小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

レンタル彼氏。~あなたがいるだけで~

INDEX|11ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 その剣幕に少し気圧され、美奈恵は口ごもった。
「全然、知らなかった」
 剛史がまた小さく笑った。さっきより、もっと淋しそうな、消えてしまいそうな笑顔だ。
「それこそ、俺らが初めて知り合った幼稚園の頃からのことさ。そのときにはもう妹が生まれて、両親の仲はこれ以上はないというほど冷え切ってた。今ではお互いに口をきかないどころか、眼を合わせようともしない」
 剛史は首を振り、美奈恵を真っすぐに見つめた。
「こんな言い方は適当じゃないかもしれない。だが、美奈、俺は同じ家に住んでいながら、とっくに冷え切っちまってるうちの両親より、二十年も前に手に手を取って死んだお前の親父さんやお袋さんの方がよほど幸せだったと思うぞ」
 美奈恵は弾かれたように顔を上げて剛史を見た。
「剛史」
「気に障ったなら、許してくれ。でも、俺はお前に伝えたいんだ。何でも悪い方にばかり考えるのは止せ。親父さんとお袋さんがお前を連れていなかったのは間違いなく、まだ幼いお前を死なせるのは可哀想すぎると思ったからだ。お前なら、どうする? お前の両親と同じ立場になったとして、五歳の娘を無理心中の道連れにできるか?」
 長い長い沈黙があった。美奈恵は気の遠くなるような時間の後、ポツリと「無理」と呟いた。
「だろ? なら、お前はやっぱり棄てられたんじゃない。お前をこの世に送り出してくれた両親のことをそんな風に言うのは、もう一切止めるんだ、良いな?」
「うん」
 美奈恵はまるで五歳の子どもに戻ったかのようにコクリと頷いた。剛史が笑って美奈恵の頭を撫でる。
「良い子だ。今日はあちこち名所巡って疲れたろうから、もうこれで寝た方が」
 言いかけた剛史が眼を剥いた。
「って、おい、美奈。まさか三本目を呑んだのか?」
 剛史が油断している間に、何と美奈恵は三本目のチューハイを空にしていた。
「ふっふっふ、美味しいのよ、桃味のチューハイって。何杯でもお代わりできちゃう。ねえ、剛史、今日いちばんに行ったお寺、大原野の寂光院。私もあの近くに引っ越そうかな」
「お前、まだ、そんなこと言ってるのか?」
「だって、あのお寺に行った時、心底から思ったのよう。女って何て哀しい生きものだって。あそこに行くと、一人で生きた薄幸な女院さまの悲哀と孤独が迫ってくるの。ああいう静かな場所で私も余生を送りたい」
 いつしか自分でも知らない間に頬が濡れていた。大粒の涙をポロポロと零す美奈恵を剛史が苦虫を潰したような顔で見ている。
「馬鹿っ。何が余生だ。お前、今、幾つだ? 二十七だろうが。その歳で隠居するつもりか」
「ええ、そうよ。尼になってやる。丸坊主にになって夜な夜な健吾のところに化けて出てやるんだから!」
「参ったな、こいつ、酒量が過ぎると、人格百八十度変わるんだな」
 剛史は呆れたように言い、口調は穏やかに美奈恵に言った。
「そんなに惚れてたのか、その健吾とかいうヤツに」
「まさか。惚れてたのなら、剛ちゃんと一緒に京都くんだりまで来ないよ。今頃はまだ健吾を追いかけ回してる」
 剛史は軽く溜息をついた。
「なら、何で、そこまで自棄になって自分を追いつめるんだ?」
「だって、悔しいじゃない。あいつは私の夢についていけないって。女起業家みたいな途方もないことを考える女にはついてけないって言うんだよう。健吾は水無瀬家の婿に納まって地道に生きていけば良いって考えてたの。だから、わざわざお祖母さまを怒らせてまで保育園設立なんて馬鹿げてるって」
「そんなことを言うヤツなんて、お前の隣にいる価値もない。フラレて、むしろ良かった」
「そうかな。本当に、そう思う?」
「ああ、心から思うよ。今日、お前も寂光院で言ってただろ。今時は女も男もないって。だから、男も女も自分のやりたいことをやって夢を追いかけていけば良いんだ。お前が保育園やりたいっていうのなら、やりゃ良いんだよ。そういうでっかい夢が理解できない度量の狭い男なんて、お前の方から棄ててやれ」
「うん、そうだね。何か元気が出てきたよ、剛ちゃん」
「まったく、お前が俺を剛ちゃんと呼ぶときは必ずろくなことにならないと昔から相場が決まってるけどな」
 剛史はまじまじと美奈恵を見つめた。眼許をほんのりと紅く染め、唇まで熟れた果実のように紅い。白い頬が桜色に上気している美奈恵は怖ろしいほど色香を漂わせている。
「お前を酔わせると怖ろしく人格が変わるのと、罪なほど色っぽくなるのか。長い付き合いだが、これは知らなかったな」
 もっとも、美奈恵が彼の前でそこまで酔うほど呑むことはなかっただけのことだ。
 と、ふいに美奈恵がけらけらと笑い出した。
「剛ちゃんて、よく見るとイケメンだね。ほら、染谷将太君に似てるよ」
 剛史からの返事がないので、美奈恵は可愛らしいアーモンド型の黒い瞳をくるくると動かした。
「おい、剛史っ、お前はこの私の話を聞いてるのか!」
「勘弁してくれよ。泣いて笑った後は怒るのか? やってられねえや」
 ぶつくさ言いながらも、剛史は優しく言った。
「だから、何だって?」
「剛ちゃんが染谷将太君に似てるって話してたんだよっ」
「何だ、そりゃ」
「俳優だよ。なかなかイケテるよ」
「別に俺は誰に似てても構やしないけど。お前はその染谷ナンタラとかいう男が良いのか?」
「うん、ちょっとワイルドな感じが良いの。昔から好きなんだよ」
「そうか、お前が良いと思うんなら、俺もそいつに似てても別に良いよ」
 極めて意味深な科白を口にした剛史だったが、すっかり出来上がっている美奈恵にはてんで通じていない。
 剛史は苦笑し、美奈恵をそっと引き寄せた。
「酔っぱらって理性をなくした女の弱みを利用するのは俺のモットーには反するけど」
 静かに美奈恵の唇に自らの唇を重ねた。美奈恵が抵抗しないのを良いことに、舌を差し入れようとしたその時、突如として彼女が手のひらで口を押さえた。
「うっ」
 慌てて走り出したので、剛史は愕いた。
「どうした、美奈」
「き、気分が悪い」
「えー」
 一瞬、嘘だろと思うが、これはどうやら逃れがたい現実のようだ。こういうときは長年のホスト経験が役立つ。飲み過ぎて、やたらと浮かれまくる客もいれば、気分の悪くなった客も過去にはたくさんいた。
 その度にホストは優しく、あくまでも紳士的に客の介抱をしなければならない。
 彼は美奈恵をトイレに連れていった。
「吐いたら楽になるから」
「でも」
 流石に剛史の前で吐くのは抵抗があるらしい。
「こんなときに恥ずかしいとか言ってる場合か? 俺のことなら、気にしなくて良いから」
 彼が言い終わらない前に、美奈恵はもう便器に向かって吐いていた。恥ずかしさよりも苦しさの方が勝ってしまったのだろう。
 彼は吐き続ける美奈恵の背をさすってやりながら肩を竦めた。
「それにしても、キスの途中で気分が悪くなるっていうのも何かなぁ、男としては傷つく」
 キスとは関係ないと思いつつも、やはり、釈然としない剛史であった。

 逆らえない恋心

 翌朝の目覚めは最悪だった。まず頭が二日酔いで割れるように痛い。これは剛史が鎮痛剤を近くの薬局で買ってきてくれて、呑んだら一時間ほどで治まった。