りんごの情事
「でもさ、ニタが最初くーちゃん見た時、明吉の彼女かと思っちゃった。龍もそう思ったよね」
「はい・・・。」
少し暗い雰囲気で返事をする龍だったが、特に気に留める者はいなかった。
「確かに、明吉と來未ちゃん、なんか似合うよね」
朗らかに喋る天花。今日は何度も同じことを言われ続けて来たが、実はその度に來未は胸の動悸が速くなって、顔が紅潮してしまいそうになり、大変だった。もともと來未は真面目で、そんなに男慣れしていない。たとえ冗談であっても、動揺してしまうのだ。別に、明吉とは初対面なんだから、恋愛的感情を持って動揺するのではなく、ただ単に男慣れしていないという來未の経験不足による動揺であった。
どうしようもなくて、視線を下に向けてしまう。
そんな様子の來未に、仁田村は
「おお、くーちゃん、照れてる。・・・かわい過ぎる。駄目だ、明吉には渡せないわ」
と言って、來未をギュッと抱きしめた。
ただ、今までなら、明吉がまたおどけて「じゃぁ付き合う?」と言ってくれて、気持ちが解けるのだが、今回は明吉は何も言わなかった。來未はなんでだろうと思い、仁田村に抱きつかれながら、横目でちらりと明吉を見た。明吉は來未と目が合うと、「大丈夫」と言わんばかりににっこりと微笑んだ。
來未はなんとなく気持ちが和らいだような気がした。
大学生3人組は、お酒を飲んでいて、次第にアルコールにやられていく。
と言っても、仁田村だけがはっきりとした酩酊状態にあるのだが。
天花は飲むと眠くなるタイプらしく、少しとろんとしている。一真は、顔が赤くなっているが、ただそれだけである。
來未は、いくら大学生でも、仁田村達は未成年であるから、本当はお酒なんか飲んではいけないはずだと思っていたが、どうやら大学生になれば普通のことらしい。未成年であっても、大学生は飲むのが普通で、未成年であることを理由にのまないのは異常なことらしい。
だけど、明吉は、
「俺達は未成年で、まだ高校生だし、自己責任も取れないからね。それに、スポーツをやる人間としては、飲めませーん。」
と言って、一滴たりともお酒を飲まなかった。來未と龍もそれに続いた。
21時ごろになると、明吉は、寮の門限で帰ることとなった。來未も一緒に帰ることにした。ちょうど良い時間だと思ったのだ。その時に明吉は來未に
「ケータイのアドレス教えてよ。学校違うけど、おれのとこの野球の応援に来てくれると嬉しいし。皆でおいでよ」
と言った。
「あ、ごめんなさい。私、ケータイ持ってないの。」
「まじで?このご時世に、珍しいな。・・・じゃぁ、來未がケータイ持ったら、誰かから俺のアドレス教えて貰って、連絡くれよ。」
「わかりました。ケータイ、手に入れたら。」
「じゃ、いつりんご荘に来るか分からないけど、また今度な。」
「はい。また今度。」
階段の下まで来ると、明吉は手を振って、帰って行った。來未も小さく手を振って、その姿を見送った。
來未は、明吉のことを良い人だと思った。明るくて、頼りがいがあって、まるでお兄さんのようだ。河川敷で初めて出会ったのだが、人見知りしやすい來未であったが、明吉とはあまり緊張せずに話すことが出来た。まるで、昔からの知り合いのように。
楽しい時間を過ごせて、來未は一人でにっこりほほ笑んだ。これまで感じていた孤独や不安は一体何だったのだろう、そのように感じた。
來未は階段を上り、自分の部屋のカギを開けようとしているところに、男性がやって来た。來未は、りんご荘の住民かと思い、
「こんばんは。」
と挨拶をしたが、男はちらと來未を一瞥した後、黙って來未の隣の隣の部屋に入って行った。
一真に劣らず整った顔立ちをしているが、なんとなく暗い雰囲気をまとっている。
なんだか冷たい人だ、と思って、來未は自分の部屋に入った。