りんごの情事
そんな感じで、布団の中で昨晩のことを思い出し、來未は再びほくそ笑んだ。
ひとりで暮らすことには慣れているとはいえ、知っている人が誰もいない土地に来ることは怖かった。どんなに大勢の人が暮らす土地であっても、その人達が來未のことを見てくれない限り、來未は絶対的に孤独であった。しかし、それが一週間もしないうちに解消されたのだ。來未は安心感に包まれ、幸せで仕方がなかった。
目覚まし時計を見ると、9時になっていた。
今日は、制服を取りに、近所の服屋に行く。後は、ちょっとした書類を取りに、高校へも行かなくてはならない。
來未は身支度を整え、外に出た。階段を降りたところで、偶然、龍に会った。龍もちょうど、家から出たところだった。
「おはようございます」
「おはようございます」
「どこか行くんですか?」
と、龍が聞いてきた。
「学校の方へ。あとは制服を取りに服屋へ」
「学校・・・。」
少し考え込む龍。
「あともう少しで、学校始まるね。よろしくね。」
「あ、はい。よろしくっす。あ、來未さん、学校までの道、分かりますか?」
「えっと、一応地図で確認したけど・・・。」
「僕、一緒に行きますよ。ちょうどただぶらぶら散歩しようとしてただけっすから。」
「そうなの?じゃぁ、一緒にいこっか。」
「はい!案内するッす」
高校までは歩いて15分くらいのところにあった。來未が前まで通っていた高校はこんなに近くなかった。電車で20分のところにあった。
また、道中、龍が自分のことを話してくれた。
龍は、もともとはりんご荘で姉と二人で暮らしていた。だがこの春から社会人となり、都内の別のところで暮らしている。ちょうど龍達が旅行にいく数日前に引っ越していったらしい。
龍は中学もこの付近の中学校に通い、様々な面倒は姉が大学に通いながら見てくれていたらしい。姉がいなくなってさみしいが、でも、少しだけ、自由な感じもして楽しい、と龍は感じていることを來未に話した。
來未は、良いお姉さんだなと思いながら聞いていた。
「でも、來未さんって、頭がいいっすね。北澤高校って、結構な進学校っすよ。一真さんレベルの大学に、生徒を何人も送り出してますし。」
確かに、來未が以前通っていた高校は全国的にも有名な進学校だった。そして、その中でも、來未はトップの成績を収めていた。実は、頭がいい。
ただ、この高校に転入を決めたのは、両親の一存だったし、來未は全く何も関与していない。北澤高校が進学校ということは、今龍に言われて初めて知ったくらいだ。
「でも、龍君だって、北澤高校に合格したなら、頭がいいんじゃないの?」
「ううん、いや、僕はぎりぎりだったっすね。りんご荘の皆に一杯勉強教えて貰って、なんとか合格できたンす。もう一真さんとか姉さんや、あと、ハイジさんとかにスパルタで教えて貰ったっすよ。」
「ハイジさん?」
「ハイジさんは・・・、202号室に住んでる大人の男っす。めっちゃかっこいいっすよ!」
「へぇ〜。」
來未は昨晩、自分の部屋の前であった男性のことを思い出した。
あの冷たそうな人が「ハイジさん」。
龍が憧れているくらいの人だろうから、本当は良い人なのだろう。
「ただ、ハイジさんはものすごく寡黙な男なんで、余計なことは話さないンす。でも、そこがかっこいいんす。僕も、ハイジさんみたいになりたいっすね。」
「へぇ〜」
來未は、龍は今の純朴なままの方が良いと心の中で思った。
「ところで、來未さんは、前の学校で、何の部活をやってたンすか?」
「私?私は、家庭部かな。のんびり活動してた。龍君は?」
「僕は、サッカーっす。中学では、結構強かったんっすよ。高校でも、サッカー部に入るッす」
「へぇ。じゃぁ、応援に行かなきゃね。」
「え!」
龍はドキッとした。
もっとも、來未は昨晩、明吉に「りんご荘のみんなで応援に来い」と言われていたから、その流れで発言したのだが、龍にはとてもうれしい一言だった。
「じゃぁ、頑張って1年生のうちにレギュラーもらえるように、頑張るッす。來未さん、試合の時は、絶対観に来てくださいね!」
龍はとてもうれしそうに話した。