披露宴の数合わせとして派遣されていた。その席に美奈恵は新婦側の友人として出席していての再会とあいなったわけだ。
―もしかして、お前、美奈じゃねえ?
 と、ため口で唐突に礼服姿の長身のイケメンが話しかけてきたものだから、流石の美奈恵も愕いたものだ。
 小学生時代は卒業まで身長も美奈恵より低く、細かった剛史は逢わなかった間に背丈もぐんと伸び、ゆうに一八〇センチは軽く越えていた。面立ちにかすかに面影は残るものの、女の子のように可愛らしかったのが嘘のように、精悍な美男になってしまっていた。
 対する美奈恵を剛史はすぐに判ったようで、そこまで自分は昔と変わり映えしないのかと多少は落ち込んだものだったけれど。
 そのときにメルアド交換してからというもの、剛史からは思い出したように電話やメールが来るようになった。美奈恵も来れば相手をし、二人の付き合いは細々ではあるが、そうやって続いてきた。
 流石に二人だけで逢うということは例外を覗いては一度もなかった。その例外というのが、美奈恵の一つ下の職場の後輩に剛史を紹介したときのことだ。彼氏がいないのにいると言ったその後輩のために、剛史が「彼氏」となって女友達たちに対面したのである。
 そこまでは良かったのだが、その後輩が剛史に夢中になってしまった。さんざん追いかけ回され、剛史は
―もう美奈の紹介の仕事は受けないからな。
 と宣言するほど事態がややこしくなったときもあった。
「あら、それだけ剛史が魅力的ってことでしょ。だから、凪(なぎ)ちゃんがあれだけ剛史に熱を上げたのよ」
 あのときのことを思い出して笑いながら言うと、剛史はむくれた。
―冗談言うなよ。俺はマンションに帰ったら、あの子が大きなバッグ下げて『あなたと暮らすために、家出してきました』なんて俺を待ち受けてて、もう冷や汗どころか鳥肌だったんだぜ。もう二度と、あんな想いはしたかねえや。
 剛史は黙って立っていれば、間違いなく若い女の子の理想を具現したような非の打ちどころがない好男子である。優雅で洗練された雰囲気、物腰も穏やか、優美さと精悍さが程よく調和されている。
 どちらかといえばワイルドな印象の方が強いが、かといって武骨なだけでなく甘さがほんの少し混ざっている。まさに女心をくすぐるタイプのイケメンだ。だが、実際の彼は女性の視線を釘付けにして止まないその華麗な外見の下に正反対の本性を隠し持っている。
 素顔の彼はけして女性一般に対して愛想が良いわけでもなく、むしろ取っつきにくい印象さえ与えた。口数も多い方ではなく、美奈恵相手に見せる剽軽さや屈託のなさも滅多に他人には見せないのだ。