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レンタル彼氏。~あなたがいるだけで~

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 美奈恵は急に不機嫌になった剛史の側を心許ない想いで歩いた。彼に任せていたら、いつしか二人は七条通りを真っすぐに歩いていた。見憶えのある朱塗りが美しい八坂神社の前を通り、やがて祇園に至る。市バスも通っているが、東山七条からだと歩いても行ける距離である。
 京都の人が?八坂さん?と親しみをこめて呼ぶ八坂神社にお参りした後、また引き返して今度は清水坂を上った。清水坂は文字通り、清水寺に通じる坂だ。修学旅行や観光旅行のメッカとして、あまりにも有名である。
 清水坂沿いには両脇にズラリと土産物屋が軒を連ねている。いずれも観光客相手の店ばかりだ。剛史も京都生まれの京都育ちなのだから、この界隈にも詳しいのは当然だ。
 彼は迷いもなくさっさと歩いてゆく。やがて、坂の中ほどのとある店の前で立ち止まった。
 その店は小体ながら、他に比べてかなり目立っていた。店の前にピアノが一台置いてあり、何と、そのピアノは誰も弾いていないのに鍵盤が動いて曲を奏でているのである。
 店の前には修学旅行生らしい制服姿の高校生が数人たむろって物珍しそうにピアノを眺めている。剛史が立ち止まったのも、この店であった。
 彼は先に中に入ると、いきなり立ち止まった。そのため、後ろにいた美奈恵は彼の背中にまともに衝突してしまう。
「痛」
 美奈恵が声を上げているのも耳に入らないようで、剛史は唐突に言った。
「何か買ってやる」
「良いよ」
 美奈恵は真顔で首を振った。
「これは契約で、私の方から頼んだことなんだから、剛史に不必要なお金を使わせたくないし」
「良いから」
「でも」
 しばらく押し問答した末、ついに剛史が焦れたように言った。
「俺が買ってやりたいっつうんだってば」
 そう言われると、流石に何も言えない。所在なげに立っている美奈恵の耳許を剛史の声が掠めた。
「何が欲しい?」
 長身の剛史はどうしても屈み込んで美奈恵と話をするような格好になる。と、傍らで先刻の修学旅行生たちがひそひそと囁き交わすのが聞こえた。
「ね、あの男(ひと)、染谷将太に似てない?」
「もしかして、本物?」
「あんなイケメン、そうそういないもんね。女のひとも凄くキレイ。見たことないけど、女優さんかな」
「ロケとかしてるのかもよ」
「えー、マジで?」
 女の子三人がかしましい。美奈恵は全身の血が沸騰してしまいそうなほどの羞恥を憶えた。
「ねえ、声かけてみる?」
「サインとかして貰えるかな」
「一緒に写メ撮って貰おうよ」
 そんな好き勝手な会話をよそに剛史は美奈恵を引っ張って店の奥に行く。
「何でも欲しいものがあれば言って良いんだぞ」
 美奈恵は視線を巡らせた。奥の棚の一角は京都限定のご当地キティちゃんの根付けやポールペン、ハンカチなどが占めている。その隣は小さな箱が並んでいた。中には手のひらに載るくらいの小さなピアノ型のものもある。
 何の気なしに手に取ると、何とピアノの蓋が開くことに気づいた。開けてみると、途端に聞き憶えのあるメロディが流れ出す。
「これって、オルゴール?」
 美奈恵が呟くすぐ側で剛史の声が聞こえた。あまりに近すぎる気がしないでもない距離だ。殆ど彼の唇が耳朶に付いてしまいそうなほどの至近距離で、少しドキドキする。
「ああ、平井堅だな」
 平井堅の人気曲?瞳を閉じて?が流れてくる。
「可愛い」
 美奈恵は歓声を上げた。
「気に入ったか?」
「うん」
 美奈恵がオルゴールを手にして微笑みかけると、何故か剛史の顔が上気した。
「じゃあ、これな」
 剛史は美奈恵から小さなグランドピアノ型のオルゴールを奪い取るようにしてレジに行った。レジには女子大生くらいの若い女の子二人が店番をしている。バイトなのだろうか。
 二人ともに剛史を見ると眼を瞠っている。傍らの子が?染谷君?ともう一人の子に囁きかけるのが聞こえた。
「三千八百円です」
 女の子の声に、剛史はズボンのポケットから財布を取り出して支払った。今日の剛史のいでたちは白いシンプルなTシャツとジーンズという、言ってみれば何の変哲もないスタイルだ。Tシャツにはモノクロでパリの街角の写真がプリントされている。
 美奈恵はブラックに細かい白の水玉が散ったシフォン地のAラインワンピースで、お気に入りの一粒パールのネックレスとお揃いのピアスだ。メークも頑張ってしているので、それなりには見えるだろうが、やはり、垢抜けた剛史の側に立つと霞んで見えてしまうことは自覚していた。
 もっとも、女子高生たちが噂していたように、売り出し中の若手俳優に酷似している剛史と並んでも遜色のないほど、美奈恵もまた人眼に立つ清楚な美貌ではあるのだが―、当人にはその自覚はまるでないのが良いのか悪いのかは悩むところである。
 とにかく、こういう場合、美男は得である。こういう一つ間違えばダサイとしか言えないような服装でもイケメンだとカッコ良く決まる。剛史の場合がまさにそれだ。
「あの―」
 支払いを終えた時、後ろから例の三人組女子高生が恐る恐る話しかけてきた。
「染谷将太さんですよね?」
 剛史は振り向き、淡々と否定した。
「いや、申し訳ないですけど、違います」
「芸能人じゃないんですか?」
 別の子が言い、それにも無表情に頷く。
「違います」
 更に最後の子が言った。
「一般の方でも良いので、もし良かったら、一緒に写メ撮って貰えませんか!」
 ?どうする??というように、剛史が美奈恵を見る。美奈恵は笑って頷いた。
 途端に剛史が愛想よくなった。こういうのは流石に元ホストだけあり、板に付いたものだ。女性なら誰もが魅了されずにはいられない優雅な笑みを彼女たちに向ける。
「俺は別に良いけど?」
「わー、ありがとうございます」
 女子高生三人組は美奈恵にも声をかけてきた。
「そっちのキレイなお姉さんも一緒にどうですかー」
 美奈恵が首を振ると、真ん中のお下げ髪の子がスマホを出し、三人は剛史と一緒にパチリと写真に納まった。
 女子高生たちは歓声を上げながら何度も礼を言って店を出ていった。
 その後から出ていこうとした剛史がふと歩みを止めた。レジ脇に小さなガラスケースがが置いてあり、中には指輪やネックレスが整然と並んでいた。
「美奈、これは?」
「もう良いわよ。オルゴールを買って貰ったんだもの」
 美奈恵が控えめに断ると、剛史は今度はレジの女の子に言った。
「あの指輪見せて貰えます?」
 どうも?営業時?ではない剛史は、あまり若い女の子に愛想が良くはない。むしろ極めてぶっきらぼうにさえ見える。
「あ、はい」
 背の低い女の子が頷き、ショーケースの鍵を開けてガラス棚から指輪を出した。深紅のビロード張りの箱に入ったそれを剛史に差し出してみせる。
「これですよね?」
 それは小さなイルカが石を抱いているデザインの可愛らしいリングだった。
「この石は何ですか?」
「ダイヤモンドです」
 女の子が眼を輝かせながら即答する。
「じゃ、これ下さい」
「剛史っ、良いよ。こんな高いものは貰えないから」
 リングには十万円の値札が付いている。小さくてもダイヤだというのなら、これくらいはするのかもしれない。土産物店で気軽に買うような代物でないことだけは確かだ。